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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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48.御挨拶(2)

真打登場w

 噂をすれば。

 とはいえ、今回ばかりはポジティブにとらえるべきだろう。

 貴賓室全体がざわつき、次いでぴたりと女官たちの会話が途切れた。

 そして、女官の一人が意を決したように声を上げた。


「マ、マイケル様がいらっしゃいます!」

 その一言で、大きな部屋全体の空気が一瞬のうちに切り替わった。居合わせた全員が直立不動となり、顔はみるみる緊張してゆく。


「メルファリア様、さあお立ちになって、一緒にマイケル様を笑顔で出迎えましょう!」

 そう言う女官に笑顔はない。リサなどは、これから一体どんなアトラクションが始まるのかとさえ感じたが、女官は切羽詰まっているかのようだった。


「さあ、さあ!」

 腕を取ってでもメルファリアを立たせようとするのか、女官の一人がすたすたと近づく。


「おやめ下さい」

 リサが庇うように立ちふさがるが、女官はリサを押しのけてでもメルファリアに近づこうとする。その押しのけようとした手がリサと触れ合った次の瞬間に、女官は床に尻もちをついていた。女官の腕は後ろ手に捻られて、リサに背後から押さえつけられた。


「えっ?」

 当人はなぜ自分が尻もちをついているのか、うまく理解できないようだった。

「姫様に対する無作法は許しませんよ」

 はっきりとそう言い渡してから、リサはすぐに女官の腕を解放する。周りでその様子を見ていた女官たちも、一様に不思議そうな面持ちであった。



「君たち、何をしている?」

 貴賓室のドアを大きく開け放ち、よく通る声と共に一人の男が姿を現した。男の登場と共に凍り付くような緊張感が一気に張り詰め、尻もちをついていた女官は慌てて立ち上がった。青白い肌に金髪を短く刈り揃えた痩身の男は、仕立ての良さそうな紺色のスーツに身を包み、確固とした足取りで部屋に入ってきた。


 女性ばかりの貴賓室に何の遠慮もなく歩み入った青年は、窓際のソファに金髪の令嬢を認めると、喜色満面で両腕を広げた。

「おお、これはこれは、わが愛しのメルファリア! やっと会えたね。さあ、こっちへおいで!」

 全員の視線がメルファリアへと集まる。リサですら。


「……」

 頭の中でみっつ数えてから、メルファリアはゆっくりとソファから立ち上がった。その場で挨拶を返す。

「お久しぶりです、マイケル」


「どうしたんだい、メルファリア。さあ遠慮なく、私の胸に飛び込んでおいで! さあ!」

 儀礼的に手足を揃え、姿勢を正してマイケルへと顔を向けたリサの表情が冷たい。

(……むり。)


 メルファリアは意図的に弱々しく笑顔を作り、先ほどからのストーリーを踏襲した。

「申し訳ありません、わたくしは疲れが出てしまいました」

 疲れてしまった、というのは本当の事だが。


「そうか、それはいけないね」

「ですが、折角こうしてお会いできたのですから、わたくしの想いをお伝えしますね?」

 遠慮がちに、ゆっくりと言葉を選びつつ話す様は、見方によっては恥じらいを隠し切れないでいるように、見えなくもない。


「ああ、愛しのメルファリア。私は、君の声を直接聞くことができるこの日を、ずっと待っていたよ!」

 周りは相変わらず緊張しているが、この男だけは一人でおおいに盛り上がっている。

 それでも、メルファリアが口を開くと、思惑はそれぞれであっても皆がその言葉を聞き逃すまいと視線が集まった。


「わたくしメルファリア・ランツフォートは、マイケル・リーと……の、結婚を……お断りします」

「ああ、私もだよ、メルファリア! あぃ……」

 メルファリアは合わせた両手を胸元に持ってきて、ふんわりと、優雅な笑みを浮かべた。


「わたくしは、この人生を人類の発展のために捧げる所存です。貴方にも賛同して頂けて良かった。ホッとしました」

「……」

 金髪男はようやっと広げたままだった両手を降ろし、彼女と自分の言葉を頭の中でリピートして再検証しはじめた。


 広い貴賓室内は、静まり返っていた。大勢の女官たちは、ピクリとも動かない。

 ほんの数秒がたいそう長く感じられたが、沈黙を破ったのはマイケルの今更な質問だった。

「俺達は、婚約者だろう?」

「今はもう違います。本人に記憶がないほど小さい頃の口約束ですから、解消するのも口頭で、ご了承ください」


 リサがメルファリアに歩み寄り、その手をぎゅうっと握った。

「姫様……(グッジョブです!)」

 再度、貴賓室内は静まり返った。女官たちの幾人かは、何かを我慢して小さく震えているようだった。


 メルファリアを見つめる金髪男の顔が、ゆっくりと引きつった。

「何を言っているんだ、この女は? ああ!?」

 いきなりの大声に女官たちはびくっと身震いし、あからさまに顔が青ざめた。

 彼の大声にはメルファリアも驚いたが、こちらは傍でしっかりとリサが支えてくれている。


「ドアを閉めろ」

 静まり返る中にマイケルの声が響き、ややあって、女官の一人が慌てて廊下へとつながる大きなドアを閉めた。そもそもマイケルが開け放したのだが、みな蛇に睨まれたカエルのように固まってしまっていたのだ。


 高さも幅も厚みもある、大きく重いドアが閉じられると、その重厚な見た目に似つかわしくない小さな電子音が漏れ聞こえた。この扉にも鍵穴はなく、セキュリティシステムにより電磁的に施錠されている。


 ドアが閉まるのを確認すると、マイケルは両手を腰に当ててメルファリアを睨み付け、さも瞭然と言い放った。

「何かと思えば、くだらないことを言い出したな。俺との婚約を解消? そんな事はあり得ないだろうが、馬鹿々々しい」


 そして彼の示すジェスチャーは、周囲の者たちに同意を強要していた。

「くだらない事ではありませんよ? もう一度言いましょうか……」

「黙れ! ……俺が黙れと言ったら黙れ。俺を不愉快にさせるな。それがお前のためでもあるのだぞ!」

 仕方なく言葉を切ったメルファリアを再度睨み付けながら、マイケルは更に言葉を続ける。


「まったく、ランツフォート家などと言ってもこの程度。躾が出来ていないようだな。……だが私は寛大だぞ。これからちゃんと、教育を施してやろう。正しい教養と礼儀作法を身に着け、我が妻にふさわしくなれば良い」


 リサが、メルファリアの手をぎゅっと握り締めたまま、顔を近づけて囁く。

「訳が分かりません。そして、あまりにも失礼です」

 メルファリアは無言のまま、頭の中ではデータマイナーのエマリーに言われた言葉を思い出していた。


 ――都合の悪い事実は、嘘になる。



 お互いの人生に大きく影響する事柄であろうから、せめて自分の言葉で伝えるべきとメルファリアは考えてきたわけだが、それは危険な自己満足でしかなかったのかも知れない。また、彼の本性を知った時点で方針を転換することも考えられたはずだが、メルファリアは敢えてそうしなかった。


 それは、彼女自らが彼本人に伝えるならば、その真意は誠意と共に伝わるのではないか、などと考えていたからだ。

 つまりメルファリアは、相手の真意を甘く見積もっていたという事になるだろう。


「ふん、まあいい。ここにいる以上はもう、俺のモノだからな」

 マイケル・リーが不敵な笑みを浮かべて一歩踏み出し、その動きに呼応してリサがメルファリアを庇おうと前に出る。そのリサの肩に、メルファリアが優しく手を置いた。


「わたくしの用件は済みました。長居は無用と考えますので、お暇いたします」

 意識的に声を張ってそう言うと、まるでタイミングを合わせたかのように先ほど閉じられた大きな両開きの扉が、再度開け放たれた。


「メルファリア様! お迎えにあがりましたよ!」

 開け放たれたドアの向こうから、レオンとアリスが堂々と貴賓室内に歩み入り、場違いに陽気な声を上げた。わざとだ。ドアの近くにも女官がいたが、あっけにとられてただレオン達を凝視し続ける。


「レオン!」

 その声と共に、メルファリアの表情がぱあっと明るくなった。

 そして、その変化を見ていたマイケルの表情は、逆にみるみる険しいものとなった。


 マイケルの怒気を感じ取った女官の一人は、目を合わせないよう視線を逸らして秘かに唾を飲み込んだ。マイケルはドア側にくるりと向き直り、レオンとアリスを視界にとらえると、さも当然のように命令した。

「おい貴様ら、止まれ! それから、なぜドアを開けた?」


 ドアのそばにいた女官は、びくりと震えてからゆっくりと声の主に対して向き直ったが、レオンとアリスはまるでそんな声など聞こえないかのように、すたすたと歩き続けた。

「おい、貴様たち、待て、何者だ? それから、ドアをサッサと閉めろ!」


 びしっと指をさされた女官が、慌てて重そうなドアを閉じようとする。が、ドアは固定されたように動かない。その間もレオンとアリスはマイケルを迂回して尚も歩みを進め、メルファリアとリサに再会を果たした。


「メルファリア様、無事ですね? ご挨拶は済まされましたか?」

「レオン達こそ、御無事で何よりです。それから、挨拶は先ほど済ませました」


「さっさとドアを閉めろぉ!!」

 いまや女官たちが五人がかりで閉めようとするも、その大きな扉は動かない。この扉は施錠解錠だけでなく、その開閉もセキュリティシステムが制御していて、有資格者の手になれば自由に開閉できる。そしてそのシステムは今、アリスの指示に忠実だ。


 レオンはちらりとアリスに視線を送り、アリスが小さく頷くのを確認した。

「メルファリア様、それでは参りましょうか」

「ええ、そうしましょう」


 レオンが先導し、四人は開け放たれたままの扉へと歩き出したが、閉まらない扉を一時置いておくことにしたマイケルが、行く手を遮った。

「待て。貴様がレオンか、この恥知らずめ!」


 マイケルは至って平均的な体格のレオンよりも、十センチほども背が高い。立ち止まったレオンを見下ろして、マイケルはあからさまに嘲りの表情を浮かべた。

「ふん、小さな奴だ。ランツフォートの騎士とはこの程度か」


 何を以ってしてこの程度と言うのか、レオンには全く分からなかったが、わかろうとも思わなかった。マイケルの視線はレオンを超えてメルファリアを見る。

「我が妻メルファリアよ、ばかげた行動を慎め。そして私の大いなる愛情に包まれるのだ。さあ、こちらへ来なさい」

 マイケルは再び、ゆっくりと両腕を広げた。


 勝手に「我が妻」などとは、不敬極まる。本当は文句の一つも言ってやりたいところだが、馬の耳にナントカだろうと思うし、ならば時間の無駄だ。


「メルファリア様、こちらへ」

 とレオンは再びマイケルを迂回しようと、メルファリアを導いた。無視を決め込む四人に苛立ち、マイケルが遂に手を伸ばしてレオンの胸ぐらを掴んだ。

「おい、キサマいい加減にしろ!」


 掴まれたレオンは無言のまま、横に一歩ステップした。つられてマイケルの上半身がバランスを欠いたところを狙って両手で袖を掴み、クルリと身体を反転させて背負い投げた。前置きもなく警告も発せず、レオンはただただ障害物を排除した。


 ふわりと浮かび、どすん、と毛足の長い絨毯の上にマイケルは投げ出され、受け身を取らない彼はごろごろと転がり不運な女官を巻き込んだ。

「ぐふう!」

「きゃああっ!」


 レオンが横にずれたのは、メルファリアに気を付けてのことだ。女官までは心配できなかった。だが今は、可哀想な彼女に詫びを入れている場合でもない。

「さあっ、急ぎましょう」


 レオンはどさくさに紛れてメルファリアの手を掴み、そのまま連れ出そうと駆け出した。意外と見事に決まった投げ技に感心していたリサは、レオンのその()()に気付くのが遅れてしまったのだ。

「ああっ、姫様(の手を放しなさい)!」


 リサを追って最後にアリスが走り出し、放心したままの女官たちを尻目に廊下へと出ると、システムに指示して扉を閉めた。今やアリスは、この迎賓館のセキュリティシステムに様々な指示を下すことが出来る権限を取得しており、貴賓室の扉はしばらくのあいだ何者も開けることが出来ないだろう。


 今のうちにとレオンが先導して、コンタクトディスプレイに映るナビゲーションに従って広い廊下を闊歩し、四人は迎賓館をあとにすることにした。


自分で自分の嘘を信じ込む、のも確信犯って言うんでしょうかね?

厄介なのだけは間違いありません

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