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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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8.はじめてのプロミオン(1)

一般人からすれば、軍艦内部というのは物珍しいものだと思います。

レオンは見慣れてしまいましたが、プロミオンは軍艦です。

 つつがなくフライトプランをこなしたアストレイアは、ボーテック星系外縁部でiフライトアウトした。減速しつつ、あと一日ほども進めばひとまずの目的地である惑星ザルドスへ到達する。

 減速し続ける船の速度に反比例して、ブリッジクルーだけでなく船内が全体的に慌ただしくなる。今まで経由してきた星系と違って、ここでは其々に仕事が待っているのだ。


 レオン達はプロミオンに移乗して惑星ザルドスに降下し、スピンクスとの会合がある。

 かたやアストレイアは処女航海後の点検だ。ドッグの設備や点検内容にもよるが、乗組員たちは忙しくなることだろう。


 ザルドスへ降下するため、アストレイアの入渠を前にメルファリアとリサがプロミオンへと移乗することになった。最大八人乗りの小型ランチボートが、四人を載せてプロミオンへと移動する。彼女たちがプロミオンに乗るのはこれが初めてだ。


 プロミオンの艦内を、アリスが先導して案内する。

「ふうん、これがプロミオンの中ですか」


 二人共がきょろきょろと周りを見回し、手近にあるモノには手を触れようとさえする。お嬢様にとっては、軍用艦艇の機能性一点張りの内装が、むしろ物珍しいようであった。アストレイアと比べるならば、通路は狭くて飾り気もない。手を伸ばせばすぐそこに、温かみのない硬質な壁面がある。


「この、色々な所にある四角い窪みは、装飾的なものですか?」

 聞かれたアリスが律義に答える。

「いいえ。無重力もしくは弱重力下で手や足を掛けるためのものです。手摺のような突起物よりも安全で、破損しにくいのです」


 豪奢な内装の旅客船には見当たらないのだろう。天井面にもあるのを見上げて確認し、感心した様子になる。疑似重力の完備された客船に船客としてしか乗らないのであれば、知らないのも無理はない。窪みは照明としても機能しているのだが、天井など、普段は気に留める機会も無いだろうし。



 プロミオンの艦内は、そもそも乗組員がレオンしかいないため、生活感が全くといっていいほどに無い。汚れも、張り紙などの類もないし、乗組員の為の案内表示板もない。注意書きラベルや、「押す」といった簡易的な取り扱い説明が新造時そのままに、ところどころに貼ってある程度だ。


「手入れが行き届いているようで綺麗ですが、殺風景ですね。絵画でも飾ってみてはいかがかしら?」

(……絵画?)

 楽しそうに語るメルファリアに、レオンはちょっと戸惑った。

 ……さすがにその発想は無かったわー。


 レオンの戸惑いなどいざ知らず、隣を歩くリサがメルファリアに答える。

「姫様。絵画に罪はありませんが、周囲から浮いてしまうことは必定です」

 そりゃまあ、そうかもね。ですから、諦めてください。


「……まずは観葉植物を置くなどしてみるのが宜しいかと」

「そうね。緑は必要だわ。では、そのように」

「はい」

 勝手に話は進み、リサが至極満足そうに頷いて、レオンに向き直る。

「聞こえましたね、騎士レオン。そのように、宜しいですね?」


「はい?」

 後ろをついて歩いていたレオンは、唖然として足を止め、首を傾げた。

 ないわー。

 絵画ではなく観葉植物なら軍艦に馴染むとでも?


 だいたい誰が管理するっていうんだよ、まったく。嫌がらせかっての。

 抗議の声を上げようとするレオンに、歩み寄ったアリスがにっこり微笑み、顔を近づけて小さく囁いた。

「私に任せてください」



 プロミオンには、レオンが使っているものと同様の士官室が他にも空いているので、それらをメルファリアとリサに使ってもらうことになった。ただしアメニティ用品の類は全く揃っていなかったので、必要なものは持ち込んでくれるように伝えると、彼女達はコンテナ一杯のあれこれを持ち込もうとしてレオンをあきれさせた。


 体積の大部分はクッションやタオル、キルティング等の布製品である。しかも自分で運ぶ気はさらさら無いようだった。

 いいかげんにしろ。

「……なあんて言えたらスッキリするけどね」

 アリスに愚痴をもらす始末。


「レオンは意気地なしですね。あるいは小心者。または、今の立場であれば社畜の類でしょうか」

「そりゃ言いすぎだろ」

 アリスなら、言いたい事もさらりと口に出しかねない。それはそれで痛快だけれども、問題もありそうだ。


 女子二人は、隣り合わせで宛がわれた其々の船室に自らの私物を持ち込み、部屋のコーディネイトに忙しいのか暫くはおとなしかった。手伝うわけにもいかないのでレオンは一人で珈琲を淹れ、ブリーフィングルームで香りを楽しみながら時間を潰していた。


 国際郵便船の乗組員だった時に先輩航海士から教わった淹れ方を思い出しながら実践してはみたものの、うまく出来たのかどうかはよくわからない。まずくはない、と思う。香りを感じながら目を閉じると先輩の姿が思い浮かんだが、もうだいぶ昔のことのように感じられた。


「寛いでいるところをすみませんが」

 アリスは珈琲を飲まないが、インターフェースであるのでレオンの傍にいる。

「レオン、リサさんがレオンをお探しです。ここにご案内しても宜しいですか?」


「リサさんが? ああ、いいよ。……リサさん珈琲飲むかな?」

 どうせアリスは個人の嗜好も把握しているのだろう、とレオンは認識している。

「いいえ、完全に紅茶派ですね。若しくは緑茶のようです」


「そうか、残念」

 レオンなりに、スムーズな人間関係を築こうと思案はしているのだ。

「もうすぐ、いらっしゃいますよ」

 と言うが早いか、ブリーフィングルームの扉が開き、リサが現れた。


 レオンはカップを置いて立ち上がり、どうぞ、と椅子をすすめたが、リサは座らない。

「騎士レオンは、この船の特権管理者なのですよね?」

 少し思いつめたような顔をしたリサが問いかけてきた。


 レオンよりも早く反応したアリスが、淀みなく答える。

「はい、そうです。レオンはこの連絡艇プロミオンの特権管理者であると同時に、母船ラーグリフの特権管理者でもあります」


 過不足のないように説明をしようとしたのだと思う。

「特権管理者は、この船に関するあらゆる権限を持つのですか?」

「そうです。全ての権限を持ちます」

 アリスは、まるで自分のことのように自慢げにそう言った。


 すると、レオンに対して恐ろしいものを見るような目をして、リサが絶句した。

 ……なぜ?

「……と、いうことは、ですよ? 私やメルファリア様の部屋の、ドアロックを解除することも可能では?」


「はい。特権管理者は全ての権限を持ちます」

 リサの顔が見る間に引き攣った。

 そのリサの顔を見て、レオンの顔も引き攣った。

(あ……)


 物凄く怖い顔でレオンを睨んだあと、リサは無言のまま踵を返して船室の方へと足早に歩いて行ってしまった。きっと、メルファリアにあてがわれた船室に駆け込むだろう。


「おいおい、船から降りる、って言い出しそうじゃないか、アレ」

「そうですね」

「もうちょっとこう、やんわり誤魔化すことはできなかったのか?」


「んー、ワタシニハヨクワカリマセン」

「てめえ、こんな時だけポンコツの振りをするんじゃねえ」

 ちょうどいい間合いに居たので、レオンは拳骨を作ってアリスの頭をこつんと叩いた。

「痛っ」


 ……ちょっと力が入りすぎちゃったか?

 そういえば、実際にアリスを叩いたりしたのは初めてだ。叩いた感触も人間そのものだ。

 ばつが悪そうなアリスと、ひっこめた自分の拳を交互に見比べて、レオンは少し困った。アリスは、本当に痛いって感じているのかな? と聞くべきか、ゴメン、と言うべきか。


 わざとらしく頭を撫でた手を降ろし、アリスがいつもの顔に戻る。

「仕方ありません、私が一肌脱ぎましょう」

「ん?」

 どういうこと? と問いかけようとアリスを見た。

「服は脱ぎませんよ?」


「知ってるよ。そこじゃねーよ。そんな事よりも、妙案があるのか?」

「はい」

「どんな?」

 自信ありげな様子のアリス。


「レオンがいかに小心者で、彼女たちの部屋のドアを開ける勇気が無いかを説きたいと思います」

 な・ん・だ・と?

「かなり説得力があると思いますよ」

 得意げだ。本気でそう思っている可能性が高い。


 ……が、結局、事態がこじれるのを嫌ったレオンは、アリスの提案に乗った。

 ああもう、小心者と言いたければ言うがいいさ。しかしな、アリスの俺に対する態度が辛辣になってきているような気がするのは、気のせいか? いったいどんな学習をしているんだまったく。


ラーグリフには、研究段階のまま一般化されなかった技術が残っているそうです。

アリスがそのように仄めかしていたようないないような。


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