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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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4.兄の思惑

次兄登場。



 中庭に降下したアストレイアを見下ろすことのできる窓辺で、メルファリアの年の離れた兄グラハムは、いつものように穏やかな表情のまま騎士バレットと話をしていた。


「予定通りかな?」

「はい。明後日には出発することになるかと」

「レオン君の方は?」

「我々の意向に沿うように、意思を確認しています」

「それは良かった。もしも敵対などしては厄介だからね」

 グラハムは微笑んだ。そこに悪意は見えない。


「はい。精神的な枷としては誠に丁度良かったかと」

「言い方は悪いが、まあそういう事だ。互いに利益のあるの関係性でもある」

 窓際に並ぶようにして、二人の男はアストレイアの流麗な船体を眺める。


 騎士バレットが口を開く。

「ロナルド・デニスを船長として据えました」

「あの頑固者か?」

「はい。頑固で、有能で、信用のおける男です」

「ラリーが、是非艦隊を任せてみたい、と言っていたっけなぁ」


「ローレンス様が。そうですか。戦ともなれば応じるかもしれませんが、平時においてはデスクワークが多いでしょうからなあ。彼は船乗りでありたいのですよ」

 騎士クーゲル・バレットは、件の頑固者ロナルド・デニスとは旧知の仲だった。


「クーゲル」

「は」

「ロナルド・デニスとは気が合うのであろうな?」

 にやにやしながらグラハムが問う。

「わかりますか」

「ははは、似た者同士、であろうよ」

「いささか不本意でありますが、そう言われることがあります」

 答えるクーゲルの表情は、至って真面目だった。



 ランツフォート家のプレゼンスの一部は、言うまでもなくその強大な軍事力である。

 総戦力数で比べるならば7つの星系を束ねるステイツが圧倒的ではあるが、ランツフォート宇宙軍はそれに次ぐ規模を持つと言われている。また、まがりなりにも民主主義国家の集合体であるステイツの軍隊は民意の制約を受けるが、対してランツフォート軍は、ランツフォート家当主の意のままに全軍を自由自在に動かせる。このフットワークの良さは、敵対しようとする者があるならばだが、それらにとっては脅威であろう。


 更には、人類域全体にわたって航路などの権益を持ち、なおかつ重工業関連の巨大なシェアを占めることによる潤沢な資金力から、軍隊装備の先進性や品質では頭一つ抜きんでている。所有する3個の星系を自衛するための戦力は、他者の干渉を抑止すには充分すぎる程だ。


 今その宇宙軍を統括するのは、グラハムの弟ローレンス・ジェラルド・ランツフォートだ。兄のグラハムからはラリーと呼ばれている。政治は兄に任せた、と言って距離を置くが、次期当主たる兄グラハムの頼みは断ったことがない。さっぱりした性格で兄妹との関係も良好であり、「俺が死ぬまで御家騒動は無いね」と言い切るあたり、軍人に向いていると言えるかもしれない。


 騎士レオンには、便宜的にランツフォート軍内での階級も与えられた。ランツフォート家の騎士として、護衛艦プロミオンの艦長でもあるからだ。便宜上ではあるが少佐待遇であり、もし関与することがあればだが、他国の軍隊などからも少佐として遇されることになるだろう。もしもの時のための保険の一種だよ、とグラハムからは言われている。なんとなく危険な香りを感じたりもしたのだが、レオンは実のところよく理解できないまま、現状を受け止めている。

 まあ、部下もいないので、実感がないのは仕方ない。



 一方、ローレンス次兄はレオンに興味津々だった。なにせ人物評の厳しいフランツ兄や騎士バレット、そして可愛い妹までもが一定の評価をする人物だ。いずれ直接会ってみたいものだと、頻りに周囲に漏らしているという。レオンへの中佐待遇というのは、政治力の行使を良しとしないローレンスにとっては、異例な行動であったかもしれない。


 異例と言えば、ロナルド・デニスのアストレイア船長任務も、ローレンスの意向を無視しては行われるはずもない。将官への推挙を固辞する頑固者だが、ローレンスはロナルド・デニスを高く評価している。兄グラハムと騎士バレットからの依頼とはいえ快諾したのは、表には出さないものの、ローレンスも歳の離れた妹のメルファリアが可愛くて仕方がないからなのだ。


 当時の兄グラハムは概ね好意的だったが、ローレンスは妹の婚約に否定的だった。

 そもそも当時の彼には賛否を表する権利もなかったが、妹の一つ年上の相手であるマイケル・リーにも、その父親のフォースターグループ総帥であるハンス・リーにも、漠然と違和感を感じていた。


 その違和感を上手く説明することはできない。年を経るごとにその違和感は解消されるかと思いきや、逆にじわじわと疑念へと育っていった。相手となるマイケルの身辺を調査するほどに、完璧すぎる好青年としての調査結果ばかりが積み上がるのである。しかも、その父親共々、まるで英雄譚を絵に描いたかのような「理想の父子」なのだ。

 上手くいかないことなど何一つなかった、そういう鮮やかなヒストリーを持っていた。

 つまり、嘘くさい。


 あまり関わるべきものではないと思っていた、データマイナーへの調査依頼を考慮し始めた矢先、愛すべき妹から件の婚約について解消したい旨の意思を伝えられた。ローレンスは、今回は素直に妹への賛意を明確に伝えた。


 最低限の礼儀として直接出向いて解消の意思を伝えてくる、との事であったので、最新鋭のクルーザーを急ぎ改修して妹に贈ることとした。兄に逆らうつもりなどは毛頭なかったが、この時ローレンスは兄の意向を確認しようとは全く考えなかった。もし兄が妹の意思に反対ならば、何とかして説得しよう、と考えていた。結果的には杞憂に終わったが、今回ばかりは兄の意向も聞き入れることはできないな、とまで覚悟をしていたのだった。



 グラハムはグラハムで、こちらはビジネス戦略的な意味合いでのフォースターグループへの調査によって、別の疑念を抱いていた。

 発端は、簡単に言ってしまえば、技術やアイデアの剽窃である。


 この十年ほどで、フォースターグループは急速に業績を拡大してきた。特に弱電分野の民生品カテゴリーでは、特定商品区分において大きくシェアを伸ばして知名度とブランドイメージを向上させている。シェアを大きく奪われた側が当然存在するわけだが、その中にはランツフォート家が出資する企業体も含まれていた。


 単なる特許係争であれば、それはビジネスの中ではよくある出来事の一つというほかない。しかし、セヴォール星系でのフォースターグループの訴訟における勝率は常軌を逸していると思えるほど異例に高かった。もともとフォースターグループはセヴォール星系に本拠を構えるコングロマリットだが、近年の躍進によって今やセヴォール星系のGDPの五割を占めるとまで言われている。


セヴォール星系で、フォースターグループ創業家一族は行政の首長も遠く及ばない、王侯貴族の如き傍若無人な振る舞いをしているというのだ。つまり、UNの基本法規すらも蔑ろにされている可能性がある。

「まるで専制君主であるかの様だな。セヴォールでは」


 一般市民からすれば、ランツフォート家も王侯貴族の如きものに見えるのだろうが。人類の宇宙進出と共に長い歴史を歩んできたランツフォート家は、企業や各種法人に出資はすれど、資金力にものを言わせた実力行使は敢えて控えてきた。それが長生きの秘訣でもあり、疎かにしたくない矜持でもあった。


 ひとことで言えば、フォースターグループとリー一族のやり方は、気に入らない。

 そんな気に入らない一族の許へ、可愛い妹を送り出すのはどうにも躊躇われる。そういう俗な思いが膨らんできていたのだった。


GDPは星系単位で集計されます。

なので、多数の星系に権益を持つランツフォート家の経済規模は見えにくいのです。



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