第三話
「ライト、早く起きてよ。もう昼だよ。さっさと依頼受けに行こう」
俺の目覚めはそんな声から始まった。説明するでもなく最悪の目覚めである。まだ寝たい⋯⋯。
そもそも俺は起こされるということが嫌いなんだ。どうしてわざわざ決まった時間に起きなければいけないのだろう。なぜ眠い日は一日中寝てはいけないのだろうか。人間は働いた分寝るべきだと思う。俺がお偉いさんになったら働いた次の日は一日中寝てもいいと言う法律を作ろう。
まぁ話が逸れたが具体的に言うと――もうちょっと寝たい。と、言うことで、目の前のバカにそれを伝えてやろう。
「あと⋯⋯五分」
「もう昼って言ってんでしょ! ライトは依頼受けに行く気ないの?」
や、やめろ。耳元で大声で話すんじゃない。二度寝ができないじゃないか。
「う、うるさい。五分くらい寝かせてくれてもいいだろ!」
「五分で起きるって言ってライトが五分で起きたことないでしょ。だいたい五〇分くらい寝てるじゃない」
結局、こういう問答を五〇分くらい続けたのち、俺は無理やり起こされた。不当な行為である。
寝る起きるで説明のタイミングを逃したが、ここは宿屋である。昨日あれから町を探索したのち、冒険者割引のある場所を見つけ泊まることにしたのだ。
マリアスは冒険者になるには最高の町と言われるだけあり、町中のさまざまなものを安く買うことができるらしい。メアリさんからそのリストを渡されたので、それを見て武器や防具を揃えて依頼を受けに行くのが今日の予定だ。
出かける準備をして、俺たちはご飯を食べに宿屋の食堂へ行った。冒険者は格安でご飯が食べられる素晴らしい場所だ。一生マリアスで暮らしていきたい。
朝のメニューはパンと目玉焼きとスープだった。俺は朝が苦手だが朝ごはんを食べるのは好きだ。朝からたくさん食べると一日幸せな気持ちになれるのだ。
「ここの飯うまいなぁ。しかも安いし、量多いし、最高の朝飯だぜ!」
「もう朝って時間じゃないけどね。誰かさんが起きるの遅かったせいで」
俺とは対照的にアリサは怒っているらしい。少し起きるのが遅かったがその程度で怒るなんて器の小さいやつだ。
怒るとしわがふえるぞ。
俺は気にせずスープをすする。
「ライト、いい加減にしないと今日の予定が変更されて、あなたをぶん殴ることになるかもしれません」
「やめろやめろ、悪かった。調子に乗った。明日から早く起きるから。許してください」
アリサは拳を握りしめ、こちらに見せつけてきた。なんか拳がメキメキいってる。
しかも鬼の形相で――いや、アリサさんにそんなこと言ってはいけないな――否、今まで出会ったことのないほどの美しい顔も表情で。
「なんか失礼なこと考えてなかった?」
「そ、そんなわけないだろ。それよりそろそろ真面目な話をしよう。このつまらない会話にみんな飽きてくる頃だ」
「みんなって誰よ」
ま、まぁそんなくだらないことはいいだろう。このままだと話が全然進まない。一生アリサとの喧嘩シーンになりそうだ。
とりあえず早く飯を食べ終わろうということで目玉焼きを一口で頬張っておく。
「とりあえず武器防具を買いに行くってことでいいんだよな。昨日メアリさんがおすすめしてくれたところに行こうぜ」
「そうね。ある程度揃えたら、私達でもスライムとかゴブリンくらいには勝てるでしょ」
親バカなアリサの親御さんが嫌という程金を渡してくれたから、ある程度の装備を整えることができるだろう。案外冒険者というのはちょろそうだ。
アリサは、最後に残っていたパンを飲み込むと⋯⋯、
「よしそうと決まれば早く買いに行こう行こう」
機嫌がよさそうに笑った。これは装備を買いに行くことへの機嫌ではないな。多分俺と一緒で朝ごはんが美味しかったんだろう。
――明日は早起きしてたくさん食べよう。
宿屋から二、三分ほど歩いたところに初心者用の装備を取り扱っている装備屋がある。マリアスの綺麗な街並みを崩さぬよう、例に漏れず初心者冒険者用の店といえど、綺麗な外観をしていた。左右対称の木造建築だ。
国の支援があり、比較的安い価格で質の良いものを買うことができる。マリアス様々である。
俺たちだけで依頼をこなすにはそれなりの装備がいる。出来るだけいいものを手に入れなければ。
そう、意気込む。
ドアを開け中に入ると二人の男が話していた。鎧を身にまとい、剣を腰に下げている男とカウンターで椅子に座りのんびりしている少しぽっちゃり目の男だ。
鎧の男は冒険者で、ぽっちゃりが店の店員だろう。
「あの盗賊団が現れて以来、うちにも全然素材が入ってこなくなって、まともな物が作れないんだよ」
「俺の知り合いも馬車に積んであったものを根こそぎ取られたらしい。結構な懸賞金がかかっているが、なかなか捜査が進展していない現状だ」
なにやらあまりいい話ではなさそうだ。どうやらこの町は治安が悪いらしい。
店員は俺たちに気がついたらしく、立ち上がり声をかけてきた。
「どうも、いらっしゃいませ。今日はどんな用事で? おや、見たところ初心者の方ですな? 好きなものを好きなだけ買うといい。最初のお買い物みたいなんでお安くしときますよ。まぁ最近はこの町の周りで盗賊団が暴れてるので、質の良い商品はなかなか揃ってないですがね」
なるほど、よく話す人だな。でも、説明は助かる。
盗賊団がいるのか。初心者ばかりの町を狙っているとは頭がいい。将来の参考にしよう。
「とりあえず、初心者におすすめな武器とか鎧とかってありますか?」
黙っている俺に代わりにアリサが話しかける。知らない人と話すのは苦手なんだ。これもスキルのせいだろう。仕方ない。
「そうですねぇ。あまりいい品がないですが、このレザーオークの皮鎧なんていいがでしょう? 質は特別いいわけではありませんが、値段が控えめなので手が出しやすいと思います」
レザーオークとは通常のオークより皮が分厚く、硬さのあるオークの種のことである。
正直あまりいい品ではなさそうだから本当に素材がないのだろう。
「じゃあそれの男用と女用を一つずつ。あと初心者用の小振りな剣を二つ貰えますか?」
「わかりました少々お待ちを」
そう言って店員は店の奥へ入っていった。ぽっちゃりだが動きは俊敏だった。
店員がいなくなると、さっきまで店員と話していた冒険者らしき人が話しかけてきた。
「お前らこれから依頼を受けに行くのか?」
「はい、そうですけど」
相変わらず「アリサ」が返答する。
この小説では主人公の会話が女の子一人としか行われないのかもしれない。コミュ障は辛い。というかアリサの方が沢山の人と会話してるし、あいつが主人公の方がいいんではないだろうか。
いやよくよく考えればメアリさんとは会話できていたのでその憂いは必要ないらしい。良かった良かった。危ない危ないセーフセーフ。
「もしお前らがギルドで話題になってた使い物にならないような変なスキルを持っているくせに、初心者サポートを断った頭のおかしい初心者なら、やめといた方がいい」
はい、明らかに俺たちですね。もしかしたら俺たちはやばいことをしているのかもしれない。今からでもアリサを止めて強い人たちと雑魚狩りをした方がいい気がする。
冒険者さんは続けて言う。
「今、この辺では厄介なことにとある盗賊団が横行してる。初心者が大半を占めている町だからな、こういうことになると対応が大変なんだ。俺たち中級者もなかなか手が回らない」
「だから素直にサポートを受けておけということですか?」
「そうだ。もし盗賊団に襲われれば、お前たちの想像以上にひどいことをされるだろう。そういう羽目になる前に道を正してやるのも俺たちの仕事なんだ」
正論です。俺たちのような世間知らずのせいで有能な彼らの手を煩わせるわけにはいきません。よし、メアリさんの時からまったく成長する気配のない馬鹿なアリサを止めることにしましょう。
「あのーアリサ?」
「大丈夫、私が何とかする」
「あ、はい」
どうやらこの男の人の話を何も聞いてなかったらしい。一体何を何とかするのだろうか。何とかするべきなのは、アリサの馬鹿な考えくらいのものだ。
「私たちはギルドの注意を守って、危険なことはしないので大丈夫です」
「サポートを頑なに断っているやつにそれを言われてもなあ。これでも、俺はお前たちのことを心配しているんだ」
というか冒険者さんいい人だな。正直俺はこの人に着いていきたい⋯⋯。
俺たちが不毛なやりとりしてる間に、店長さんは装備を台車に乗せて持ってきた。重たいであろう鎧が二つも乗っているのにバランスを崩すことなく、ダッシュでかけてきた。すげえ――プロだ。
「すみません。お待たせしました。いやぁーなかなか見つからなくて」
「いえいえ全然待ってないですよ。おいくらですか?」
「えーっと、全部で一〇万イリアです」
「そうですか。はい、一〇万ちょうどです。ありがとうございました。よし、ライト行こ」
アリサはめんどくさい会話を早急に終わらせたいのか、人間離れのスピードで金を払う。そのまま右手は台車の取っ手を握り、左手は俺の腕を掴むと、一気に走り出した。
「ア、アリサ痛い、離せ」
「お、おいまだ話は終わってない!」
「ちょ、ちょっとお客さん? 台車ー」
俺を含めた三人が悲痛な声をあげる。特に最後の人が一番深刻そうだ。うちのがすみません。
さらに、アリサはそんな声に耳を傾けることなく足で扉を勢いよく蹴り開ける。
冷静に考えると、右には台車に乗った鎧と剣、左には俺――どう考えても一般人が走りな
がら運べる荷物じゃないよな。昔から考えていたがこいつは人間では無いのかもしれない。頭も体も。
そのまま一〇分ほど、人気のない路地裏まで走り続けた(これは人間には不可能なことなのでアリサがなんらかの力を持っているというなんらかの伏線になる気がします)。アリサやばい。
「よし、なんとか逃げ切れたわね」
「お前セリフといい行動といい、どう考えても犯罪者よりだが大丈夫か?」
このままだと数少ないキャラが一人牢屋に消えてしまう。そうなるとコミュ障しか残らず話が進まないので是非とも避けていただきたい。
「大丈夫。明日謝って台車返したらきっとすぐ許してくれるよ。まぁともあれ見事必要なものを手に入れたしこれから何か依頼を受けに行こう」
しかも、こいつは普通に冒険者としての仕事をするつもりらしい。なんてメンタルの強さなんだ。是非見習いたい。
「これからどうするんだ? 流石に馬鹿正直にギルドに行って依頼を受けるわけにも行かないと思うぞ。適当にモンスターを狩った方がいいんじゃないか?」
さっきの冒険者が根回しして、依頼を受ける前に捕まるのがオチだと思う。まあ俺としてはそれでもいいのだが、後から小言を言われるのは嫌だ。ということで、ゴブリン狩りに移行させる方がいいだろう。
「そうね。ギルドで誰かに捕まるよりはその方がいいわね。じゃあさっそく行きいこう! 私たちの冒険の始まりよ」
アリサは屈託のない笑顔でそう言った。と、出来るだけこいつの好感度を下げないように描写してみるが、実際どうなんだろう。結構ひどいことをしているのに屈託のない笑顔というのは、逆に好感度が下がりそうである。
まあそれは置いておいて――俺たちはようやく冒険者として戦いをスタートさせたのだ。