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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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56.逃げられない

遥かな深淵のかなたからの、素敵なプレゼントです。


「そろそろ時間です。敵影を確認して下さい」

 澄まし顔のまま、アリスが皆に聞こえるように言葉を発すると、マイケルの顔はスクリーンの隅へと小さく追いやられ、音声も絞られた。かわりにメインスクリーンには、ほぼ横一直線に並ぶ追撃部隊の七隻が映る。


 居合わせた全員の視線が集まったその時、追撃部隊の先頭にいた巡航艦が突然、姿勢を崩して妙な方向へ回転を始めた。火花を散らして船体の一部がひしゃげ、ちぎれたようだ。破片が周囲に散乱して光り、ノイズをまき散らす。

「命中です。すぐ次が来ます」


 続けて皆が注視する中で、今度は左翼に位置する巡航艦が真っ二つに裂けた。ビームが撃ち込まれた様子はない。次いで右翼に展開していた二艦が相次いで煙を吐き、先頭の艦同様に制御不能に陥った。いずれもが一撃である。

「ラーグリフのレールガンは、当たると凄い威力だな」

「小型とはいえ、亜光速の弾頭ですから」


 あっという間に、追撃部隊七隻のうち四隻の巡航艦が大破した。そのうち、真っ二つになった敵艦Eは、レオン達が注視する中で誘爆を起こして轟沈してしまった。人的被害を少なくしたかったレオンとしては、これはむしろ想定外の大戦果だ。その様子をスクリーン越しに見ながら、レオンは身につまされてぶるっと震えたが、周囲には悟られないよう努めて平静を装った。


「な、なんだこれは!? なにをした! 卑怯だぞ!」

 スクリーン上では小さくなっていたマイケルが、小さな音声で喚きたてる。マイケルの乗艦Aにまだ被害はないが、見るからに艦橋内はパニック状態にある。あまり意味はないと思うが、艦橋から逃げ出そうとしているブリッジクルーが複数人見受けられた。


「どの口が卑怯だなどと言いますか、下衆が」

 メルファリアがここまで怒りを露にするのは珍しい。今まで聞いたことのないような、冷たい声だ。うろたえているマイケルを見ながら、レオンが口を挟む。

「卑怯者呼ばわりですか。どこまでも無礼ですね。遠慮なく殲滅してしまって良いのでは?」


 スクリーンに映るマイケルの背後、敵艦ブリッジ内は、もはや恐慌状態である。

 実のところ、超長距離からのレールガンを動いている標的に当てるのは難しい。いまラーグリフはプロミオンと連携して敵艦との相対速度をほぼゼロに抑えることで、正確な射撃を可能にしているのだ。メルファリアからお願いして彼らに止まってもらったのは、実はそういう訳である。


 今回用いたのは小さく軽い弾頭だが、それでも亜光速での衝突、貫通により宇宙船の船体には甚大な被害を及ぼすものとなる。どこから狙われたのかもわからない状態で、今現在は無事な艦も、次は自分達の番ではないかと考えることだろう。


「ま、まて、やめろっ。お前達には、世界中から尊敬を集める、偉大なる我が民族に対する配慮は無いのか! しかも、私はその民族の中でも最も尊い血筋なのだぞ!」

 うんざりした顔でリサがメルファリアに近づき、温かいおしぼりを手渡した。

「……あきれた。偏った民族主義、差別主義じゃありませんか。とんでもないことです」

「ありがとう、リサ」


 まだ無事だった残りの艦が慌てて動き出した。みるからに指揮系統が混乱している様子で、統制が取れていない。

「きさまぁ、なにをしやがthねじおbjへhさおいごえpヴぃ……」


 マイケルは意味不明の言葉を喚き散らしたかと思うと、口の端から泡を吹いて痙攣してしまった。彼の乗艦は無事だったのだが、慌てた寮艦同士が無茶な機動で逃げ出そうとした挙句に接触、衝突してしまったのだ。

「うわ、いきなり回頭して逃げようとしたな、あの艦」

「あれだけ接近して並んでいるのに、無茶ですよね」



 デニス船長がメルファリアに指示を仰ぐ。

「敵艦隊からの攻撃はありませんね。まあ、あっても届きませんが。我々も退散すると致しましょうか?」

「そうですね。先ほど見せて頂いたフライトプランで、お願いします」

 こちらが大きく減速したことで、敵の戦列艦を主体とした三部隊による包囲網はまだ完成していないが、もたもたしている訳にはいかない。ラーグリフと合流して、速やかにこの星系からは去るべきだろう。


「もう二度と会う事の無いよう、お互い気を付けることにしましょう」

 メルファリアがそう伝えるが、もうマイケルからの反応は無い。どうやら彼の乗艦のどこかでは、火災が発生しているようだった。

「それでは、ごきげんよう」



 今まさにデニス船長が針路の変更を下命しようとした時に、メインスクリーンに見慣れぬアイコンが現れた。そして、それを見ていたわけではないアリスが、レオンに意外な報告をしてきた。

「プロミオンに、戦況データの提出要請が来ています」


「どこから?」

「総司令官命令です。アストレイアは自動的に指揮系統に組み込まれて既にデータを提供し始めています」

「総司令官……ってことは」

「ラリー兄様!」


 見慣れぬアイコンに示された名前を見て、メルファリアが珍しく大きな声を上げた。通信ファイルが送られてきて、アストレイアのスクリーンには有無を言わさずローレンス・ジェラルド・ランツフォートの映像が映る。

「メルファリア、無事かい? 無事だろうね。もう安心だよ、私が来たからにはね」


 同時に、アストレイアの戦況データも更新され、敵戦力の情報がより詳細になる。位置関係は、アストレイアが三方向から包囲されようとする形になっているのは変わりない。包囲はまだ広く、それだけにどの方向へ針路を向けても、三部隊のすべてを完全に回避することは難しい。


 逆方向、つまり混乱真っただ中のマイケル・リーの部隊を横目にすり抜けるつもりでいたのだが、総司令部の戦闘指揮によりアストレイアは再度反転をして、包囲網を構成する三部隊のど真ん中に針路を向けた。


 そのあとに追加で表示されたローレンスの艦隊は、戦艦二、重巡航艦二の計四隻という艦隊構成だった。表敬訪問としては陣容がずいぶんと豪華だと思うが、ランツフォート家の武威を示す為なら、そんなものなのかもしれない。大型艦四隻からなる表敬訪問艦隊は、敵包囲網の中央に位置する部隊を挟んでほぼ反対側に位置していた。


 諦め顔になって、レオンが本音を口にした。

「さっさと逃げようと思っていたんだけどな」

「まだ完全に包囲された訳ではありませんでしたが、別な意味で逃げられなくなりましたね」

 アリスは状況を良くわかっている。


 デニス船長が、メルファリアとレオンにそれぞれ話しかけた。

「メルファリア様、本船はこれより総司令部の指示に従い作戦行動を行うことになります。ご理解ください」

「レオン君、プロミオンに対しては直接の指示は出ないが、アストレイアと連動してもらいたい」


 レオンは、すぐ横にいたアリスの肩にぽんと手を置いた。

「承知しました。プロミオンはいま無人ですから、必要となれば盾にしましょう」

 戦況データは随時更新され、アストレイアへの指示は最大加速での直進。敵の包囲網の真ん中の部隊へ向けて、である。かたやローレンスの艦隊は、こちらとは反航する、ほぼアストレイアへ向けた最短コースだ。


 つまり、包囲網の敵中央部隊に対して、前後から挟撃することになる。

 ただし、ローレンスの艦隊は現時点で既に速度が大きいため、先に敵中央部隊に背後から接触することになるだろう。敵包囲部隊は、アストレイアの位置は当然把握しているだろうから、敵の注意を正面のアストレイアに引き付けたままにしておいて、主力は背後から静かに接近しようということだ。


 ある意味、アストレイアを囮としている、とも言える。

 アリスがスクリーンを見つめたままでレオンに話しかけた。

「おそらく、アストレイアの動向は総司令部に逐一伝わっていたのでしょうね」

「だろうな。やけにタイミング良いもんな」


 レオンは、メインスクリーンの戦況データを熱心に見ていたせいで、アリスの肩に置いた自分の手がそのままであったことに、この時気付いた。

「っと、すまない。手を置きっぱなしだった」

「別に、構いませんよ。ずーっとくっついていても」


「それよりもプロミオンなんだが、さっきも言ったように、いざとなったら盾として使わせてもらうぜ」

「それよりも、とはなんですかまったく」

 そう言いつつもアリスはレオンに顔を向け、ばちっとウインクした。

「レオンの思うままに使用してください。できれば失いたくはないのですけどね、レオンの儀体とか」


兄様は、最新鋭の船をプレゼントした時から既に、追跡する気満々でしたね。

皆も、まあそうでしょうね、としか思いません。

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