61.知り過ぎた者たち
データマイナーたちは、常日頃から様々なデータを採取しては分析を繰り返します。
思いもかけないところから貴重な解析結果が浮かび上がることもあるのです。
食料その他、ひと通りの補給を終えて軌道ステーションから出港したスピンクスは、可住惑星シャンヤンからあまり離れずに、なおかつ航行船舶の少ない宙域を探して自らの針路を調整した。そのように決めたはずだったが、しばらくして周囲にある他の船舶の数が一定以下にならないことに気が付いた。
なるべくノイズ源の少ない宙域を探していたのだったが、その主たるノイズ源である他の船舶が、まるで自分達にまとわりつくように周囲に存在して、いつまでも邪魔なのだ。
「姉御、ちょっとおかしいゼ。これはもしかしたら、囲まれているのかも知れない。ひとまず港に戻って、様子を見た方がいいな」
マルコ・ガリアッティが姉御と呼ぶのは、この船とデータマイナーチームを率いるリーダー、エマリー・グリーンウェルだ。出港してからの、周囲に存在するノイズ源分布の時系列推移を早送りして見せられたエマリーは、顔をしかめた。
「あたしら、シャンヤンに恨まれるようなことはしてないけどね」
「そこなんだがな、まだ解析途中だが、これらノイズ源は、セヴォール軍かもしれない」
「ああ……、セヴォールか。……ホントのことを知ったら、随分嫌われたね」
ホントの事を知ると、それだけで嫌われる可能性があるというのは、データマイナーである彼らは良く知っている。エマリーは重要データのアーカイブと、港への再入港申請を部下に指示してから、自分宛てのメールに気付いて内容を確認した。そのメールは、上得意様のランツフォート家令嬢メルファリアからのものだった。
メルファリア達は既にシャンヤンを発っており、だいぶ前に既にすれ違ったこと。
そして……、
「アタシ等やっぱり狙われているってさ、セヴォール軍に。んで、騎士サマが助けに来るって。……ホントかね?」
このメールはラーグリフが運んできて、iフライトアウト後のラーグリフから発信され、スピンクスに到達していた。
「それが本当なら有難いゼ、姐御。奴ら、もう撃ってきやがった!」
エネルギービームの残滓がふたつみっつと、船体の周囲を通過する。ビームはかなり減衰し、至近弾でもないが、発射元へ近づくのは止めた方が良いだろう。再度の入港のために軌道ステーション方向へ回頭中だったスピンクスは、大きく舵を切り直して加速を開始した。
「ちいっ、問答無用かよ。ったく、海賊よりも性質が悪いな!」
「どうやらアタシ達を、人気のないほうへ追い立てようって、しているようだね」
スピンクスは貨物船を改装した調査船だが、推進機関は強化してあり、改装前よりはだいぶ速度が出せる。それでも、駆逐艦やパトロール艦艇などを振り切れるかと言うと、それは難しいだろう。
「逃げるとしても時間稼ぎにしかならないね。SOSを発信して、奴らの行動は記録しておこう」
追いたてる敵艦艇からはまだ散発的な砲撃しかないが、それよりも問題は周囲のノイズ源の動きだ。徐々にではあるが、ノイズ源が近づいてきている。これらもやはり、こちらを狙う艦艇なのだろう。その数は、今確認できるだけでもざっと二十ほど。
「やばいぞ姐御、電磁妨害がひどい。もうSOSも、恐らくどこにも届かねえ」
「よほど事実を探られたのが気に入らないんだねえ。とにかく逃げ回るよ。うちらの持っているミサイルで、駆逐艦にどれだけダメージを与えられるか分からないからね」
こんなことなら、ちょっと奮発して電子励起ミサイルでも調達しておけばよかったと思うが、あとの祭りだ。しかし、ここシャンヤン星系はたしかにセヴォールの隣接星系だが、これだけ多くのセヴォール軍艦艇が展開しているというのは予想外であり、予想外の事態を招くのはデータマイナーにとっては不名誉なことでもある。
予想外の事態を招いたのは、メルファリア一行がこの星系に帰路を定めたために、結果的にセヴォール宇宙軍を引き連れてきてしまった事も大きく関与しているが、そもそも根本的にはマイケル・リーが原因であって、メルファリアも被害者側ではある。
スピンクスは宇宙港からどんどん離れ、逆に包囲する艦艇たちは徐々に近づいてきている。駆逐艦か或いはそれより小さな艦艇とはいえ、貨物船もどきを相手にするにはそれでも十分すぎるくらいだ。それらはスピンクスからの反撃を警戒しながらも、徐々に間合いを詰めつつあった。
「また撃ってきやがった! こっちの火力が通用しそうな奴なら、やるか?」
「いいや、まだだ。あいつらの攻撃をこちらが避け続ければ、いずれ包囲が乱れる時があるよ。こっちが動き回っている以上、攻撃しながら包囲を綺麗に縮めるのは、難しいんだ。だから、そこをついて外に出る。ミサイルはその時の煙幕がわりに使うよ」
威力のあまり期待できないミサイルも、推進剤を燃焼して追尾する実体弾頭だから、それなりに使い道はある。エマリーは、ある程度包囲が狭まってから、その外へ脱することを目論んだ。
既にいくつもの方向から砲撃は飛んできており、それを器用にスピンクスはひらりひらりと避けて、まるで花びらが風に舞うようにも見える。熟練の操舵士による操船は今のところ敵艦の戦術AIを凌いでいるようだが、包囲は次第に狭まり、いつまで避けきれるかは分からない。ただ、各艦艇の機動性能は同一でないこともあり、包囲網にはたしかに偏りが生じていた。
「ようし、アレだね、あの駆逐艦を目標にセットして対物ミサイルを一斉発射、ミサイルを追って最大加速して、駆逐艦の直近をすり抜けろ!」
包囲網の外へ出るために、意図して包囲網の狭まりを待ったエマリーは、たまたま周囲から寮艦が遠ざかった駆逐艦に狙いを定める。包囲網を形成する艦艇たちの中では大物だが、それだけにこちらよりも小回りは効かないと見た。
スピンクスは、他の目標にも撃てるだけのミサイルをリリースして攪乱しつつ、標的とした駆逐艦に向けて発射した六発のミサイルを追うように加速する。目標に向かったミサイルは、狙った駆逐艦に迫るがやはり届かず、全てが近接防衛システムで撃ち落とされる。案の定ダメージは与えられないが、センサーをかく乱するための役には立つ。
スピンクスは駆逐艦とのニアミスを意図的に起こして、その近距離をすり抜けようとし、うまくいくかと思えたが。他の艦艇から放たれたビームのひとつが、駆逐艦と共にスピンクスをも貫いた。
「味方もろとも撃ってきた!?」
「クソッ、姐御すまねえ、最後は動きが単調になっちまった」
敵駆逐艦の表面装甲を舐めたビームは、僅かに軌道を曲げて減衰しつつも、スピンクスのメインベクターコイルの一つを直撃した。最大出力だったスピンクスのベクターコイルは、エネルギーを発散するように裂けて四散し、周囲のブロックをも傷つけた。
ベクトルバランスが狂うと船はまっすぐ進めなくなり、それが急激だと複雑に回転して収拾がつかなくなる。そのため推進力が失われたコイル以外も出力が絞られて姿勢は制御されると共に、スピンクスは加速力を大きく失った。
軍用艦艇構造ではないスピンクスは身軽ではあっても防御機構は脆弱で、威力を減じた後とはいえ、敵駆逐艦の砲撃で容易に船体を切り裂かれてしまった。たった一撃の被害はベクターコイルだけに留まらず、リアクタ周辺を様々に傷つけて機能を損ない、宇宙船としての存在をも危うくする。衝撃がブリッジを大きく揺さぶり、非常灯が点灯して予備電源に切り替わった事を知らしめた。
「リアクタ出力低下四十パーセント、ダメコンオート、……今のところ人的被害はなし、幸いに」
報告のあと、静かに視線だけがエマリーに集まった。
「そうか、……みんな良くやってくれたけど、うまくいかなかったね、ゴメン。今更白旗を出しても無駄かなあ」
味方もろとも攻撃してくるような敵では、見逃してくれる可能性は低いだろう。エマリーは目を瞑り、大きくひとつ深呼吸をした。もう逃げられない、と思ったが、こちらの息の根を止めるであろう次の攻撃は、来なかった。
「あ、姐御、……ありゃ、なんだ?」
「ん? なに……」
スピンクスの後方、追っ手を映すための光学センサーには、大きな白い菱形が映っていた。
姐御だけじゃなく、敵味方問わずソレを見た者たち全員の頭の中に疑問符が瞬いた。
「白旗?」
「トーフ?」
「ピラミッド?」
その物体はいつの間にかスピンクスと追っ手との間に割り込んできてそこにあり、白銀色の八面体を少し潰して引き延ばしたような形をしていた。遠近感を失いそうな形状をしているが、光学センサーは映したものの大きさを自動的に測定し、概算ながらもスクリーンに数値を表示する。
「さ、三千メートル?」
「でかいな……」
長手方向は三千メートルあるそうだ。そうすると、短手方向も半分の千五百メートルくらいあるだろう。今はもう加速できずに慣性で飛んでいるスピンクスに合わせて、その菱形は追っ手の視線を遮るようにそこにある。
自分の船のすぐ後方に見える、異様な光景に目を見張ったままだったエマリーに、電文が届いた。この電波妨害の中で電文が届くとしたら、あの菱形からの発信しかあるまい。
電文の送り主は、レオン・ウィリアアムズ。
「姫さんとこの、騎士サンか」
その内容は簡素で、そして少々強引だった。
「迎えに来た、ってさ。収容するからコントロールを譲れ、って……」
「あ、ああ……、了解」
マルコが、リモートアクセスの許可を指示してキーを叩いた。一方エマリーは淡々と、コントロールキーを返信した。エマリーにしては気の抜けたような声だったし、それに対する返事も同様だった。
宇宙港への入出港以外で船のコントロールを譲ったのは初めてだ。本来ならばもっと警戒するべきなのだろうが、撃破されずにメンバーの安全が確保できる可能性があるならば、それに縋ってみようと思えた。メルファリアの遣いならば、任せてみようか、と思えたのだ。
数千年後の未来にも、豆腐はきっと存在している筈です。
そうであってほしいと個人的に思っています。




