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アイオーンの虚像  作者: ゆーの
Prologue
1/15

第1話 『いつだって責任を取らされるのは科学者ではなく、いつもそこら辺の政治家だ。』

「────」


「───さん」


「────そろそろでっせ、お客さん」


 俺を起こす声が聞こえて、目を覚ます。


 白いレースのカバーが掛けられたヘッドレストに、免責が細々と書かれた料金表が貼り付けられている。


 左前の助手席には、料金表の代わりにモニターが取り付けられており、二つの席の間越しに見えるメーターには、目が飛び出そうなほどの高額が表示されている。


 どうやら俺は、タクシーに乗ってから寝てしまっていたようだ。


「随分と眠そうですねェ。お疲れです?」


「今日は朝が早かったもんでな。ちょっとばかしまだ眠くて」


「そうですかい、起こしてしまって申し訳ありませんねェ」


「いや、構わん。なんせ寝起きが悪い方でな」


「そうですか。お気になさっていないようでしたら、良かった。

 ──しかしまァ、こんな山奥を走ったのは何年ぶりでしょうなぁ」


「そうか? こういう仕事やってると、たまには山奥を走ることもあるんじゃないかと思ってたが」


 そう言いながら俺は、窓の外にふと目をやる。⋯⋯確かに、森の中だ。


 寝る前の最後の記憶ではちょうど高速に乗ったところだった。

 だから恐らく、俺はかれこれ数時間寝ていたのだろう。


「そんなこともないですよ。普段は、都内をずっと回っておりますもんで」

「そうか」


 少し申し訳なさを感じながら、俺は相槌を打つ。


「そう言えば、なんですけどね。昨日のニュース、ご覧になりましたかい?」

「⋯⋯侵略性巨大生物(インベーダー)の話か?」


 少し考えてから、俺は答えた。


「ええ。いやぁ、遂に都内、それもど真ん中ですよ。東京は安全かと思っとったんですけど、そうもいかないみたいでして」


「⋯⋯そうだな」


「そして付近の魔法少女が掻き集められ、その怪物とやらをぶっ倒して解決、と」


「犠牲者0であるのが、せめてもの救いってもんか」


 そう答えると、運転手の男は少しだけ顔を顰める。


「いや、まぁ⋯⋯。そうじゃないって言ったら嘘になるんだけど」


 フロントミラー越しに、運転手が頭を掻くのが伺える。


「どうかしたのか?」

「いやぁ、お客さん。私ァねぇ、嵌められているような気がしてならないんですよ」


「嵌められているとは、どういう意味で?」


「んにゃ、大したこっちゃないんですけどねぇ。

 私にゃ、魔法少女なんたるモンが、バケモンどもを呼び寄せたようにしか見えんのですよ。奴らが()らん内は、確かに怪物も居らんかった。その辺を、先生はどうお考えですかね?」


「先生なんて止してくれ。虫酸が走る」

「⋯⋯不快でしたかい? そりゃ、失礼ございました」


 顎に手を当てながら少し考えると、俺はキッパリと断言した。


「そりゃ、少し勘違いしとるかもな」

「勘違い、ですかい?」


 運転手が、少し驚いた様子で聞き返してきた。


「ま、そんなとこかな。そもそも、魔法少女が()()されたのは、侵略者(インベーダー)どもが発見された後だ」


 人から聞いた話だがな、と俺は心の中で付け加える。


 記憶が正しければ、現在の「魔法少女」の大本となる技術が生まれたのは今から二年前。

 アジア一帯に次々と侵略性巨大生物(インベーダー)どもが押し寄せた、丁度その頃だったはずだ。


 当時、知り合いに開発者の一人がいて、機密事項に触れない範囲で色々教えてくれたのを覚えている。

 

「となると、確かに矛盾しとりますな」


 やられた、と運転手は笑って見せた。


「となると、それなら魔法少女たるものが何らかの不正を隠蔽するために作られたとか、面白くないですかねェ」

「⋯⋯まさか」


 思わず、鼻で笑ってしまう。


「不正って、一体どんなもんを考えているんだか」

「⋯⋯研究事故とか?」

「⋯⋯⋯⋯ぶッ!」

 

 あまりにぶっ飛んだ話に、俺は思わず吹き出してしまった。


「⋯⋯ったく、SFの見過ぎだ」


「そうですかァ、あんまし小説は読まない方なんですけどねェ」


「なら映画か?」


「それはあるかもしれませんねェ。なんせ、いつも暇な時は次見に行く映画のことしか考えておりませんなァ」


「なるほど、なら納得だ。ただ⋯⋯」


 少し頭を冷やそうと、俺はペットボトルの緑茶を一口だけ飲んだ。


「ただ、可能性は否定は出来ないがな」


「⋯⋯ほう、それはどういうことですかい?」


「俺のポリシーだ。検証する前に闇雲に否定するのも良くない、ってな」


「なるほど、それじゃあ尚更気になりますかね。もし、政策が間違っとったら、お上はどう責任を取るんか、ってね」


「俺も分からん。何せ、まつりごとは専門外でね」

「⋯⋯おや、そうでしたかい」


 フロントミラー越しに、運転手の男が少し驚いたような顔をした。


「すみませんでしたねぇ、てっきり『調査』とやらで派遣されてきたお役人様かと思っとりました」


「ソイツは残念だったな。俺はただの研究者だ」


「そうでしたか。失礼しました」

「いや、いいんだ」


 俺は、笑いながら言った。


「そうですかい、お気を悪くさせたら申し訳ございませんねぇ。おっと、もうそろそろ着きますんで、荷物の準備の方を」


「そうだな。こんなところで忘れ物とか、洒落にもならん」


「⋯⋯嫌ですよ、届けに来るとか」

「そこはほら、また遊び来るとか言わんと」


「個人的にァ、こんなとこ二度と来たくないですけどねぇ」


 軽口を叩き合いながら、俺は窓の外へと目をやる。


 鬱蒼と茂る森の中に佇む、場違いなまでに真新しい建物が一つ。

 4階建ての──、いや5階建てだったかもしれないが、その屋上にはヘリポートがあるという。年に数回は、そこに軍用ヘリが止まるそうだ。


 周りは鉄条網に囲まれており、そこに仕事で立ち入ったことがある奴曰く、監獄か何かの部類じゃないかと言っていた。


「着きましたぜ、お客さん」


 何やら手元の端末を弄ると、人工音声の気味わるいアナウンスとともに、助手席のヘッドレストに取り付けられたモニターに料金が表示される。


 それに目もやらず、俺は万札を数枚手渡す。


「お釣りは結構だ」

「はいよ、あんがとうございます」


 自動で開いた後部ドアを潜ると、森特有の湿気っぽい風に包まれる。


 鉄条網越しに研究所を一瞥してから、俺は身分証(パス)を胸ポケットから出した。


 ──国立超越技術研究所所属研究員、江堂 真斗。


 これから俺は、ここに二年間お世話になる。

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