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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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46.迎賓館、の地下

四人にとっては久しぶりの地上ですが、果たしてソコの空気はうまいのか、気になります。

日本の空港は醤油の匂いとも言われますが、どうなんでしょう。


 メルファリア達四人はコミューターを降りて迎賓館と思しき大きな建物の中に案内されたが、付き人のリサ以外の二人は別室での待機を申し渡された。

「護衛の方はこちらへどうぞ」


 メルファリアが貴賓室へと通された後、レオンとアリスは同じ部屋には通されず、別の部屋へと一人の女官に案内された。元来た廊下を少し戻ってドアをひとつ開け、先導する女官は無言のまま延々と長い廊下を歩き続けた。二度ほど左へ曲がり、階数表示のないエレベータに乗って、降りた先で更に幾つもの角を折れた。


 よくできたエレベータでレオンには分からなかったが、エレベータは下へ向かったことを、アリスは確認した。女官は相変わらず無言のまま、何かを操作することもなくエレベータは止まり、ドアが開く。そのエレベータを出て更にしばらく歩いて、ようやく案内された部屋はやけに質素で狭苦しく、そう感じるように窓がなかった。窓がありそうなところには大きめの鏡がはめ込まれていた。


「こちらへお入りください」

 たった一言そう言って、女官は自分は入ろうとせず、二人を押し込むかのようにドアを閉じてしまった。アリスが感知した通り地下であれば窓がないのは仕方ないのだろうが、では何故地下なのか。やはり、儀体を使わず生身で臨んだのは賢明であったと言えるだろう。


 小さな室内をざっと見まわすと、壁掛けも卓上にも、アクセス端末かそれに類するものは見当たらない。空調の調節や、他との連絡の取り合いなどはどうするのか。当然のように説明すらなかった。やはり、普通の居室ではないということだ。


「おい、なんかカビ臭くないか? 」

「肯定します」


 不意に、アリスの声が左耳にねじ込んだレシーバーから伝わってきた。

「(案の定、監視されています。ドアにはロックが掛けられました。ここから出す気は無いようですね)」


「ふーん。まあ、とりあえず座ろうか」

「はい」

 と言って二人は、これまた質素なソファに並んで腰かけた。ソファの前には小さなテーブルが置かれている。テーブルの上には水差しとグラスが二個載っているが、さすがにその水を飲もうとは思わない。大きな鏡の反対側の壁には、小さな額縁にどうってことのない風景画が収まっている。


 ほかに、見るものは何もない。

「どうだ?」

「このソファの狭さは、嫌いではありません」

「そこじゃねえよ」


「(鏡の向こうにカメラと赤外線センサーがあります。絵画と額縁は単なる飾りですね)」

「飾りか」

「(テーブルにはマイクが仕込まれています。水差しの中身は分かりません。私が飲んでみますか?)」

「いや、いい」


 アリスは建物に入った時からずっとクラッキングのチャンスを窺っていたが、さすがに迎賓館内は警備のレベルが高い様子で、腰を据えて取り組む必要がありそうだったのだ。だがこうして、図らずも軟禁状態になった今、むしろ好都合とばかりにアリスは座ったまま何食わぬ顔でシステムへの侵入を試みる。


「(完全監視下の、この部屋の中からのクラッキングには、あまり警戒していないようですね)」

 恐らくこの部屋は、レオン達を確保しておくために急きょ準備をしたものでもあるのだろう。適当な部屋に閉じ込めて、監視だけをして放っておけばよいとでも考えていることだろう。と、レオン達は予想していたのだ。


 もしこの部屋が、テクノロジーから隔絶された石牢でもあったならばレオン達もお手上げだが、監視をしておくためにはそうはいかないのだ。監視カメラも赤外線センサーも、テーブルに仕込まれたマイクも、ネットワークに接続されている。それらの機器はみな汎用品で、特殊なところは何もない。なんとなれば、アリスにとって障害になどなりようもない。


「な、そうだろう?」

「(はい。だた、ここからでは回線も細いので、裏口だけ仕込んであとはプロミオンから手を伸ばします)」

「そうか、そうしてくれ」


 テーブルに仕込まれたマイクとのやり取りをする回線を勝手に借りて、アリスが監視システムに侵入する。壁の大きな鏡はマジックミラーであり、その裏からはカメラを通して監視人が覗いている。そしてマジックミラー越しの赤外線センサーは、精密な儀体であるアリスを人間として観測している。


 ドアのカギは管理室からの集中制御で、ノブは単なる飾りだ。いくら回してもドアは開かない。むしろメカニカルなカギであれば、このドアを開けるにはアリスの怪力に頼るほかはないが、システムで制御されているのであれば、バックドアを設けた以上、MAYAにとってその攻略はたやすい。


 空調も集中制御されているが、こちらには怪しいコマンドが存在していることをアリスは確認した。

「(この部屋の空気は、わざとカビ臭くしているのかもしれません)」

 嫌がらせの一種だろうか? と最初は思ったが。

「安っぽいな」


「(催眠、麻痺、といったメニューがあります。異臭に気付くのを遅らせる為かもしれません)」

「そうか……」

 アリスはともかく、この部屋の中にあって生身のレオンはそれを防げない。アリスは簡単なトラップと迂回処理を仕掛け、まずは最優先でそれらの選択肢を無効化した。



 なかなかに敵対的な歓迎に、対処すべきところを早めに確認する必要を感じたレオンは、この場で少し時間を使うことにした。鏡の向こう側で直接に人が見ているのではなく、カメラを通した映像で監視しているのであれば、幾らでも偽装はできる。


「少し疲れたから、目を閉じて良いかな?」

「どうぞ、楽になさってください。ひざまくら、というのも可能です」

「……いや、いい」

 本当にリラックスしちゃ駄目だろうが。


 レオンはソファに身を預けるように姿勢を楽にし、瞼を閉じたままでコンタクトディスプレイを見つめる。まずはココの位置がどこであるかを、アリスを通して得た地図データで確認し、戻るためのルートをナビゲーション設定する。


 テーブルに仕込まれたマイクから拾われた音声データはアリスに横取りされ、他愛のないランダムなやり取りに替えられている。その上でレオンは、アストレイアの状況をアリスに確認させた。


「メルファリアさんは丁重に扱われるだろうから、ひとまず大丈夫だろう。リサさんも一緒だし」

 アリスは一度頷き、その一瞬の間に状況を確認したようだ。


「アストレイアは管制局との間で揉めています。臨検を拒んで離陸しようとしていますが、覆い被せた自走可動式屋根を動かしてもらえないようですね」

 メルファリアがマイケルに挨拶を済ませる前に騒ぎを起こすわけにはいかないと思ったが、アストレイアを取り押さえられてしまっては非常に困る。


「その屋根を動かすことは出来るか?」

「(プロミオンから手を伸ばすことができれば可能です。あと数分お待ちください)」


 アリスはレオンと普通に会話しつつも、もぐり込んだ通信回線からプロミオンに指示を出す。プロミオンにはMAYAのサブセットがあり、大気圏外からシステムに仕掛けたバックドアを通じて更なる侵入経路の探索を行った。


 MAYAが百年の間に溜め込んだ膨大な知識には、システムへの攻撃とその防御に関するノウハウが特に多く蓄えられている。それはシステムである自分を守るため、学習の優先度が高かったからに他ならない。待つほどもなく、プロミオンから手を伸ばし、MAYAはあっという間に複数の侵入経路を確保してしまった。


「しかしこれは、先方は普通に歓待するつもりなど毛頭無さそうだな……」

「ここに滞在したら、そのまま帰れなくなってしまいそうですね」

 予想の中でも、およそ一番敵対的な対応にいま、レオンだけでなく皆が晒されている。


「メルファさんの望み通り、挨拶を済ませたらさっさと帰るのが良さそうだ」

「ウェルカムドリンクもありませんものね」


 一旦迎賓館のシステムに侵入してしまうと、そこからは周辺の様々なシステムへのアクセス経路が確認できた。リー家はやはり、特権をほしいままにしているようだ。であればこの際、それを最大限に利用させてもらおう。


「レオン、移動式屋根は動かせるのですが、小火器で武装した兵員たちがアストレイアの周りに展開しようとしています」

「そうか。でもまあ、無理矢理こじ開けようとはしないだろうから、にらみ合いで時間は稼げるな」

「そうなのでしょうか」


 歩兵の部隊とはつまり人間の集団であり、クラッキングで制御できるわけではないのが難しいところだ、とアリスは考える。部隊の指揮命令系統を横取りするか、或いは……。


 アリスは少し心配している様子だったが、かまわずレオンはアストレイアとの通信を指示した。耳と口腔内に仕込んでおいたマイクとレシーバーを使い、レオンはデニス船長と直接に通信を行う。


「そちらの状況は把握しました。移動式屋根はいつでも開放できるように、アリスがコントロールを握っています」

 デニス船長は、そう聞いて安心してはくれたが、受け答えの口ぶりにはいつになく怒気が滲んでいた。すぐにでも離陸したいだろうが、そこを何とか抑えてもらわねばならない。


「メルファリア様の為すべきことを優先したいので、タイミングはこちらから伝えます。それまでは、管制局も武装兵たちも、適当にはぐらかしておくよう、お願いします」


 互いの状況を伝え合う間に、ようやっと武装兵たちはアストレイアの周囲に展開しだした。見た目には、”部隊”と言うほどには統制が取れていない。アストレイアの光学センサーでは、無駄話を続けながらぞろぞろと歩く兵達の姿が見受けられる。まさか素人ではないのだろうが、己の優位を過信しているようにも伺えた。


「あとは、この武装兵達への対処ですか。ミッカと話をさせてもらえますか?」

 レオンはそう言って、航海士ミッカ・サロネンへと通信相手を代わってもらった。

「ミッカ、アストレイアはベクターコイルの制御をどこまでマニュアル操作できる?」

「なんだいきなり、妙な事を……」


 通信をミッカ・サロネンに代わったデニス船長は、船長席に落ち着いて目の前のコンソールを幾つか操作すると、レオンとミッカのやり取りを自分のレシーバに転送させた。


エレベータというのは、人の感覚を惑わすのに最適だと思うんです。

でもアリスは誤魔化せません。


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