63. 星系を継ぐ者
地球人類も、早いとこタイプⅠ文明にはなって欲しいところですよ。
完全に他力本願ですが。
エマリーさんとそのお仲間には、ラーグリフの後部甲板上に固定された船の中で、そのまま過ごしてもらった。これはラーグリフに関する機密の保持のためという理由が最も大きい。
幸いにしてスピンクスのバニシングリアクタはなんとか無事だったので、補給の直後だったこともあり、予備ジェネレータ状態のまま、余計な詮索をせぬよう静かに幾日かを浪費してもらった。
一方で、通信回線越しのやり取りの中で、エマリーからは情報漏洩の件についての報告がなされた。
「結果的に言うとね、騎士サンの指摘した通りだったよ」
比較的日の浅い一人の女性メンバーがセヴォール出身で、彼女の幼馴染との間でのやり取りから情報が漏れたらしい。その女性メンバーに悪意はなかったのだが、幼馴染の側は情報収集目的で彼女とのやり取りを続けていたようだ。
「幼馴染に売られるってのも可哀想だけど、アタシ等もそう甘い事言っていられないからね。その子には、シャンヤンで降りてもらったよ」
セヴォール宇宙軍にはスピンクスに関する情報が多く蓄えられていた。それをもとにスピンクスは狙われ、危うく宇宙の塵になりかけたのだ。船を降ろされただけなら、罰としては随分甘いのではないかと思えたが。
「情報をもらすとはどういう事かわかってもらう為に、彼女に関するデータをちょっとだけネット上に流した。今頃は羞恥にのたうち回っているかもしれないね」
うわ。
それは、内容によっては一生どころか人類滅亡の時まで羞恥刑ですかね。
口を噤んでおけ、という脅しでもあるわけだ。前言は撤回します。
「もともと惑星ザルドスには海賊のアジトの一つがあったようだ。ザルドスは比較的に監視の目が緩いからね。だから奴らと出会ってしまったのはタイミングが悪かったとしか言いようが無いけど、姫さん本人であることの確認にアタシ等から洩れた情報が使われていたようなんだ」
ブラウンヒルの街中で声を掛けられた時に、レオン本人であることも確認してきたのはそういう状況だったからか。なにはともあれ、エマリーさんがマイケル・リーと繋がっているわけではなくて良かった。
「ではこの件は、これでお終いです。以後は他言無用ってことで」
エマリーに裏の繋がりがないのなら、この件をメルファリアに伝える必要もないだろう。
「すまないね、配慮してもらっちゃってさ。お礼にアタシからたっぷりサービスさせて貰うよ? どう?」
エマリーはディスプレーの中から派手に投げキッスをした。
「どう、って……」
通信回線でやり取りするような事じゃないでしょうが。そういうのはもっと距離が近い時でないと。
「お断りします」
ずいっと、アリスが横から会話に割り込んできた。
「お断りします。重要なことなので、二回言いました」
至極真面目な顔だった。
真面目な顔を、エマリーではなくてレオンに向けて、重要なことと言い切った。
「……こりゃまいったね。アリスさん、アタシが悪かった。このとおり、ご容赦ください」
回線の向こう側で、ちょこんとエマリーさんが頭を下げた。
アリスは形式上レオンの副官だ。駄目な上官に言って聞かせるのも役務である、と思っていることだろう。
§
それからまた幾日かの航海を経て、レオン達がようやっとメルファリアのもとへ戻ると、そこには戦艦アーク・ネビュラスが船舷を寄せていた。港に寄らず、航路の辺縁宙域に遊弋するアストレイアとローレンスの艦隊の大型艦四隻は、ラーグリフとレオンが無事にスピンクスと共に帰還するのを待っていた。
レオン達はシャンヤン星系へと戻る途中、メルファリアからローレンス宛のメールも運んだので、それが伝わり、レオン達を待つメルファリアと無事にランデブーできたというわけだ。航行不能のスピンクスを積んで戻ってきたというのも、iフライトアウト後の通信でメルファリアに伝えられた。
レオンは戦艦アーク・ネビュラスの存在を必要以上に意識してしまって、大いに緊張したままアストレイアに移乗し、こともあろうか出迎えに見えたメルファリアの前で連絡艇のステップから足を踏み外してこけた。
メルファリアのすぐ後ろにローレンス総司令の姿を捉えて心拍数が跳ね上がったのだが、まあそんな事を言い訳にはできない。わざわざ連絡艇の格納庫にまで、ランツフォート宇宙軍総司令が出迎えに来るとは思わなかった。
「なんだなんだ、印象付けようと、わざとボケたのではあるまいな?」
しかも出迎えの第一声はローレンスだった。
すぐ横で、ロナルド・デニス船長が顔をそむけて笑いをこらえている。格納庫はいま、0.5G程度に抑えられていて転んでもたいした危険はないが、みっともなさはむしろ五割増しかもしれない。
「も、申し訳ありません! 見苦しいところをお見せしました」
急いで姿勢を正したが、思わず声が裏返った。
「ぷっ、くすくすくす……」
すぐ目の前でメルファリアがたまらず笑い出し、両手で口を押え、しばらく俯いたままで背中を震わせた。レオンはもう、直立不動で顔をこわばらせたまま何も言えない。きっとレオンの第一印象は最悪だろう。
「……いやだもう、レオンたら、笑わせないで」
「返す返すも申し訳ない……」
大いに恐縮するレオンに対してしかし、ローレンスは労いの言葉を投げかけた。
「まあよい。とにかくレオン君には、ご苦労様と言うべきところだろう」
ローレンスは、長兄グラハムよりやや背が低く逞しい体形をしており、顔つきには野性味があった。その野性味のある顔にいまは笑みがあるが、レオンはそれに気付く事も出来ずに恐縮したままだった。
レオンがラーグリフに乗り込んでシャンヤン星系に急ぎ引き返している間に、ローレンスの艦隊はシャンヤン星系での表敬訪問を手短にこなして、すぐさまアストレイアを追ってきた。ローレンスにとっては正体が明らかな所属不明艦の掃討よりも、メルファリアとの会合がより重要だったらしい。
ところがメルファリアは航路の途中でレオンが戻るのを待ち停船しており、すぐに追いついた次兄は望外に多くの日数を妹と過ごすことになった。ローレンスは、騎士レオンに会わずに去るわけにもいかない等とつまらない言い訳をしてアストレイアに幾日も滞在し、その間には頻繁にメルファリアとデニス船長との情報交換を行っていた。
「なかなかに、イベントの多い航海であったのだな……」
白眉はセヴォールからの脱出劇であったが、ローレンスが悔しがったのは隣接するシャンヤン星系での艦隊戦闘だ。
「なんだ、俺はマイケルめを討ち損ねてしまったのか。せっかくこの手でひっぱたくチャンスを、みすみす逃したか」
拳を握りしめ震えるローレンスに、デニス船長がやんわりと声を掛けた。
「ローレンス様。ゆめゆめ惑星セヴォールに殴り込んだりなどはしませぬよう」
「ぬう、貴様も皆と同じことを言うのだな」
「あたりまえです、総司令」
幕僚たちの抑制が効いているのは何よりだ、とデニスは内心で胸をなでおろした。実はローレンスが軍属となった際の最初の上官がロナルド・デニスであり、付き合いは長いのだがそれはまた別の話。
ローレンスは両手を腰に当て、デニス船長をひたと見据えた。
「俺はな、メルファリアからお願いされるのでもなければ、そこまではせぬ」
妹がお願いすればやってしまうかのような言い草だ。
ローレンスは久しぶりに会った妹から航海中の出来事を聞くたびに一喜一憂していたが、そのうちに妹の成長を実感して言葉遣いが改まった。相変わらず心配はするのだが、どうすべきか、どうしたいと思うのか、というように会話は議論めくようになった。
そして大抵の場合、妹は返答に困ることなどなく明確に自らの考えを述べるし、その内容は至極真っ当なものだった。メルファリアが無茶なお願いなどせぬことはもう、充分にわかっている。
その妹が、ランツフォート家の一員として人類に貢献する道を選びたい、と兄に伝えたのだ。次兄は溢れそうになる喜色を何とか抑え、手助けしたい気持ちを静かに伝えた。
「メルファはやりたいことをやれ。俺はいつでもどこでも応援するぞ」
レオンが戻ってくるまでの間にはローレンスとの会合があっただけでなく、マイケル・リーへの対処も含め、メルファリアは自身の今後について様々なことを決めていた。それは、直接にも間接的にもレオンの今後に大きく関わるはずだが、その語られた内容は壮大で、庶民気質の抜けきらないレオンはなかなか想像が追い付かなかった。
「わたくしは、グラハム兄様の勧めもあるので、S&P社の取締役に就きます。それから、惑星ノアのテラフォーミング事業を引き継いで、生態系実験の完遂を目指します。その際、何かと都合が良いので、惑星ノアのあるアルラト星系の総督にも就くことにしました」
メルファリアの言いようは淡々として、明日は日曜日です、くらいになにげない。
「……も、盛りだくさんですね」
人類域世界最大の星間運輸会社の取締役と、全惑星規模での地球生態系の再現実験と、その星系の最高責任者ですか。ええと、欲張り過ぎではないですか?
プリンとジェラートとチョコパフェじゃないんですよ?
もちろんレオンは口には出さないが、何とも言えない表情が何かを伝えたがっているようにメルファリアには見えた。
「わたくしは欲張りなのですよ」
お嬢様は、輝くような笑顔で得意げにそう仰った。
そう言えば、ローレンス総司令が去り際にレオンにだけ言って聞かせた言葉がある。
「俺はな、あんなに笑うメルファリアを近年見たことがなかった。つまりは、貴様のおかげだな」
そして、一呼吸置いてから顔をぐっと近づけ、更にこうも言った。
「俺はお前が羨ましい。狂おしいほどにな」
その時、レオンは呼吸が止まっていたと思う。
ではまたな、と言って背中を掌で叩かれて、ようやく硬直が解けたような気がしたのだ。
やっぱり、この兄妹はめんどくさい。
§
無事家に着くまでは気を抜くな、とはアリスが言ったことだが、トーラスに無事帰った後もメルファリアが忙しくなるならば、護衛役もまた忙しい事だろう。だけれども、そんな近未来がとても待ち遠しくもある。
この航海と共にもうすぐ終了する護衛任務の後、レオンの処遇がどうなるかは確定していないが、レオン自身はこのまま可憐な主人の護衛であり続けたいと思っている。
「アリスはどうする? 高レベルフライトの機会があるまでは、レストランでシェフでもするかい?」
隣にいたアリスは、定期作業としてレオンのバイオデータテレメトリーを読み取る最中だった。
「私は副官として、引き続きレオンの補佐、そしてバイオデータを観察し続けます」
ついこの間、スピンクスの救助のためにレオンはレベル5iフライトを再度実施している。しかもその際の最大倍率は九十万倍に達し、この人類未踏であった領域を、唯一レオンだけが経験している。喜ばしい事に、相変わらず今のところはレオンの体調にさしたる変化は見当たらない。
「定期的に採取しているDNAサンプルにも異常は見当たりません。素晴らしい適性を示しているのではないでしょうか。今後も、できるだけ長い期間の観察を行いたいですね」
「まあ、いっそ死ぬまで観察してくれ」
この度の航海では、レオンは瀕死の重傷も負った。そして逆に、レオンの決断によって宇宙の塵となった船乗りもいる。攻撃を受けて爆散する宇宙船を目の当たりにして、レオンはいつか自分もそうなるかも、と思いを巡らせたのだ。
ちょうど読み取りを終了して、アリスは表情を変えずにレオンを見つめ返した。
「それは、私に対するプロポーズでしょうか?」
……。
レオンはわざとらしく両目を瞬いた。
「は? ……ははっ、おまえ、なかなか面白いギャグを言うようになったよな。えらいぞ」
アリスの頭をくしゃくしゃっと乱暴に撫でて、レオンは珈琲でも淹れようかとギャレーに足を向けた。
アリスは髪の毛が乱れたまま、その場でレオンの背中に目を向けて一人微笑みながらぼそりと呟いた。
「次はレベル6に挑戦しましょうね」
第二部 完
自分の好き勝手、自由自在に世界を創るのって楽しいですね。




