55.だいじな御話
圧倒的に優位な立場となった時、人は本性が出るのかもしれませんね。
こわいですねー。
戦列艦を主役とした、攻撃力が高く射程の長い部隊が行く手を塞ぎ、機動力の高い巡航艦部隊が後方から追い立てる。
「このやり方を見ると素人ではなさそうですが……。しかし、展開しているのは明らかに軍用艦艇ですが、所属を明らかにしていません。これはどういう事でしょうか?」
アリスが首をかしげてレオンを見た。
「これだけの戦力を動かしておいて、それでも戦闘行為ではなく事故を装うつもりなのかもな」
レオンはまた、エマリーの言った言葉を思い出していた。
「これほど大掛かりに軍隊を動かせるなんて、そういった”力”はあるのですね……」
メルファリアがスクリーン上のアイコンの連なりを見上げて、憂色を滲ませる。
「やっぱり、俺達が逃げられるわけがない、と思っているんだろうな」
同じ表示を見上げて、レオンは相手の考えに思いめぐらす。
「見た目の戦力比は二隻対二十一隻ですし、半ば包囲されようとしていますしね」
アリスがそう言葉にしてみると、それは絶望的な戦力差であるようにも聞こえる。
敵の大型戦艦は、アストレイアの前方で包囲を形成しようとする三部隊に一隻ずつ配置されている。機動性は低いが、こちらを上回る長大な射程距離と、一撃でも有効打となる威力を備える厄介な相手だ。それらが、このまま黙って進めば数時間後には彼らの有効射程距離内にまで近づく。と、アリスが敵の中核戦力を詳細に解説した。
「なので、その前に決着を付けましょう」
マイケル側に、こちらを見逃すつもりなどない事は明らかだ。事ここに至って、この状況を打開するには、敵に打撃を与えて包囲を崩す必要がある。そして、敵を攻撃するからには相手に損害を与えることを、覚悟しなければならない。この際、覚悟が必要なのはメルファリアであり、攻撃はメルファリアの承認によって行われることになる。
「メルファさん、先方と交渉してください」
幸い、あちらから頻繁に通信してきているので、呼びかけには応じるだろう。
「わ、わかりました。船長、反転して減速してください。……マイケル、お話があります。どうか止まってください」
案の定、メルファリアの音声による電文に、マイケルはすぐに反応してきた。
「ほお、もう観念したか。思ったよりも早かったな」
アストレイアが反転して正面を向けたため、追跡部隊の各艦艇はアストレイアに合わせて順次停止した。
マイケルの乗艦とアストレイアが、お互いの射程距離ぎりぎりで向き合う。この場合、停止するというのは、互いの相対速度がゼロに近いままの状態という意味だ。行く手を塞ぐ三部隊がゆっくりと包囲網を縮め続けている以上、彼らに急いで迫る必要性はない。
マイケルの部隊が停止したのを確認してから、メルファリアは話を続けた。
「わたくしは無用な戦いを望みません。どうか手を引いてください」
「そうか。ならば、まずは自分の非を認めて謝罪しろ。そして、私の寛大な措置を懇願するのだ。そうすれば今からでも、女の一人として迎えてやらぬでもない。他の奴らは許さんがな。特にレオンとやら、キサマのような……」
ついさっきまでは、身柄を保証するとか言っていたくせに。
それに何より、不特定多数の人たちに聞かせるべきでは無いような、聞くに堪えない下品な言葉がつらつらと並んだ。それを語るマイケルはとても楽しそうだったので、レオンは怒りを通り越して気味が悪いとさえ感じた。
その隣でアリスは能面のように無表情のまま、スクリーンのアイコンを注視し続けている。マイケルの言葉が途切れるのを待つまでもなく、ひとつ深呼吸をしてから、メルファリアはきっぱりと彼の要求を断った。
「貴方は勘違いをしています。わたくしは観念したわけではありません。まして、謝罪しなければならない非などありません。ただ、無用な戦いを望まないというだけです。良いですか、これはあなた方の為に言っているのです。いわば忠告なのですよ」
「ははははは! この状況で何を強がっている。既に私の勝ちではないか。弱き者は強き者に靡くしかないという当たり前のことを、分からせてやろう! 貴様たちの命など、この私の機嫌次第なのだよ。これからどう嬲ってやるかを考えるところなのだから、まあ頑張って、俺を楽しませることだな」
マイケル・リーの舌は相変わらず滑らかだ。そして、紡がれる言葉は随分と汚れている。
「……そうですか、わかりました」
メルファリアは小さく頷き、レオンにサインを送る。次いでレオンはアリスと幾つかの言葉を交わす。そうしている間にも、マイケルからは更に電文が届く。
「メルファリア・ランツフォートよ、おまえはどうやって俺を悦ばせてくれるのか? ふふふふふ、いつまでもは待てぬぞ」
「そうですね、まずはお話をしましょうか? ゆっくりと話したことなど、ありませんでしたからね」
「くくっ、強がりか? 内心は私にどんな事をされるのか、慄いているのではないのか? ふっふっふ、もはや許嫁などという対等な立場などあり得ぬからな。私に対する数々の無礼を、たっぷりと後悔させてやる」
メルファリアの隣で、リサが呆れ顔で首を左右に振った。
「そのとおりです、もはや許嫁などではありません。スッキリしましたね。ところであなたは、十回以上も美容整形手術をお受けなさっているようですが、本当はどのようなお姿なのですか?」
マイケルは映像を送り付けてきていたが、上から目線になる様にわざわざ仰いで映すマイケルの顔が強ばったのが、アストレイアのスクリーン上でもはっきりとわかった。
「……な、なにを言っている」
「答えにくい事は答えなくとも結構です。わたくしも、もう気にしません。他人ですしね。ではもう少し、答えやすい事をお聞きしましょう」
「き、きさま……」
怒りのためか、画面上のマイケルは声と共に震えている。
「アシッドクロウという海賊を御存じですね? あなたがわたくしを捕えようと、けしかけた輩です。あの海賊どもは、あなたの貸し与えたステルス艦と共に、ボーテックの太陽に墜落しましたよ。彼らに対し、どれだけの報酬をちらつかせたのですか? ……興味があるのです、わたくしに掛けられた金額に」
「しっ、知らんわ! 言いがかりだ! 女ぁ、俺に対してそれ以上無礼な言葉を続けるな!」
激高するマイケルをメルファリアは意に介さず、そのまま話を続けた。
「わたくし達はこれから、トーラスに帰ります。今後はもう、あなた方が近づくのを許しません。問答無用で実力を行使することもありますので、お気を付けください」
言い終えると、ちらりと経過時間を確認して、メルファリアはレオンを促した。
マイケルからは相変わらず電文が届けられてくる。
「どこまでも頭の悪い女だ。逃げられるわけが無かろうが!」
スクリーンに映るマイケルを睨むデニス船長の表情は厳しく、よく見ると口の端がぴくぴくと震えていた。人的被害をなるべく小さくしたいというメルファリアとレオンの意向を汲んで、デニス船長は色々と我慢をしている様子であった。
万人に嫌われるキャラ、というのも作るのが難しいです。




