44.滞在日程あるいは襲撃計画(2)
自然(不自然ではないの意味)がいちばん、が現代人類の基本的な考え方になっています。
現代では、その有用性を享受するために体内に様々な機能のデバイスを埋め込むインプラントは、技術的なハードルは既にないに等しく、職業によっては当然に行われることもある。だがむしろ、そういった身体に対するデバイス付加を行わないのが現代人類にとって一つのステータスでもあるので、必要に迫られない限り、なるべく自然のままでいようとするのが一般的だ。
これまでには、科学技術の進歩によって様々な機能を持つデバイスが開発され、アリスの存在からもわかるように、人類はその身体の殆どを人工デバイスによって置き換えることが可能になっている。そして、儀体の機能と性能は当然のことながら生身のそれを遥かに上回る。
きょうび、事故などによって身体に欠損を生じた者は、必要に迫られてそれを儀体で補うことになるが、経済的に余裕があるならば時間を掛けてでも人体再生医療を希望するのが普通の考え方となっている。例えば、様々な理由で先天的な欠損があった場合なども、遺伝子治療との併用で一般的に通常と認められる範囲内での身体を得ることが、医療行為の範囲内として許される。
レオンが実践したように、アバターリンクなどを利用して超人やスーパーマンになることも現実の範囲内となった今では、人工デバイスによる身体強化に対する憧れやステータス性は皆無だ。どうにでもなるからこそ、むしろ、普通の身体をちゃんと維持していることにこそプレミアム性があり、ステータス性が備わる。
だから、ステータス性を重んじる者ほど生身でいることによる便利でない様を愛おしむ。ランツフォート家のVIP兄妹、グラハムもメルファリアも、自分ではハンディ端末すら持たずに秘書や付き人を傍らに置く。荷物を自分で所持せず手ぶらでいられることもステータスのひとつであり、その辺は古来から変わらない。
ちなみに、UNの基本法規では人間のクローンは禁止されている。
では何を以ってクローンと見なすかと言えば、それは自我の複製を指す。自我を生じる主要器官は脳であると認識されているので、事故による欠損などの場合の部分再生とは区別して、脳の全複製は禁止されている。同じ理由で脳をコンピュータに置き換えることも禁止されている。
第三者の目で見ればコンピュータの性能は既に生身の脳を超えて久しいが、置き換えが可能であるかどうかの検証も含めて、行われないことになっている。これは人類が、自分達こそがこの世界の主役であり続けたいとの思いからなのだ、などと言われている。
一方で、人類は既に医学的治療や体質改善などの目的で人体内適用ナノマシンを一般的に使用しており、レオンの体内にも既に医療用のものは投入されてあった。また、レオンの場合はバイオデータテレメトリーのためにアリスから投与されたものも含まれており、今回、レオンは折角あるのだからと、それらを活用することにした。
つまりレオンは、デバイス用のナノマシンを流用して電力を供給し、アリスの助けを借りた上でフリーハンドのデータ連携体制を構築したのだ。既に身体のあらゆるバイオデータをアリスに観察されているレオンは、逆にアリスからデータや演算能力を間借りする事にしたのだった。
§
「少々申し上げにくい事柄ではありますが」
と予め断って、デニス船長が惑星セヴォールにおける基本方針をメルファリアに確認する。
「メルファリア様との直接連絡が取れない場合には、私の裁量でアストレイアを動かすことをお許しください」
連絡が取れない場合、というのも様々状況は考えられるが、いずれにせよ不測の事態に動けぬでは話にならないのだ。それにまた、「メルファリア様はこう仰っていましたよ」などといった伝聞で動くわけにもいかない。これはよくあるトラブル、または悪意による陥穽になり得るからだ。
「わかりました。ロナルド・デニスにお任せします」
デニス船長が返礼すると、続けてレオンが発言の意思を示した。
「一応確認しておきます。最優先事項はメルファリア様を無事に連れ帰ること。もっと正確に言うと、俺、アリス、リサさんは最優先事項に含まれない」
「ええ」
「はい」
「わかりました」
メルファリア以外の全員が躊躇わなかった。
「ちょっと皆さん? 穏やかではありませんね……」
「姫様、これは単に優先順位の問題と捉えてください。状況判断を誤らないためには必要です」
リサの言葉に、これまたメルファリア以外の全員が頷いた。
レオンは、自分達を人質のように扱ってメルファリアの意に沿わぬ結果を得ようとされてはたまらないと考えているのだが、その点はリサも同じ意見だった。
「わかりました。皆さんのお気持ちは受け取りました。では、その上で私からも言わせてください」
無言のまま、皆の視線がメルファリアに集まる。
「もしも不測の事態とやらが起こり、私達の誰かに被害が及ぶようなことがあれば、それは全て私の責任です」
この時メルファリアの脳裏には、自らの血だまりに倒れ込むレオンの姿が思い出されていた。皆が自分を見つめていることを意識して一息ついてから、やや声を張ってメルファリアは宣言した。
「私及びランツフォート家は、最大限の補償を約束します。そして、害を為した者には必ず罰を与えます」
金持ち喧嘩せず、を地で行くのがランツフォート家で、罰を与えるなどと言及するのは稀なことだ。強大であるからこそランツフォート家はこれまで喧嘩の対象にならなかったという面が大きく、殴るための拳を持ち合わせていないからでは勿論ない。
ただ、ランツフォート家の場合は殴ろうとするならば、相手を見据えて慎重に手加減しなくてはならないだろう、とは言える。そのランツフォート家が与える罰とは一体どんなものかと考えて怖くなり、メルファリアの言葉にレオンは秘かに首をすくめた。
と同時に、全員無事に帰れるように何とか頑張ろう、と強く思った。
いよいよ目的地が近づいてまいりました。




