最終話
「盗賊団の壊滅を祝して乾杯!」
「「「乾杯!」」」
そう誰かが乾杯の挨拶をするのを聞きながら俺とアリサは隅の方で夕食にありついていた。
これはギルドの酒場で開かれている今日限定の宴だ。俺たちが盗賊団を倒したことを知り、商人たちがそれを記念した場を作ってくれたのだ。幾ら飲み食いしても彼らの奢りという太っ腹ぶりで、余程盗賊団の被害に憤慨していたんだと想像がつく。
人が多くて食事を取りにくいが、みんな楽しそうにしている。問題と言えば隣にいるアリサが未だに仏頂面なことくらいだ。
俺のヘタレが悪さをしたあの後、俺とアリサはゴルガルたちをロープで縛り、他の冒険者に助けを求めるように洞窟の外へ出た。
幸運なことにすぐ近くに冒険者が何人もいたので、彼らに事情を話し、一緒に町まであいつらを連行したという流れだ。
もともとどこかの冒険者が、俺たちが逃げ周りながら森に入っていくのを見かけたらしく、ギルドが何人かの捜索隊を用意してくれていたらしい。そのため、森の奥の洞窟の周りに冒険者がやってきていたのだ。つまり、俺たちはメアリさんに全く信用されていなかったということだ。
だが、そのおかげでゴルガルたちを運ぶことができたので良かったかもしれない。
そして、ギルドに戻り、こうして商人たちが宴を開いたという状況だ。
なお、この間アリサとほぼ会話をしていない。というか、アリサの機嫌が明らかに悪いので、迂闊に話しかけることができなかった。怖い。どうにかしなければ。
と、俺が苦悩している最中、何人かの冒険者がアリサに話しかけてきた。
「おい、嬢ちゃん。お前が盗賊団倒しんだろー。こっちで一緒に飲もうぜ」
「あいつらどうやって倒したか聞かせてくれよ」
アリサは困り顔をしている。俺と同じで、彼女も目立つのは苦手だ。それにこういう絡み方も好きじゃないだろう。
「そういうのは苦手なので遠慮しておきます。それに倒したのは私じゃなくて連れなんですよ「じゃあ、その連れってのはどこにいるんだ?」
「えっと、私の隣にいるのが⋯⋯、いえ何でもないです」
と、言ってアリサは俺がさっきまでいた位置を指差した。だがその指先は空を切る。何故かと言われれば簡単。俺がもうそこにいないからだ。冒険者がこっちに来ているのを見た時点で俺は逃げていた。気づかれずにその場を離れることができるというのは、俺のスキルの数少ない利点だ。
結局アリサは嫌々ながらも盗賊団との話をしているらしい。だけれど、今日の話をしている彼女に少しだけ笑みも見えた。
「今日は大活躍だったみたいだな」
その声に振り返ると、昼間、店で俺たちに忠告してきた冒険者の男がいた。
「あっ、今日は色々すみません」
「宴の主役が何を言う。お前たちが盗賊団を倒したのだろ?」
「まぁそうなんですが。僕たちが勝手に冒険に出て、森に入っていったせいで他の冒険者に迷惑もかけていますし。倒すことができたのもたまたま上手くいったからなんですよ」
実際あの時のように『隠キャ』が強力に発動していなければ俺たちは殺されていた。この結果はあくまで偶然の産物なのだ。この人の忠告を素直に聞いて、初心者サポートを受けている方が明らかに良かった。
「そんなに謙遜するんじゃない。お前がいなかったら俺たちは奴らに苦しめられ続けていたわけだからかな。自分のしたことを素直に誇るべきだ。そうだろ、メアリさん」
呼び掛けられ、柱の後ろに隠れていたらしいメアリさんがこちらにやってくる。
「隠れていたのに見つかっちゃいましたね。ライトさん、ベンガルさんの言う通り自分のしたことを誇ってもいいと思いますよ。ただ、サポートを断った挙句、勝手に冒険に行ったことは許してませんけどね」
「す、すみません。でも、ありがとうございます。お二人のおかげで少し自信がつきました」 なんていい人たちなんだ。俺たちとは違い大人な対応をしてくれる。
そういえばこの冒険者はベンガルという名前なのか。登場シーンが少なくて名前を出すタイミングがなかった。
「じゃあ、さっさと宴の主役になってこい」
そうベンガルさんが言う。
「ん? それどういう⋯⋯」
そしてそのまま俺の胸ぐらを掴み、冒険者たちがアリサを連れ騒ぎまくってる宴の真ん中へと――投げる。
は? ちょっと待って俺今投げられたの。やばいなんかすごい注目集まってる気がする。てかこれ着地したら絶対痛いやつじゃん。何なんだあの人。ちょっと前の俺のセリフは取り消しだ。
「お前ら、そいつが盗賊団を倒したらしいぞ。なんか面白い話が聞けるかもな」
俺の周りには酒に酔い、猛獣と化している冒険者がたくさんいる。何人かの冒険者が、すでにこちらに近づいてくる。
「私たちはまだ、あなたのこと完全に許してはないんですよ」
――メアリさんがそう言って、ニヤリと笑った。
「すみません。運んでいただきありがとうございました」
「いや、俺たちもやりすぎたからな。悪かったな。では、俺はこれで」
「はい、今日は本当にありがとうございました」
ベンガルが帰ったのを見届け、アリサは部屋の扉を閉めた。
あの後、冒険者たちに絡まれまくり、酒を飲まされまくったライトはそのまま酔っ払ってダウンした。ライトを連れて帰ることができないアリサは、ベンガルに頼み、宿のライトの部屋まで運んできてもらったというわけだ。
アリサはライトの荷物を部屋に置き、ベッドに寝かしつけた彼に布団をかける。
「まったく、いつも最後の最後でだらしないんだから」
と、悪態をつくものの、堂々と彼の寝顔を見れる役得に、アリサは内心ご満悦だった。
「そろそろ戻るとするか」
ほんのちょっとだけ名残惜しさもあるが、早めに出ないとどんどん出るタイミングを見失いそうで、アリサはすぐに戻ることにする。
「ア、アリサ、ごめんな」
扉を開け、今にも出ようとしたその時、後ろからそんな声がした。寝顔を見ていたことを気づかれたかも知れない気恥ずかしさと、起きていたなら言って欲しかったという怒りがアリサにこみ上げる。でも、何故だか笑みを浮かべている自分は、相変わらずちょろいなとも考えていた。
「ばーか」
アリサはそう言って、今の表情を彼に見られないように、振り向くことなく部屋を出た。
あの日二人の思い出は別にロマンチックなわけじゃない。でも、彼らの関係性を理解する上で、分かりやすいエピソードと言えばこれになるだろう。
その時二人は六、七歳頃だった。アリサは路地裏で、チンピラに絡まれていた。
「なんだお前。用がねえなら失せろ」
それはアリサが男を呼び止めたことに起因する。急いでいる男は明らかに苛つきを表情に色付けていた。
そのまま男はアリサを見下ろし、睨み付ける。アリサからすれば、相手は自分より遥かに大きく、力も強い大人である。普通であれば恐怖に逆らえず、逃げ出しているだろう。しかし、不幸なことに、彼女にはまだ幼いながらも確固たる正義感が存在していた。
「で、でも私見たの。あなたが万引きしてるところ。そのカバンにお金払っていないものが入ってるはず」
ほんの数分前、アリサは店でその現場を目撃していた。そのまま逃すわけにいかず、路地裏に消えようとする男を引き止めたのだ。
その刹那、男の表情はより一層鋭くなる。その反応にアリサは少し後悔の念に駆られる。
――怖い。
「ったく、くだらねえことしやがって。そんなお前には大人の怖さってのを分からせてやる」
そう言って、男は右手を振りかぶる。明らかにアリサを傷つけようとする動作。彼女の体は固まり、思わず目を閉じる。
「や、やめろ! アリサに手を出すな」
「あ? なんだガキ」
後ろから聞こえたその声に振り向くと、そこにはライトがいた。知っている顔が来てくれたことへの喜びとライトがいても結局どうしようもないという不安感がアリサを飲み込む。
――私のせいでライトが⋯⋯。
「も、もしアリサを少しでも傷つけてみろ⋯⋯。そ、そんなことしたらアリサの父親に何されるか分からないんで、やめた方がいいと思います」
「「え?」」
アリサと男の声が重なる。それと同時にアリサは理解する。――日和ったな、と。
「えっと、こいつの親はこの町の町長でしかも親バカなんで、何かしでかしたらやばいんじゃないかなみたいな⋯⋯」
ライトの声はだんだんと萎んでいく。それに伴い、アリサの彼への失望も大きくなる。一体何しに来たんだ、彼は。
「くそ、めんどくさい奴らに目をつけられたな。割りに合わねえ。分かった分かった、今日取ったもんは返すから見逃してくれ」
そう言って、男はカバンから魔石を取り出し地面に転がすと、そのまま走って逃げていった。子供の体では追いかけることは到底不可能でライトとアリサは立ち尽くしていた。
「おい、アリサ。あんなことしたら危ないだろ。一人で大人に向かってったってどうしようもないって」
ライトはアリサに振り返りそう言う。だが、彼女は弱気を見せていた彼に少し拍子抜けしていた。
「ライトこそ、最初はかっこよく登場したかと思ったら、大したことしないじゃない。それにあの男に逃げられちゃったし」
その返答にライトはアリサに近づき腕を掴む。
「そうじゃないだろ! アリサに危険な目に遭ってほしくないから言ってるんだよ」
ライトは真剣な眼差しだった。いつもような頼りない少年としてではなく、本気で言っているのだとアリサにも分かった。
「ご、ごめん。で、でも悪い人がいたら、見て見ぬ振りはできないよ」
それがアリサの考えだった。無邪気だが、切実な正義感は確かに彼女の中に根付いていた。
「確かにアリサの言い分も分かる」
「な、なら!」
「でも一人で危険な目に遭ってほしくない。だから、――仕方ないから俺がお前を守ってやるよ。二人で冒険者とか勇者とかにでもなって、どんな悪い奴らがいても立ち向かって行けるように、一緒に頑張って行こうぜ」
ライトはそんな突拍子もないことを言った。
後から考えれば分かったが、先程の男も本気でアリサを傷つけるつもりはなかっただろう。少し怖がらせて、魔石を持ってすぐにその場を離れるつもりだったのだと思う。でも、ライトが来てしまったから離れるタイミングを見失い、魔石を手放してでも大きな騒ぎを起こさないように逃げていった。だから、その時ライトが来たことに意味はなかった。
でも⋯⋯、
「ふふっ、なにそれ? それがかっこいいと思ってるの? それに、何かあってもライトに守れるわけないじゃん」
らしくないことを言うライトに、思わずアリサは笑ってしまう。その反応からライトは顔を赤くして叫ぶ。
「うるせえ、人がせっかく気を使ってやろうと思ったのに。もう知らねえ!」
そんな反応も面白くて、アリサは笑ってしまう。
「まあ、冒険者になるのはなんかもう面白そうだし、一応約束にしといてあげるよ!」
でも⋯⋯、この時からアリサにとってライトはただの幼なじみではなく、一つ特別な存在になった。
自室に戻ったアリサはバルコニーで夜空を眺めながら、今日の出来事を反芻していた。
「ライト凄かったな。後、それに⋯⋯、あれは本気で言ってたのかな?」
固有スキルというものは最初から完成しているわけではない。何度も使っていき、少しずつ練度を上げていくものだ。そのルールに従い、『隠キャ』と言えど、まだまだ綻びがある。分かりやすく言い換えれば、関わりの薄い人や物からの認識はできないが、ずっと親しくしてきたような人は当然認識することができる。そう、ライトにとってそれは、アリサである。
あの時、アリサには彼が見えていた。だが、恐怖と驚きから咄嗟に動くことができなかった。そして彼女が冷静になるより先にライトが全て終わらせてしまった。だから、彼は自分が見られていたことを知らない。
つまり、自分が発した台詞が聞かれていたことにも当然思い至らない。
――俺の大切なアリサに手を出した罰だ!
そして、アリサも自分が見ていたことを彼に話すことが出来なかった。気恥ずかしかった。
「も、もしも本気だったら⋯⋯す、すごく嬉しいなぁ」
あの日からアリサにとってライトは特別だ。だから二人で冒険者になった。これからどれだけたくさんの出来事が待っているのだろうか。
アリサは期待に胸を寄せる。だって、二人の物語はまだまだ始まったばかりなのだから。