十五
十五
センター試験の自己採点が終わった。結局、自分の記憶と違っていた問題は、生物と数学に数問あっただけで、ほぼ同じであった。数学の小問一つを落としただけで、あとは満点。これ以上ない結果だった。
学校はこの時期に授業はないが、今日はセンター試験の自己採点の為の登校日で、卓也たちは教室で自分の答案を採点していた。数学以外満点というのは不自然なので、満点は2科目だけにしてあとは9割少しという報告を担任に行った。
「卓也、どうだった?」
徹が後ろを向いて話しかけてくる。
「数学で1問落とした。あとは予定通りだよ」
「そうか、良かった。俺はところどころ間違えた。全部で6問だけどな。もちろん、正直には申告してないだろ?」
「うん。あまりに良すぎると、先生が興奮するかもだからね」
「俺も全体では9割程度にしておいたよ」
予めこれは示し合わせていたものだ。ほぼ全科目満点などということがわかれば、学校中が大騒ぎになりかねない。
「えー、センター試験で思うような点が取れた者も、取れなかった者もいると思う。しかし、本当の結果は、三月にしかわからない。二次試験対策を怠らないようにな」
担任はそう話すと卒業式などの連絡事項を告げ、解散となった。
「徹、浅野君、どうだった?」
祥子が近寄ってきて、話しかける。
「何とか9割はいけたよ」徹が答える。
「そっか、さすがね。私も結構いけたよ。85%ぐらいかな」
それを聞いて卓也は驚きを隠せなかった。以前の祥子と比べると、この点数は驚きに値するとしか言いようがない。
「すごいね。菊池さん」
「そう言う浅野君はもっとなんでしょ?」
「9割少しってとこ。安心はできないよ」
「やっぱりすごいじゃない。でもでも、みんな合格圏内で良かった」
祥子は笑顔が溢れている。
「高橋さんはどうだったんだろう?」
卓也は気になって、祥子に尋ねる。瑞穂は担任のところで何か話をしているようだ。
「思った以上に良かったみたい。9割近く取れたって言ってたよ」
祥子は担任と瑞穂の遣り取りを見ながら、卓也に答える。首尾よく四人とも高得点をマークできたようだ。
三人の視線を感じたのか、瑞穂が駆け寄ってきた。
「ごめんなさい。ちょっと先生に相談があるので、先に行っててもらえない?」
「うん、わかった。でも、どうしたの?」
祥子はちょっと不満そうだ。
このあと卓也たちは、四人で昼食を食べながら志望校を確認しあおうと約束していたのだ。
「先生と志望校について相談することになったの。終わったら約束のファミレスに行くから、先に食べておいてもらえない?」
「そういうことなら、先に行くか。待ってるよ」
徹がそれに応え、祥子をなだめる。三人は、約束の駅前のファミレスに向かうことにした。
まだ11時過ぎなので、ファミレスの客はまばらだった。案内された席に着くと、祥子は早速メニューを開いている。
「二人とも志望校は変えないんだろ?」
徹は祥子が開いているランチメニューを眺めながら、卓也と祥子に確認する。
「もちろんよ。徹と同じ大学に行きたいから頑張ってきたんだもん」
「僕も変えない。この大学に入りたいという思いで、頑張ってきたんだし」
「そうだな。俺には卓也と同じ大学に進みたいという気持ちが少しあるんだが、そこには俺のやりたい分野の学科がないからな」
「今さら志望校を変えないでよね。私が何のために頑張ったかわからなくなるから」
祥子は少しふくれっ面をしている。
「ああ、ごめんごめん。祥子と一緒に通えるなら、言うことはないさ」
祥子はこの言葉で機嫌を直したらしく、ランチメニューの裏にあるデザート欄を眺めだした。
「今日はセンターを頑張ったご褒美に、デザートを徹に奢ってもらおうっと」
「うーん、まあいいよ。デザートぐらいなら」
「ほんと? じゃあ、パフェ頼んじゃおう!」
テーブルにある呼び鈴のボタンを押し、三人はそれぞれランチメニューをオーダーする。祥子はパフェを食べるからか、軽めのサンドイッチを頼んだようだ。
料理が出てくるのを待つ間に、瑞穂がやってきた。少し息が荒い。走ったらしい。
「ごめんなさい、お待たせして」
「いいよ、いいよ。それより水を飲んで。これ、まだ口をつけてないから」
祥子は自分の前に置かれていたコップを瑞穂に差し出す。
「ありがとう」
瑞穂はそう言うと、口に水を運んだ。卓也は卓上のボタンを押し、ウェイトレスに一人増えたことを伝え、もう一つ水を持ってきて欲しいと頼んでいる。
「先生とどんな話をしてたの?」
祥子がランチメニューを瑞穂に手渡しながら尋ねた。
「思ったよりセンターの点数が良かったので、志望校を変えようかどうか、相談していたの」
「そうなんだ。どの位取れたの?」
「87%ぐらい。やっぱり、みんなで頑張るって、すごい力になるんだね」
「えーっ、私よりいいじゃん。徹や浅野君だって9割少しだってことだから、あまり変わらない点数だよ」
「そうなんだ。みんなには本当に感謝してます」
瑞穂は、頭を下げる。
「いやいや、それぞれが頑張った成果だよ」
卓也は謙遜している。みんなの為にと一番世話をしてくれたのは、紛れもなく卓也なのだが。
「そうだ。俺は祥子にパフェを奢ることにさせられたんだけど、高橋さんも卓也に何かデザート奢ってもらいなよ」
「え、いいの?」
卓也は徹に非難の目を向けたが、瑞穂が目を輝かせているのを見て、笑顔で頷いた。
「じゃあ、私と瑞穂は、男子にコーヒーを奢ってあげるね」
祥子はメニューのデザートのページを瑞穂に示し、ニコニコしながら言う。
「それって、ランチのセットに入ってたよな?」
「あははーん、バレたか」
徹は、祥子の頭を軽く小突く。この明るさと一生懸命さが、祥子のいいところだ。大学まで一緒になると、さぞ楽しい時間が過ごせるだろう。
…しかし、それで本当にいいのだろうか?
徹は、以前にも感じた疑問を再び考える。大学の間に知り合う美由紀とはどうなる? 息子の幸平は?
「それで、高橋さんはどの大学を受けるの? 確かスケジュール帳には、都内の公立大学の入試日が書いてあったように思うけど」
卓也が瑞穂に尋ねている。
「えっとね、祥子と同じ大学を受けようかなって」
「ホント!? これからも一緒に通えるの?」
祥子の顔がパッと明るくなった。
「うん、先生も、センターでこれ位取れれば大丈夫だろうって。祥子が受ける学科とは違うけどね」
そう言えば、祥子は教育学の学科を志望していた。瑞穂はどの学科だろう?
「私は国文学を勉強したいの。浅野君が受ける大学にもあるけど、さすがにそこまでは届かないと思う。じゃあ、少しだけ背伸びして、祥子と一緒に通えるように頑張ろうかなって」
「嬉しい。でも、よく考えたら、私がやっぱり一番点数低いのね。頑張らなくちゃ」
「同じ学科でなくて良かったな。そうなったら、強力なライバルが出現ということになるところだった」
徹の言葉に、祥子は胸をなで下ろす仕草をする。瑞穂は少し微笑んで、通りがかったウェイトレスにパスタと祥子と同じパフェをオーダーした。
あと二週間すれば私立の入試。そして三月には本番の国立入試だ。徹は、この四人でまた笑顔で食事ができればいいと思った。その結果、自分の人生がどう変わっていくのかを少し不安に思いながら。