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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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58.超光速のすれ違い

iフライト中の前方は見えますが、後方は光を含めて電磁波が追い付きませんので、見えません。

まさに完全な暗闇が広がっています。

 ローレンスの艦隊にも助けられて包囲網を突破したメルファリア達は、その勢いを利用してそのまま加速を続け、シャンヤン星系内宇宙領域を脱してからiフライトへ移行した。惑星セヴォールへ近づいてからこっち、随分と慌ただしい数日を過ごしたわけだが、それから先は打ってかわって穏やかな日が続いた。


 メジャーではないとはいえ往路に通った航路であるし、進路変更ポイントが多くあるとはいっても超新星やマグネター等の大きなリスク案件は無い。

「あとは帰るだけだな」

 誰に言うともなくレオンが独りごちた。


 するとアリスが、まるで子供に教え諭すかのように教鞭に見立てた人差し指を伸ばす。

「家に着くまでが遠足ですよ」

「……なんだって?」

「古い言葉です。帰り道も家に着くまでは気を抜くな、という意味合いですね」


 得意げなアリスを、レオンはじいっと見つめた。

「おまえ、二十五歳っていう自分の設定忘れてない? いにしえの言葉を普通にしゃべりやがって」

「な、なにを言うんですか。私は勤勉で知識が豊富なのです。おばあちゃんというわけではありません」


 ちょっと動揺したなコイツ。

 見た目は十代のくせに二十五歳と言い張る百歳だからな。

「アリスおばあちゃん」


 ……。

「メルファリア様、レオンがひどいです!」

 何かと思えば、アリスはいきなりメルファリアに言いつけた。


 リサと会話していたメルファリアは、ちらと目線を送り、その次に顔だけをレオンの方へと向けて速やかに判決を言い渡す。ただし棒読みで。

「まあひどい。レオン、腕立て伏せ五十回」

「ホントひどいですね。人としてあるまじきその所業、万死に値します」


 いやいや、リサのその言い方の方がひどいじゃないか。

「え~」

 凄い学習効果だまったく。しかも三対一の明らかな劣勢だ。


 だがまあ、良いだろう。ここはひとつ、さっさと腕立て伏せ五十回をこなして見せつけようじゃないか、ふふふ。怪我から復帰した後のレオンは体力強化に真面目に取り組んでおり、いまや腕立て伏せの五十回くらいはわけもない。


「ようし、じゃあ今からやるから良く見ておけよ」

「別に見たくもありませんので、トレーニングルームでどうぞ」

 レオンの思惑を知ってか、リサはにべもない。

 しかしだからといって、ここでやらないままとぼける訳にもいくまい。


「はいはい、それじゃあお言葉に甘えてトレーニングルームへ行ってきます」

 仕方なくレオンが歩き出すと、そのすぐ後をアリスが付いてきた。小走りでレオンに追いつき、横から顔を覗き込む。

「反省しましたか?」

「反省というか、俺も学習したよ。民主主義の神髄ってやつをな」


「ふふふ、そうですか。それじゃあ、今後は私を味方につけるよう気を付けるべきですよね?」

 アリスは儀体であるが故にだろうが、非常に肌が奇麗だ。だから、黙っていれば見た目だけは十代で通じる。しかも相当に目鼻立ちの整った麗人だ。見た目だけは。


 そんな見てくれの女性に対して、レオンが「おばあちゃん」などと言ったところで誰も取り合わない。的外れな冗談にしかならないのだが、当人は的外れに過ぎることをいまいち認識できていないし、自分の見目麗しさの自覚がまったく足りない。


 だがそれでも、俺が教えてやろうなどとはレオンは思わない。高慢なインターフェースなんて願い下げだし。


 ふと気づくと、アリスはレオンの返答を待っているようだった。アストレイアの広い通路を横に並んで歩きながら、時折笑顔をレオンに向けている。

「まあな。以後善処します」

 そう言って隣を歩くアリスの頭をぽんと軽くたたき、レオンはそのままトレーニングルームに向かった。せっかくなので腕立て伏せだけではなくて、もう少し汗を流して、さっぱりしてから戻ることにしよう。


 §


 やがて幾度目かのiフライトアウト予定地点が近づいてきて、レオンとアリスは揃ってブリーフィングルームへと顔を出した。進路変更ポイントへ到達してiフライトアウトするタイミングと、針路や速度を調整した後に再びiフライトへ突入する時には、ローテーションで非番の者以外の乗組員は、皆待機状態となる。その二つのタイミングに、トラブルや問題が発生する事が比較的多いからだ。


「ミッカ、なにか通常値外のデータ等はあるのか?」

「いや、特にはない。アストレイアは至って快調だし、フライトプランは順調にこなしている」

 そう、これまでのところは至って順調だ。


 デニス船長に促されて、レオンからもプロミオンに問題はなく順調に推移していることを報告した。往路と同じ航路であるから、既知のリスク物件に関しての対応も懸念はない。あとは、どこでローレンス総司令との会合を行うか、くらいのものか。


 アストレイアはドアの開閉音も機器の発する電子音も小さく、リアクタやコイルから伝わる振動も小さい。全般的に非常に静かだ。静かなブリーフィングルームの中で、デニス船長のバリトンが心地よく響く。

「メルファリア様、本船および僚船ともに問題なく、フライトは順調です」

「わかりました」


「では、予定地点に到達しましたので、いまからiフライトアウトします」

 デニス船長が指示を出し、ミッカが復唱する。iフライトのレベルを上げるのは時間がかかるが、フライトアウトするのはすぐだ。ただし、急激な時空密度の変化に敏感な人もいるので、インフレータは一定の緩やかさで倍率を戻す。


 船舷から外を眺めたならば、光の速度を下回るにしたがって後方の漆黒に星明りが復元される様が見られることだろう。レオンにとってはUNP職員であった頃からの、見慣れた光景である。

 通常航行状態へ移行したことをミッカが報告し、デニス船長が確認する。もう慣れた手順だが、次にレオンがプロミオンの状況をアリスから聞き取り、報告する。


 いつも通りに問題がない事を報告すると、次にアリスがいつもとはちょっと違う事を伝えてきた。

「レオン、ラーグリフがiフライトアウトしました。上方約二万キロです」

「それは随分とまた、近いな」

 二万キロと言えば、双方向のリアルタイム会話が出来るくらいに近い。


 ラーグリフは、通常はステルスモードでプロミオンの後方に少し離れて位置する指示してある。だから、わざわざ追い付いてきたのには理由があるはずだ。

「MAYAはなんて言ってる?」

「スピンクスとすれ違いました。それから、スピンクスからのメールを載せてきました」


 スピンクスは、アストレイアとすれ違った後でメールを発信したのだろう。iフライト中の船に後方からの通信は届かないので、それを受信したラーグリフが気を利かせて追い付いて来たというわけだ。

「行き違いになっちまったのか」


 スピンクスからのメールには、メルファリア並びにレオンに会って打ち合わせがしたい旨が記されていた。シャンヤン星系に留まって連絡を待つ、とのことだ。


 メルファリア達が惑星セヴォールに全く逗留せず、とんぼ返りしているとは思いもよらないだろうし、更にはシャンヤン星系で休むことさえできず追い出されてしまった状況だ。こちらのそんな事情は露知らず、シャンヤン星系で連絡を待とうとするのも無理はない。


 行き違いになってしまった事はまあ、仕方がないのだが……。

「しかしこれは、単なる行き違いで済む話じゃないですよ」

 そうメルファリアに伝えるレオンの声が、危機感をはらんで低く唸った。


「それは、どういう事ですか? レオン」

「スピンクスは、マイケルとセヴォール宇宙軍から狙われているんです。彼らを調査していたから、だと思います」


 セヴォール宇宙軍は、メルファリアをこれ以上追いかけることは諦めたとしても、目の前にのこのこと現れたスピンクスを見逃すことは無いだろうと思う。スピンクスのプロファイルは詳細に調査されて、ターゲットの一つとして記載されていたのだ。


 スピンクスは彼女達なりに警戒して、シャンヤン星系までしか近づかない事としたのだろうが、ちょうど今シャンヤン星系には、セヴォール宇宙軍がまだ展開している可能性が高い。


「アリス、シャンヤン星系にセヴォール宇宙軍の基地があったりするのかな?」

「はい、補給基地が存在します。だからこそ、大部隊で私達に対する包囲網を形成できたのです」

「それはまずいな」


 ラーグリフのレールガンによって撃破された艦艇の回収や、行方不明者の捜索などのためにまだ部隊が留まっている可能性は高いだろうし、補給基地があるならばシャンヤン星系から部隊を撤収するのは、ずっと先かもしれない。


 そんなところにスピンクスが現れたら、レオン達にやられた腹いせとか、むしろ点数稼ぎのために積極的に彼女達を狙うかもしれない。


 スピンクスがシャンヤンの宇宙港に近づこうものなら、確実にセヴォール宇宙軍に見つかってしまうだろう。それなのに、今からでは警告メッセージすらもうスピンクスには届かないのだ。

 だがしかし、今から急ぎ反転してスピンクスを追ったところでもう間に合わない。


 ――普通は。


二十一世紀の天文学では、ようやく「宇宙の膨張が方向によって異なる可能性」が指摘されました。


やっと気が付きましたか。

なんてねw



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