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過去を掴んだ男たち  作者: 榊原高次
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十六

十六

とうとう努力は報われた。

志望大学の一番大きな校舎にある掲示板に自分の受験番号があるのを確認すると、卓也は清美に携帯で電話を掛けた。

「合格、おめでとう!」

卓也が何も話さないうちに、電話に出た清美がいつもより高い声で祝福の言葉をかけた。

「まだ何も話してないんだけど…」

「だって、こんなに早い時間に電話がかかってくるってことは、合格に間違いないもの。発表は12時でしょ?」

現在は12時を10分ほど回ったところ。受験番号を二度確認して、すぐに清美に電話をしたのだ。

「浅野君のことだもの。もし不合格だったら色々考えてしまって、電話をしてくるのが遅くなるでしょ? それがすぐだから、合格だってわかっちゃった」

「なるほど、さすがに鋭いね。お陰様で合格できました」

「うん。おめでとう。あれだけ頑張ってたんだもん、きっと合格するって私は信じてました」

「有難う。えっと、これから会いに行ってもいい?」

「もちろん。じゃあ、駅前の本屋でいい? でもその前に、ちゃんとお(うち)に連絡を入れてね」

「わかった。本屋で会うのは、今から一時間後でいいかな?」

「了解! 入口のコーヒーショップにいるね」

卓也は電話を切ると、自宅へ電話を入れる。母親は大喜びだ。夜は赤飯を炊くらしい。後ろで歓声が聞こえたが、妹の優香だろう。

母親との電話を切ってすぐに、メールが届いているのに気づく。徹からだ。メールには、徹、祥子、瑞穂ともに合格したとの報告があった。祥子が本当に合格できるかどうか心配していたが、杞憂だったようだ。

駅に向かう道を歩きながら、徹に電話をする。

「合格おめでとう。僕も合格したよ。お陰様で」

「そうか、良かった。でも、お陰様なんて言われてもな。全てお前のお陰じゃないか。俺も、祥子も、高橋さんも、合格できたのはお前のお陰だと思ってるよ」

「そんなことないさ。確かにセンター試験では力を貸したかも知れないけど、二次試験は全て実力だろ?」

「まあ、そうなんだけどな。でも、センターの貯金は大きかったと思うよ」

「そうだといいんだけど。でも、ここからのことは、これで全く読めなくなったね。もう僕の知っている時間とは違う時間が流れていく」

「そうだな。俺は同じ大学に入れたので似たようなことが起こるかも知れないんだが、祥子が一緒というのが決定的に違う。俺も知っている時間とは違う時間が流れていくんだな」

「そうだね。僕には片瀬さんを守るという使命ができた。徹も変えなくてはならないことがあるんじゃないのかな?」

「…そうだな。実は、まだお前に相談できてないことがあるんだが、明日あたり会えないか?」

「いいよ。お互い今日は忙しいだろうから、明日だね。そっちに行けばいいかな?」

「おう。じゃあ、昼の一時位でどうだ?」

「わかった。じゃあ、二人によろしく伝えてくれよ」

「了解。そっちも片瀬さんとうまくやれよ」

清美と会うことが見透かされたようで少し言葉に詰まったが、言い返そうとしたときにはもう電話は切れていた。仕方なく卓也は、今度は高校へ報告の電話を入れ、駅への道を急いだ。


自宅最寄り駅近くのいつもの書店。入口にはコーヒーショップがあり、ソファーに腰掛けながら何人かの客がコーヒーを味わっている。卓也は清美の姿を見つけると、対面の席に座った。

「お待たせ。何だか久しぶりのような気がするよ」

「正確には五日ぶりだけどね。五日前とは気持ちが違うから、新鮮に思えるんじゃない?」

「そうかもね。この前会ったときは、まだ結果が出てなかったから、何だか落ち着かなかった」

「そうそう、コーヒー飲めないくせに、私が頼んだコーヒーを飲んでしまって、凄い顔してたよ」

「そうだったね。さすがに戻すわけにもいかないし、少し飲んだんだけど、暫く具合が悪かった」

「私も気を付けることにするね。えっと、何にする? 合格祝いに奢っちゃおう」

「有難う。じゃあ、ミルクティーを」

「はぁい。ちょっと待っててね」

そう言うと清美は席を立ち、オーダーを受け付けるカウンターに向かう。

テーブルの上には、いつか見たヨーロッパのガイドブック。いよいよ旅行へ行くのだろう。卓也は複雑な気持ちになった。この卒業旅行を止めるわけにはいかない。でも、これがきっかけで後に事故に巻き込まれるかも知れないのだ。

「お待たせ。ここって、紅茶のほうがコーヒーより高いのね。びっくりしちゃった」

「コーヒーが売りの店だから、それを高くは設定できないんじゃないかな。その分、他のメニューが高めだよ。だからあまり僕はこの店には入らない」

「そうなんだ。私は結構利用するけどね。本に囲まれている感じがして、何だか落ち着くの」

そう言うと、清美は何やら紙包みを取り出した。

「合格おめでとう。これ、プレゼント。三日前に発売されたものだから、きっと持ってないと思って」

卓也の好きな作家の歴史物の第一巻。中国の梁山泊を中心として武漢たちが集う水滸伝だ。しかも、ハードカバー本で一冊千五百円もするものだ。この作家の本は、まずハードカバーが出版され、それが完結するまでは文庫本は出ない。卓也は早く読みたいのを我慢して、文庫本が出版されるまでは、それまでに刊行された文庫本を何度も読むのが常だった。

「有難う。こんなに早くこのシリーズが読めるなんて。文庫本が出るまでは我慢しようと思っていたんだ」

「喜んでくれて何より。私も実は同じ本を買ったんだ。一緒に読み進めて、感想を話し合うのが楽しみで」

「それはいいね。じゃあ、この続きが出たら、次は僕が二冊買って、片瀬さんにプレゼントするよ」

「うん、うん。楽しみ」

清美は本当に嬉しそうに笑っている。この屈託のない笑顔に、これまでどれだけ惹かれてきたことか。

「ところで、ヨーロッパ旅行の日程とか行先とかは決まったの?」

卓也は、テーブルの上に開いて置いてあるガイドブックを指さして尋ねた。もう三月も中旬だ。すぐにでもチケットを取らなければ、四月の入学までには間に合わないだろう。

「う~ん、これね…。実は、取りやめになっちゃったんだ」

「え? どうして?」

「さっき、一緒に行く予定だった友達から連絡が入ったの。入試に落ちて浪人することになっちゃったから、とても行ける状態じゃなくなったんだって」

「そうなんだ…」

「うん。私と詩織、それに彩夏の三人で行く予定だったんだけど、さすがに彩夏を置いて二人では行きづらいので、詩織と来年まで延期しようって決めたところなんだ」

「そうか、それはそうだよね」

確か、徹と祥子も合格したらどこか旅行へ行こうと約束をしていた。それは、この時間軸に飛ばされる前でも同じだったようで、祥子が浪人をしたことでその約束は延期されたということだった。その後祥子が徹と同じ大学に行けたのかどうかは、卓也にはわからない。徹に聞けば分かるのだろうが。

「彩夏さんって、二組の原田さんだよね。国立大学志望だったの?」

今日結果が分かったということは、国立大学志望だったのだろう。もしかしたら、自分が志望大学に合格したことで、誰か別の人の人生を変えてしまっているのかも知れない。卓也は、恐る恐る清美の友達の志望大学を尋ねてみた。

「うん。竹内君や菊池さんと同じ大学だね。確か文学部の国文学科を受けるって言ってたような。今年は倍率が高かったみたい」

徹と同じ大学の国文学というと、瑞穂が受けると言っていたところだ。合格者は何十人といるだろうから、瑞穂のせいで不合格になったかどうかはわからない。これも、入学後の同じ大学を知っている徹に尋ねれば分かることかも知れない。

「そうなんだ。それは残念だったね。でも、原田さんはすごく成績がいいから、きっと来年は大丈夫だよ」

「そうだよね。私もそう思う」

「でも、頑張って旅行のプランを考えてたのに、ちょっと残念だね」

「うん。それでなんだけど…」

急に、清美は下を向いて赤くなる。

「近くでいいので、二人でどこかへ旅行に行かない?」

「うん……ええっ! ほんと?」

「あ、もちろん日帰りでだよ。今は詩織ともどこかへ旅行に行ける感じじゃないし、浅野君となら楽しいかなって」

「そ、そうかな。嬉しいな」

心臓の鼓動がはっきりと耳に聞こえる。今こそ、自分の想いを告げる時だ。

「でも、まだ僕たちはまだ付き合ってもいないよね」

「あ、うん…。ごめんなさい。嫌ならいいの」

「ずっと好きだった片瀬さんに誘われて、嫌なわけないじゃないか。ちゃんと付き合って欲しいって言うべきだなって、思っただけだよ」

「それって、もう言っているのと同じだよ?」

「う…、そうだね」

「うん。そして、私からもお願いするね。卒業しても、ずっとお付き合いして下さいね」

あまりの幸福に、卓也は暫く何も話すことができなかった。ただただ、首肯を繰り返すだけだった。

「じゃあ、ここから日帰りできるところを探そうよ」

清美が卓也の手を引いて立ち上がる。

「日帰りでも、新幹線や飛行機を使ったら、結構遠くまで行けるんじゃないかな。ガイドブックを見に行こうよ」

卓也は慌てて少し冷めた紅茶を飲み干し、清美から貰った本を大事に抱えて席から立ちあがった。

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