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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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62.菱形の御使い

駆逐艦の射程距離内というのは、ラーグリフにとってみれば、もはや想定外の近距離ですね。

 コントロールを譲ったスピンクスは、姿勢を制御して白銀色の物体に近づいてゆく。正確に言うと、物体の方からスピンクスに合わせて近づいたのだが、それは相対的なものだから、まあどちらでもいい。

「エマリーさん、大丈夫ですか?」


 スピンクスのブリッジにあるメインスクリーンに、周りに合わせて照度が落とされてレオンが映った。エマリー達の船は外から見ると大きく損傷していたために、必要以上に心配させてしまったようだ。

「やあ。少しヘマしてね、メインコイルをやられた。けど、みんな無事だよ、おかげさまで」


 そんな会話の最中に、スピンクスの船体は、白い八面体にめり込んでゆく。白い八面体に見えるのはホログラムであり、損傷したスピンクスの船体は、その中に隠れるように溶け込んだ。アプローチは自動的に行われ、スピンクスのセンサー類はそのほとんどが休止されて、外の様子を窺うことは出来ていない。


「よかった。迎えに来たんです。半ば強制的にですけど、メルファリアさんに会ってもらうために、お連れしますよ」

「ああ、わかった。というか今こっちは自力で飛べないからね、ありがたいよ」

 見知った顔を確認できたことで、非常灯に薄暗く照らされたスピンクスのブリッジ内にも安堵の色が広がった。


「ところでこれは、ドック船なのかい?」

 好奇心が先に立つ、というのはエマリーのというよりもデータマイナーの性質だろう。

「……ああ、そうですね。()()()()()()()()()()()()()()()。エマリーさん、OK?」

「オーケー、わかったよ。今アタシにあるのは、感謝だけさ」


「ご理解ありがとうございます」

「けどさ、敵はどうしてる? そっちは聞いてもいいかい?」

 そりゃまあ、気にはなるよね。

「奴らは、いま対処中です。おとなしく帰ってもらおうかと思っていますけど」


 追っ手は、一隻が味方の砲撃で損傷し離脱しようとしているが、それでもまだ二十隻以上はいる。広域に電波妨害が行われていたこともあり、船舶ソナーに映らないまま巨大な八面体は近づいてきて、追いかけっこのど真ん中に唐突に割り込んだ。スピンクスの回避機動があまりに芸術的で、損傷するまで割り込むことが出来なかったという事情もあるが。


 追っ手の駆逐艦クラスは大きいものでせいぜい全長百五十メートル程度であり、割り込んできた八面体の大きさはざっとその二十倍ある。あまりの大きさの違いに仕掛けることを躊躇して、スピンクスが物体の中に消えるのを見ているだけになっていた。

「ここは俺に任せて、エマリーさん達は、しばらく大人しくしていて下さい」



 エマリーとの通信を一旦打ち切って、レオンは周囲の状況をアリスに確認した。

「奴ら、判断に困っているだろう?」

「そのようですね。しかし、これはあまりにも稚拙なホログラムではありませんか? 私の能力ならもっと……」

「いいんだよ、これで。このばかげた外観が」


 ラーグリフは今、船体全体を覆うように八面体のホログラムをマッピングしている。そのホログラムの内側に入ったスピンクスは、ラーグリフの後部甲板上に誘導されて固定された。プロミオンの専用格納庫の上部に当たる後部甲板上で巨大なアームが八対立ち上がり、トーナメント状の子アームがスピンクスの船体形状に合わせて左右からはさみ込む。


 専用の固定装置があるわけではないので、アームで左右から押さえつけてまるで積み荷のように扱われたが、これは仕方ない。

「スピンクスを固定しました。準備完了です。動けます」

「よし、じゃあもうさっさと帰ろうか」


 ラーグリフは四角いホログラムを張り付かせたまま、緩やかに針路の調整を行う。機動性だけであれば追っ手の駆逐艦やパトロール艇の方が上であることは疑いないので、逃げ回ることは最初から考えていない。だからラーグリフは針路を決めると、その方向に敵艦が何隻いようともお構いなしに、粛々と加速を始めた。


 ◆


 突如として出現した大きな物体の、その非現実的な光景に唖然としていたのはエマリーだけでなく、セヴォール軍の各艦艇も同じで、いくら検索しても、あんな形であの大きさの物体は現存せず、正体が知れない。


 スピンクスが助けを呼べぬよう広範囲に電磁波妨害を実施していた中で、あの物体は的確に接近してきた。常識的に考えれば、あの姿はカモフラージュのための立体映像だろう。


 とすれば、あの見かけの大きさはつまりハッタリである可能性が高い。スピンクスというデータマイナーには、こちらの情報にない仲間がいて、救援に駆け付けたと考えるのが妥当だ。いずれにしても、このまま手をこまねいて見逃すというわけにはいかない。


 とまあ、常識的で妥当な判断を下した一隻の駆逐艦が、白銀色をして佇む八面体にビームを撃ち込んだ。有効射程距離内にあった二線の光束が白銀の物体にたしかに届き、そして何事もなかったように四角の辺縁部を貫通した。


「……やはり、単なるカモフラージュ、ホログラムに過ぎない!」


 駆逐艦は隠れている本体に打撃を与えようと接近を開始すると共に、更なる砲撃を加え始める。既にあと一歩というところまで、標的としたデータマイナーの船を追い詰めていたのだ。見た目が奇異なだけのものならば、なにも恐れることは無い。


 遠巻きに見守っていた他の艦艇もまた、その動きにつられるように、自分体よりも随分と大きな八面体への接近を開始した。


 ◆


 白銀色の八面体に覆われたまま、ラーグリフは星系外宇宙を目指して加速する。

 周囲の動向を観察してアリスがレオンに状況の変化を伝える。

「敵が再び動き出しました。正面前方の駆逐艦は立ち塞がったままです」

「反撃しないとなると、俄然攻めてくるねぇ」


 最初に撃ち込んできた駆逐艦の他にも、それぞれ移動しつつ接近した艦からは砲撃が開始された。対してラーグリフはホログラム映像の内側では対ビームシールドを展開している。シールドはエネルギービームを偏向・拡散して減殺するが、ラーグリフといえども限界はあるし、中には脆弱な箇所もある。


 専用格納庫内に収まるプロミオンに損害が出ることはまずないだろうが、後部甲板上に係留固定しているだけのスピンクスには、被害が及ぶ可能性もある。そもそもそれ以前に、MAYAは敵の無力化を希求している。ラーグリフを健全に保とうとする為にである。


「やはりもっとこう、一目で逃げ出したくなるような恐ろしげな外観にしておけば良かったのではないでしょうか?」

「うーん、そうかなあ……」


 せっかく、より大きく見せたのに、敵は思ったほどには恐れず、それどころか反撃しないこちらを過小評価しているようだ。むしろラーグリフのままの方が威圧感を与えられたのかもしれないが、それはできない。


「敵と判断できる艦艇は、光学観測範囲内に現時点で三十七隻確認できています。このまま囲まれて攻撃が続けば、大出力砲ではないとはいえ、こちらも無事ではいられません」


 アリスの口調は相変わらず冷静なままで抑揚も少ないが、見つめる藍色の瞳はレオンに対応を促していた。既に包囲を形成する大半の艦艇からは砲撃が届くようになってきていて、幾つかの砲撃はラーグリフのシールドに弾かれて拡散する様を見せ始めている。


 つまり攻撃の手ごたえを与えるわけで、そうなると攻撃する側はより高い効果を得ようと意気込むものらしい。


 iフライトの倍率はともかく、通常航行時の機動性では小さい船にはかなわないので、攻撃を避け続けてこの場を離脱するというのは難易度が高すぎる。今のところ損害はないが、敵が明確にこちらにダメージを与えようとしている以上は、対処をせざるを得ない。


 ラーグリフを中心とした3D表示を睨みつけてから、レオンはアリスに指示を出した。

「正面の駆逐艦に定格出力で砲撃し、これを排除。それ以外には、拡散ビームを当てて無力化する方向でたのむ」

「承知しました」


「それから、できれば、攻撃してきた奴だけを狙ってくれ」

 その言葉を聞いて、アリスは小さく微笑みながら頷いた。

「砲撃開始」


 前方正面を捉えることのできる砲座の幾つかが僅かずつ砲身を震わせて狙いを定める。複数のリアクタと複数のジェネレータが正常に稼働してプラズマを発生させ、加速コイルは一瞬のうちに超高温の粒子を亜光速にして射出する。


 無謀にも前方に立ち塞がった駆逐艦は、艦載砲としては最大級となるラーグリフの艦砲による定格出力射撃の的となった。ラーグリフからすれば至近距離と言える間合いに四基の大型砲からほぼ同時に光線が伸び、過たず命中すると駆逐艦はたやすく装甲を撃ち抜かれ、膨大なエネルギーが荒れ狂った艦体は蒸発するかのように盛大に爆発四散した。


 苦痛を感じる暇さえなかっただろうことが、せめてもの救いか。駆逐艦とて対ビーム用偏向拡散シールドは展開したろうが、拡散してもなお、ラーグリフの火力は圧倒的だ。


 一撃でその存在が消し飛ぶ様を目の当たりにして、彼らに与えた衝撃は瞬く間に周囲にも伝わったが、彼らが舵を切り直すよりも早く、八面体からは全方位に向けての反撃が行われた。ラーグリフは対ビームシールドをスピンクスの固定してある後部にのみ絞り、姿勢を変えつつ砲座を動かして包囲に加わる各艦艇を狙い定めた。


 ややつぶれた八面体が緩やかに回転し、その白銀の中から四方八方に光がほとばしる。その、サーチライトのように幅のある光が艦体を照らすと、的となった艦は表面を激しく焼かれて姿勢を乱す。集束を緩めているとはいえ大型砲の叩きつけるエネルギーは膨大で、表面を焼くだけに留まらず躯体内部にまでもダメージは浸透した。


 これまでは沈黙を続けてきた大きな白い菱形を侮ったものか、対ビームシールドの展開も行わずに近づく艦艇もあった。そもそも艦隊決戦を想定していない内宇宙哨戒艇クラスでは、戦艦クラスの対艦ビームをまともに受けきれるものではない。


 高エネルギーの光束に照らされた艦は次々と航行不能に陥り、中には大きな爆発も見えた。無力化を目的としていたビームの、その威力はレオンの想像を大きく超えていたが、今更どうにもならない。

「砲撃停止。……やり過ぎたんじゃないか?」

「比較的近距離でしたから。集束と威力の調整は、相手ありきなので難しいのです」


 ほんの数分間の戦闘行為で、ラーグリフは撃沈五隻、撃破戦闘不能十三隻という大戦果を記録してしまった。みな哨戒艇などの比較的小型の艦艇ばかりではあるが、彼らにとって大損害であることには違いない。もはや彼らは一目散に八面体から遠ざかろうとしており、包囲網はもうすっかり雲散していた。


「この宙域の電磁妨害が弱まりました」

 セヴォール軍艦艇は、各艦の所属を隠して軍隊としての関与を誤魔化そうとしていたが、しかし被った損害は「偶発事故」とかなんとか言って済む範疇には収まらないだろう。

 同情はしないが。


「エマリーさん達は確保したし、戦果が欲しいわけじゃないから、あれこれ詮索される前に行こう」

 まだしばらくの間は八面体のホログラムを張り付かせたままで、ラーグリフはこの宙域を離脱するために再度加速を開始する。ふう、とため息をついてからレオンはアリスに願い出た。

「少し、仮眠させてくれ」


 スピンクスが軌道ステーションを出港したのを察知してから、ずっとその動向を追ってきたのだ。包囲網の中でのスピンクスの機動は、見ているこちらも手に汗を握ったほどで、そんな張り詰めた空気が緩んで緊張が収まると、どっと疲れが出た。

「はい、わかりました。どれくらいで起こしますか……」


 スピンクスの面々を被験者にするわけにはいかないので、帰りのiフライトはレベル4どまりとなる。その事をはっきりとアリスに申し渡してから、レオンは自室に戻ってしばし休息を取ることにしたのだった。生身の身体は、儀体の時のようには連続稼働が出来ないものだということを、レオンは改めて痛感していた。


 それでも今回は、空腹にあえぐことが無くて本当に良かった。


アリスの考える「恐ろしげな外観」とはどんなものか、私にも想像つきませんw


スマートスピーカーのウェイクワードを「アリス」にしてみたいです。


冗談です。

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