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過去を掴んだ男たち  作者: 榊原高次
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十四

十四

センター試験本番の朝。徹は受験票と筆記用具を確認し、玄関に向かった。すぐに母親とミーナが見送りに来る。父親は、先ほど徹の部屋に立ち寄って「頑張れ」と声を掛けてくれた。どうやら先に家を出たようだ。

「落ち着いて頑張ってね。徹なら大丈夫だから」

「うん、頑張ってくる。任せといて」

母親の励ましを受け取り、ミーナの頭を軽く撫でて、徹は玄関の扉を開けた。

あれから徹は、卓也にコピーしてもらった今回のセンター試験の問題を何度も解き直した。同じ問題ならば、万が一にも抜かりはない。

駅前のコンビニ前で祥子と瑞穂と待ち合わせをしていたのだが、二人とも早めに来ていたようだ。徹の姿を見つけ、祥子が手を振っているのが見える。

「おはよう。いよいよ本番だね」

徹は二人に声を掛ける。

「緊張するぅ。でも、みんなで頑張ってきたんだし、きっと大丈夫だよね」

祥子は寒さからか頬を赤らめている。

「うん、きっと大丈夫だよ。浅野君がここにいないのが心細いけど、向こうの駅で合流できるしね」

瑞穂も緊張しているのか、いつもより早口だ。

「じゃあ、少し早いけれど電車に乗ろう。電車が遅れたりしたら大変だし」

徹は二人を先導し、駅の改札へと急いだ。


受験会場の大学は、以前四人でカラオケに行った駅から徒歩圏内にある。卓也は既に待ち合わせ場所の噴水前にいた。

「おはよう」

四人は手を振って声を掛け合い、早速受験会場へと歩き始めた。

「いよいよ本番だな。卓也には感謝してもしきれないよ」

徹は歩きながら卓也に話しかける。

「いや、お互い様だって。僕だって片瀬さんのことに関しては、徹に感謝してもしきれない」

「それにしても、今は片瀬さんが羨ましい。ちゃんと推薦で志望の大学に合格したんだから。今頃は枕を高くしてまだ寝ているのかな」

「起きているみたいだよ。さっき電話があった」

「ほうほう、それは心強いだろ。恋愛もうまくいって、言うことなしだな」

「まだ付き合っているわけじゃないし。入試直前になってからは、時々電話をする位だよ」

「時々? 毎日じゃないのか?」

「あ、ほぼ毎日だけど…」

どうやら清美とは、うまく行っているようだ。あとは、この入試に打ち勝つのみ。しかも、センター試験の問題は、頭に叩き込んである。

「それより徹、本当に僕らの覚えている問題が出るだろうか?」

「心配性だな、卓也は。きっと大丈夫だって。昨年の問題も知っているものだったんだろう?」

「それはそうなんだけど。でも、片瀬さんのことやこの四人グループのことなんかは、僕が知っていたこととは違う。何かが変われば、きっと色んなことが変わってくるんじゃないかと不安になることがあるんだ」

「バタフライ効果ってやつか」

卓也は歩みの速度を変えずに頷く。女子の二人は少し遅れて同じように話をしながら歩いている。自分たちの会話が聞かれている心配はないようだ。

「でもさ、俺らのことが入試問題にどう影響するんだ? 関係性がないだろ?」

「それはそうなんだけど、やっぱり少し不安かな」

「もし違う問題が出たって、今の俺たちならきっと大丈夫だよ。あの問題の演習ばかりやってきたわけじゃないだろ?」

本当にその通りだった。飛ばされてきた時間の幅が少ない卓也でさえ、模試や定期考査の問題まで覚えていたわけではない。それでも結果が良かったのは、確かに実力がついている証拠だった。

「そうだね。もし同じ問題が出たらラッキーぐらいに思うことにするよ」

「おう、頑張ろうな」

そう言って徹は卓也の背中を叩くと、後ろの女子に向かって笑顔を向けた。


午前中の試験の終了を告げるベルが鳴り終わり、卓也は鉛筆を机に置いた。試験監督が一人ずつ解答用紙を集めている。

英語・日本史・世界史と、ここまでは想定通りの問題が出題されていた。これなら心配はいらないだろう。時間が余ったが、何度も見直しをしたので、取りこぼしはないはずだ。

教壇上の試験監督の合図で、昼休みという束の間の休憩に入った。弁当を持参している者がほとんどで、皆自席でそのまま食事を取るようだ。

そこへ、三人が大教室の入り口に顔を覗かせた。一緒に昼食を取ることになっており、大教室で受験している卓也のところへやってきたのだ。この教室に同じ学校の生徒が何名かいるようで、祥子と瑞穂は小さく手を振っている。

「やっぱり、大学の大教室ってのは広くていいな」

徹は卓也の席までやってきて、教室内を見回す。

「ちょっと懐かしいって感じなのかな?」

「そうだな。俺はいつも後ろのほうにしか座ってなかったけど、ちゃんと授業は聴いてたよ」

「僕は比較的前のほうかな。でも、大体ドアの近くだった。大学ではあまり友達を作らなかったから、授業が終わったらすぐに帰れるようにね」

教室の後方で、祥子が二人に手を振っているのが見える。四人分の席を確保できたのだろう。

「ここまでは順調だな」

徹が小声で囁く。

卓也は「ああ、そうだね」と言うと、鞄を持って女子二人の待つ席へと向かった。


一日目の最後の試験科目は生物だ。ここまではパーフェクト。卓也の記憶通りの問題が出題されていた。徹は見慣れた問題を、慎重に、マーク欄を間違えないようにしながら解答を進めていく。大問三のウニの発生についての問題も、卓也の描いた図までほぼ同じ。卓也の記憶力の良さには舌を巻くばかりだ。いや、ここまで完璧に覚えられるほど、何度もこの問題を解いたのだろう。

「うっ?」

徹は思わず小問4を読み返した。この大問中の最後の小問は、卓也の手書きの問題とは明らかに変わっていた。卓也の覚え間違いだろうか。しかし、ここまでは少し文言が違う程度で、ほぼ同じ問題だったのだ。設問も選択肢も全く違うなどということは、ここまでの問題ではなかったことだ。

自分自身に落ち着くように命じると、徹は初見のその問題に取り組む。幸いそれまでの小問の流れからは外れた問題ではなく、図は覚えていたものなので、少し考えただけで解くことができた。恐らく正解だろう。

次の大問に目を移す。こちらは、卓也の記憶通り。しかし、その次の大問五では、二つある実験のうち一つが全く違うものになっていた。


試験終了のベルが鳴り、徹は鉛筆を置く。結局、卓也の示した問題と違っていたのは小問三つ分だった。うち二つは恐らく正解だろうが、一つは怪しい。

校門の前で三人と落ち合う。女子二人は、かなり出来たという自己評価らしく、機嫌がいい。往路とは逆に、女子二人が先導して駅へ向かっていく。

「卓也、生物の問題なんだけど…」

「ああ、僕も驚いているよ。最初は自分の記憶違いかと思ったんだけど、大問五の実験の一つは、全く初めて見る問題だった」

「やっぱりそうか」

「何かが変わっているんだ。僕たちが以前経験したことと」

「そのようだな。でも、真面目に勉強してきて良かったよ。卓也の問題に頼りきりだったら、思わぬ結果になっていたかも知れない」

「そうだね。明日の試験も気を引き締めて行こう」

「了解。ベストを尽くすだけだな」

二人は頷きあい、歩みを速めた。いつの間にか、女子二人が遠くになっている。会話を聞かれまいとして少し距離を置いたのだが、少し興奮気味の女子はいつもより早足で歩いていたようだ。

「おーい、待ってくれ」

徹は二人に声を掛けて小走りで近づく。祥子と瑞穂は「ごめんなさい」と言って、笑顔を見せた。やはり、出来は良かったようだ。

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