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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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45.惑星セヴォール

遂に目的地に到着です。

 訪問時の基本方針がまとまると、シャンヤン星系を後にした一行は六日ほどで目的地惑星のあるチェリルジュ星系に到達し、アストレイアとプロミオンは減速を重ねつつ惑星セヴォールへと近づいていった。


 別行動をとるラーグリフは秘かに観測ポッドを展開しつつ、惑星軌道面からは北天方向に五千万キロ程も離れて静かに漂う。



 チェリルジュ星系は人類域の辺縁に位置するために通過するだけの船はほとんど無く、ボーテックなどのジャンクション星系のようには行き交う船は多くない。この星系の可住惑星であるセヴォールは比較的入植歴の浅い惑星で、ランツフォート家と共に歴史を刻むトーラスなどから見れば、まだまだ新興の国家である。


 テラフォーミングの段階を経て入植が本格化した後もしばらくは隣接星系との連邦制を採っていたが、経済力の向上と共に独立独歩の機運が高まり、半ば強引に連邦制を解消して現在に至っている。


 いまや世界有数の企業体となったフォースターグループの本拠地であり、グループの台頭と共に歩調を合わせて急速な工業化と経済力の向上を成し遂げた。


 その惑星自体は地球よりも古く、活発な造山活動を行う地域は少なく、地殻が安定していて地上部はなだらかな地形が比較的多い。そういった理由で地上の大規模開発が容易だったため、急速に地上の工業化が進んだが、その弊害として自然環境の悪化を招いている側面がある。


 金属類などの地下資源の採掘も盛んだが、飲料に適した水資源はやや少なく、そのために育成適地が少ない森林資源には乏しい。入植歴が新しいわりに人口は人類域全体の中では平均的であるが、近年はやや少子高齢化が進んでいるきらいがあるようだ。



 そのセヴォールでは地上ステーションの一つにリー家の広大な屋敷が隣接しており、そこに「特別に」アストレイアの降下着陸の許可を与えられた。一方でプロミオンは無人のままなので軌道ステーションには入港せず、この星の衛星軌道をやや外れて周回する。


「地上ステーションに家が隣接しているだなんて、随分優遇されていますよね」

 ランツフォート家の事は棚に上げて、レオンは宇宙船乗組員としての立場での感想を述べた。


「ランツフォート家は、公共のものとは別に宇宙港も全部自分のお金で建設し運営しますが、リー家とフォースターグループは、この国の税金で整備運営しているものを、我が物のように使用しているようです」


 そう答えたのは、意外にもメルファリアだった。彼女は、スピンクスがもたらした資料の細かいところにまで目を通していたらしい。たしかにメルファリアの言う通りなら、見た目には似ていても、志は全然違う。


 他人の費用で作ったものを自分専用に使うというのでは、随分ずるいじゃないかと思われる。しかしながらスピンクスによる情報では、どうやらまだまだそれどころではない様子なのだ。


 まがりなりにも民主主義国家であるこの辺境の国には、直接選挙で選ばれる大統領がいるのだが、その権威はどうもハリボテに近い。裏で実権を握るのは、フォースターグループとそのオーナーであるリー家だ。


 フォースターグループは大国とまでは言えないこの国の経済の過半を握り、そのオーナーであるリー家はこの国における強大な権勢を代々世襲する。五年毎に改選される大統領などは、単なる使い捨ての駒のようなもの。


 いや、単なる駒ではなく、任期中の民衆の憎悪を集めて一緒に捨てる、リー家にとっては雑巾の如き存在であった。



 アストレイアはゆっくりと時間を掛けて降下し、地上ステーションの指定された区域へと落ち着いた。そこは地上ステーションの区域中でもリー家の屋敷に近い、他とは区別されている場所だ。アストレイアの他には、明らかに富裕層のためのものと思われるデザインのVTOLが幾つか駐機しているのみで、その広さの割には閑散としている。


 アストレイアのタラップから地上へと降り立ったメルファリアたち四名は、八人もの女官に出迎えられ、そのまま前後左右を囲まれるようにして移動用コミュータに乗り込み、迎賓館へと運ばれていった。



 空はぼんやりと霞み、遠くに見えるなだらかな山並みまでの間に緑はまばらだ。地上ステーションとリー家の屋敷があるこの地域は、降水量の少ない気候なのだろう。


「マイケル・リー本人は姿を現しませんでしたね」

 船外監視モニターを右へ左へと操作して、ミッカがデニス船長に声を掛けた。


 より遠くを観察するモニターを見ていた船長は、自分達の船に近づくより大きな構造物に気が付いて、その解析を指示することにした。

「あれは……、私の見慣れたものとは形が違うが、可動式のハンガーか?」


 大きなクレーンを幾つか吊り下げた骨組みを見せる構造物が、地上をゆっくりと自走してアストレイアに近づいてくる。同じような形をしたものが、船の前後を挟むようにである。

「管制から連絡が来ています。風雨から守るための移動式屋根だそうです」

「ほお」


 賓客に対するこの星ならではの礼儀の一つでもあろうかと思ったが、それにしては見える箇所のそこここが汚い。観察モニターを覗いていたデニス船長が顔をしかめる。むしろ汚れやゴミが落下してくるのを心配したくなるレベルだ。アストレイアの外寸などの概略情報を得て、その屋根として機能すべく急きょ造成されたものか。


「アストレイアをすっぽりと覆うようだな。屋根というより掩体壕か。しかしこれでは動けなくなる」

「この程度、おそらく乗せたままでも離陸できますよ」

 ミッカがアストレイアの出力の高さを改めて口にするが、デニス船長の心配は他のところにある。

「なるべくこの船を傷つけたくないのだよ」


 遠くから眺めると馬車の幌のようにも見えるものが、自ら動いてアストレイアの優美な船体に覆いかぶさる。前後から覆い隠した移動式屋根の内側には、いたる所にカメラやセンサーが取り付けられていた。


 二つの移動式屋根が合わさって停止した後、逆にそれらは活発に動き出し、アストレイアに関する様々を観測してはデータをどこかへ送っている様子だ。風雨から守るために厚意で屋根を貸してくれただけではないのは明らかだろう。


「気に入らんな。測定機器通信への妨害と、動物避けの音を出しておけ。それから、狙えるカメラがあれば、レーザーで撮像センサを焼いてやれ」

 デニス船長に指示には遠慮がなく、指示を受けたオペレータは容赦がなかった。


 表面上しばらくは穏やかなやり取りであったが、なぜか撮影不能になるカメラの数が十を超えたあと、管制局から臨検を受けるようにと指示があった。

「お断りいたします。本船はメルファリア様からの指示でなければ従いません」


「これはあなた方の為、そして主であるメルファリア・ランツフォート様のためでもあるのですよ」

「いいえ。お断りいたします」

 勝手に「メルファリア様のため」とか言い出したことに違和感を覚えたミッカは、デニス船長からの指示を待つまでもなく断りを入れた。ちらりと目をやると、強面の船長がにっこり笑って追認した。


「では退去しなさい。せっかく我が民族に温かく迎え入れてやろうというのに、感謝の意思すらないとは言語道断です」

「それでは退去しますので、屋根を動かしてください」


 およそ管制官とのやり取りとは思えない言葉が並んだ。憮然としてしばらく待ったが、やはり屋根は動かない。

「わからないのですか? 我らを尊重し、自らの間違いを認めて謝罪をするのです。軽率な行動は止めなさい」


 デニス船長も、屋根を壊して離陸するのはさすがに躊躇われた。念のために言っておくと、アストレイアを傷つけるのが躊躇われたのであって、屋根なぞ船長にとってはどうでも良い。


 だが、開放する気は無いらしいし、こうもあからさまにご機嫌取りを要求されるとは。管制局がご機嫌取りを要求するだなんて、どういう神経をしているのやら、ちょっと想像がつかない。自動翻訳のミスかとも思われたが、どうやらそうではないようだった。


「こいつら、俺の理解を超えていますよ?」

 困り顔でミッカが同意を得ようとデニス船長を振り返った。

「ふむ。この際、私は無理に理解しようとは思わんね。わかり合うのは、自然にわかり合えた時だけで十分だ」


 移動式屋根の下では動物避けの雑音波が複雑に反射して充満しており、臨検の為にと近づいてきた一団は、神経を揺さぶる周波数に抗えず、そそくさと引き上げていった。


 §


 アストレイアの周囲が慌ただしくなる一方で、その遥か上空からはリー家の専用VTOLが今まさに降下しようとしていた。


 惑星セヴォールの宇宙港軌道ステーションには、フォースター社専用のエリアが大きく存在している。専用の接舷設備、専用のフロア、専用のVTOLとそのドッキングブロック。フォースター社の中枢はこの軌道ステーションにあり、惑星セヴォールの全てを睥睨しているのだ。


 専用フロアの最上階層部にある大きな楕円形の執務室の中で、長身の青年が来客の連絡を受けていた。その賓客は、こちらからのエスコートの申し出を断り続けていたが、自分の船で今しがた直接地上に降下したという。


 こちらの思惑に沿わず、先方からの連絡は常に直前にもたらされており、せっかく立てた計画は狂わされっぱなしだ。


「ちいっ、海賊など、やはり役に立たぬものだな。悪者から私が華麗に救い出すというシナリオが、台無しではないか!」

 そう吐き捨て、声の主である長身の青年は隣にいた女性秘書を、いきなり蹴りつけた。


 現実離れした光景だったが、痛々しくも転倒した女性秘書以外は、誰一人としてピクリともしなかった。まるで何事もなかったかのように。


「これからすぐに降りる。結婚式の準備をしろ! 花嫁はちゃんと確保しておけよ」

 青年はすぐさま、軌道ステーション内の自分の執務室から、専用のVTOLが停留するデッキへと向かった。大股で歩く青年は両目を昏く光らせ、舌なめずりをするように唇を吊り上げた。

「ふふふ。二時間後には俺のものだ。俺の魅力を、見せつけてやろう」


 レオンが聞けば失笑してしまいそうな言葉を、この男は自信たっぷりに独白する。

 そして、この男の乗込んだVTOLは、そのほかの昇降便のダイヤグラムなどは無視して管制局を慌てさせながら、平然と降下を開始した。


やばい奴登場


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