5.フライトプラン
データマイナーが登場します。
今のところ、まだ名前だけです。
トーラスからセヴォールへ向かうには、途中幾つもの星系を中継することになる。航路の選択には幾つものパターンがあるが、メルファリアお嬢様はなるべく短期間で先方に到着することをの希望した。
そもそもお嬢様は未だ狙われている可能性があるので、遠回りをするべきではない。本来であればお嬢様を狙う不届き者への対策をフライトプランに組み込むべきであるが、その不届き者に関しては、判っていることが少なすぎた。
レオンは、アストレイアのミッカ・サロネン航海士と共にフライトプランを検討していたが、そこにお嬢様から追加のオーダーがあった。
「期間の短さを取るか、距離の短さを取るか、だな」
「それがな、ミッカ。お嬢様から途中ボーテック星系に寄るように言われたんだ」
「ボーテック星系だと、惑星ザルドスか? 何故だ」
ミッカからはボーテック星系唯一の可住惑星の名がすぐに出てきた。
「スピンクスっていうデータマイナーと落ち合うんだと」
「お嬢様はデータマイナーを使っていたのか。以前襲われた海賊のことを調べさせたのか?」
問われたレオンは、スピンクスと呼ばれているデータマイナーに関して予備知識がなかった。多分そうだろうと曖昧な返事を返し、目の前の三次元表示で惑星ザルドスにハイライトを入れた。
それから、ボーテック星系の緒データを手元のスクリーンに映した。ミッカ・サロネンの手元スクリーンにも同じものが表示される。
「寄港地を少し調整したいところだな。それから、ザルドスの後の予定には幾つかのパターンを用意しておくべきかと思う」
「データマイナーからの情報次第で、ってことか。ザルドスで補給が難しそうなものは、予め多めに手に入れておく事にしよう」
ボーテック星系は、セヴォールへの航程の中間地点に近い。いくつかの航路が交わるところだが、あまり賑わっているとは言えない星系だ。可住惑星ザルドスの地上には乾燥地帯が多く、観光資源が豊富なわけでもないので、居住人口も少ない。航路の交差点だからこそ存在しているような星系であった。
「補給だけではなくて、落ち合う相手がいるってことは、滞港期間も少し長くなりそうだな。できればもっと面白そうな星がよかったなあ」
「ははは。ミッカ、地上に降りないで港に滞在していたほうが楽しいかもよ?」
「そうかもな~」
まあそれでもレオンはいつもの通り、時間に余裕があれば地上に降りようとするだろうが。
惑星ザルドスまでのフライトプランはデニス船長に了承され、当初の予定通りの日時での出発となった。二人の紳士が御城の一角から静かに見送るなか、アストレイアは惑星トーラスの大気を切り裂いて上昇する。そして無人のままのプロミオンが、その後を追う。
大気圏内は速度を上げるほどに空気の抵抗が大きくなるので、速やかに離脱するように二隻はほぼ垂直に飛翔する。百キロメートルも上昇すればもう空気は殆どないが、そこまで達するのに要する時間は十分程度か。さらに加速を続け、軌道ステーションの浮かぶ高度まででも一時間はかからない。
物珍しそうにきょろきょろと、アストレイア船内のそこらじゅうを見て回っているレオンにとっては、あっという間である。やがて、惑星トーラス周辺に浮かぶ重工業大規模構造物帯域を抜けてから、皆はブリーフィングルームへと集まった。
メルファリアの乗るアストレイアは、トーラス星系内では航宙管制において他のあらゆる者に対して優先され、フライバイを最大限に活用し加速して所定の航路へと放たれた。以前の教訓から、常に不審船を洗い出しながらだったが、今回は追従してくる船は一隻も抽出されなかった。
メルファリア、リサ、ロナルド・デニス船長、ミッカ・サロネン航海士、そしてレオンとアリスの6名が、それぞれ席に着いてメインスクリーンを注視していた。
分析抽出結果を皆で眺めながら、レオンが代表して声を上げる。
「不審船は見当たりませんね」
「そのようだね。次は、減速時に同じような分析を行うことになるのかね?」
デニス船長がレオンに確認の問いかけをする。
「はい。そのように、お願いします」
プロミオンはアストレイアの後方にぴたりとついて航行しているが、レオンとアリスはアストレイアに乗船している。リサ・フジタニは不満そうではあったが、メルファリアはレオンに同乗するよう求めたし、レオンも一人(+アリス)でプロミオンに乗っているのは少し寂しかったのだ。プロミオンはアリスが完璧にコントロールするので、むしろアストレイアとプロミオンの連携を密にするには、レオン達がアストレイアに乗っているべきだ。
「ところでメルファリア様」
デニス船長が改まってメルファリアに問いかけた。
「なんでしょう」
「その、スピンクスという輩は、信用ができる相手ですか? 会うことに危険性はありませんか?」
「ええ、大丈夫です。実はもう、何年も前から取引があるのですよ。ですが、ご心配なされるのも仕方ありません。データマイナーは総じてグレーゾーンの存在ですものね。ですから、これはこの場だけの話としてください」
「わかりました」
「グラハム兄様にも、余計な心配を掛けたくはありません」
グラハムさんのことだから、実は知っていたりするかもしれないな、とレオンは思ったりもしたが、口にするつもりはない。
メルファリアはメインスクリーンに向き直り、惑星ザルドスを指し示した。
「それから、ザルドスの何処で会うことになるかは、またあとで連絡を頂きます」
データマイナーとは、世にあふれる様々なデータのみならず、過去に発信された電磁波の捕獲や、オフラインデータの発掘なども行い、細切れに存在する膨大なデータの中から有用な関連性を見出すエキスパート達のことである。
個人で活動している者もいるが、データ探索も自前で行うよう、星系間航行宇宙船を所有するグループもある。非合法なデータのやり取りを行う者も多数存在し、それを利用しようとする顧客もまた、数えきれないほどに存在した。
その中でスピンクスは、データマイナーとしては少数派の、リーダーが女性のチームだった。リーダーが女性だからという事もあって、顧客にはやはり女性が多いらしい。メルファリア嬢も、その中の一人というわけだ。
この場だけの話ということで、アリスの正体がアンドロイドであることも明かされた。
レオンが人体への危険性が検証されていない高レベルのiフライトを実行したことで、身体や精神への影響を観察中であることと共に、アリスが専属の介護ロイドであることなどをこの部屋に居るメンバーに伝えた。
レオンの体験したiフライトレベルは人類の記録上2人目であり、1人目は深刻な体調不良を起こしてしまったというのだ。
「おまえ、それを自分の意思でやったってのか。正気かよ……。俺なら、大金を積まれても断るぜ、リスクに見合わなそうだからな」
ミッカが呆れ顔で呟いた。ごもっともです。
「んで、今のところ大丈夫なんだ?」
ミッカの問いかけに、もう一人の当事者であるアリスが、レオンの代わりに答えた。
「はい。現在までのところ特に不具合は見出せませんが、ただ、私は以前のレオンを詳しくは知りませんので、まだ暫くは経過を観察する必要があると判断します。どのような不調がいつ顕在化するか、予測しがたいのです」
「副官、っていうか、介護ロイドだったんだ」
「はい。必要とあらば下の世話も行います」
しーん。
「まあ……大変ですね。お察しします」
わざとらしく渋面をそむけるリサ・フジタニ。
「おい、憐みの目で見るのはやめてくれ」
無駄かもしれないがと思いつつ、レオンはリサに抗議した。
「そうですね、関係者外秘ですものね」
「いやいや、まだ何ともないからね? 多分このまま、何ともないんじゃないかな!」
しーん。
「それからアリス、お前もひとこと多いよ。しかも誤解を招くひとことだよ?」
「ワカリマシタ、イゴキヲツケマス」
隣に座っていたミッカが、レオンの肩を優しくぽんと叩く。
「レオン。おまえ、あまり羨ましい境遇じゃなかったんだな、なんかスマン」
デニス船長は黙ってレオンを見つめていたが、その目はとても優しい眼差しだった。
一言多い回路を、相変わらず搭載しています。




