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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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42.次兄からの連絡

数千年後には、より簡単に珈琲が栽培できるようになっていたら良いんですけどね。


 補正されたフライトプランに従って、アストレイアとプロミオンはシャンヤン星系にて物資の補給を行うこととなった。不足しているのは特定の食材だったので、使用量の多いアストレイア側にそれらは搬入されることになったが、プロミオンも一緒に軌道ステーションに入港して物資の補給を受けた。


 新鮮で、恐らくは高級な食材をふんだんに買い込むアストレイアに対して、レオンが指示してプロミオンに搬入するのは保存性の良いものばかりである。ただし、今回は購入リストにアリスの意向を取り入れており、それによって幾らかの食材が加わってはいる。


 そして、せっかく入港するので、レオンは宇宙港へと降りてみることにした。レオンは機会があるごとに地場物の珈琲豆を買い付けることにしているので、補給のついでにシャンヤンでもナントカいう発音のしにくい銘柄の豆を調達してこようと思いついた訳だ。


 これまでも、各地で目に付くと買い込んでしまい、そして一人では飲みきれない、と言うよりも一人で飲むのは寂しいので、アストレイアの乗組員たちに振る舞うのが今や日課のようになっている。


 ふと気が付くと、国際郵便船の乗組員であった時にレオンの先輩航海士が行っていたことを、同じように踏襲している自分を認識して、鏡の前で苦笑いをしてしまった。

「いつの間にか影響を受けていたんだな。まあでも、各地を飛び回る船員にはうってつけの趣味なのかもな」



 地球時代にすら、同じ惑星上の各地域ごとに特色のある珈琲豆が存在していて飲む者の舌と嗅覚を楽しませていたのだ。可住惑星が百を超える現在ではそのバリエーションはさらに広がり、レオンのまだ知らない銘柄もたくさん存在するだろう。


「初めて訪れる惑星が楽しみ、ってのは、まあ俺もそうだな」

 珈琲豆に関しては「補給物資」ではないので、レオンは自ら宇宙港内を巡り、この星の産品であるという銘柄を千グラムほど調達してきた。自分の好みに合うかどうか、わからないままに購入してしまうのだが、それもまた楽しみの一つである。


§


 シャンヤンで無事に補給が行えたことで、メルファリアを囲んでのお茶会は遠慮なく開催されることになる。いつも通りリサが手をかけて用意したスイーツと紅茶を前に、メルファリアは今日もティータイムを楽しむ。


 珈琲党のレオンも、このお茶会の席では紅茶を頂く。敢えてどちらかをと迫られれば珈琲を取るだろうが、別に紅茶が嫌いなわけでもなく、特にリサの淹れる紅茶はクーゲル・バレット直伝の、口さがないVIPの舌をも満足させるものだ。


 恐らくは茶葉も相当に上等なものなのだろうとは思う。なにせ、茶葉は出航時にトーラスの御城から持ち込んだきり、途中での追加調達が行われないことからして、厳密な銘柄指定があるようだ。


 リサはお菓子作りが趣味で、最近はアリスがそれを手伝いつつ秘伝のレシピを教わったりしている。アリス自身は当然お菓子を食べないが、お菓子作りは面白く、秘伝を教わるのも楽しいのだそうだ。もしかして、急きょ物資の補給が必要になったのは、アリスのせいでもあるのかもしれないと思ったが、それは敢えて伏せておくことにした。藪蛇の可能性しかないと思うから。


 テーブルの上にはシャンヤンでの補給時に手に入れた珍しい種類の蜂蜜が小ぶりなスコーンに添えられており、メルファリアがその独特な風味を堪能する横で、アリスが採取元の花に関するうんちくを語り始める。まずは、シャンヤンの気候風土とそこに根付く草花の種類から、話し始めるようだ。


 この茶会の席でも、この旅程の目的であるマイケル・リーに関する話題は出ない。リサもレオンも、メルファリアからその話題を振られることがない限りは、敢えて話そうとなしないことにしている。申し合わせたわけでもないのに、楽しい話ができそうにない、という思いは一致していた。


 そして、アリスによる蜂蜜の話題が一段落したところで、メルファリアが珍しい人物の名を口にした。

「レオン、ラリー兄様がお会いしたいそうですよ、あなたに」

「ラリー……兄様って、ローレンス様が?」


 ローレンス・ジェラルド・ランツフォートは、メルファリアの兄であり、グラハムの弟である。そして、ランツフォート宇宙軍の名目上の総司令官でもある。名目上の、とわざわざ断るのは、ローレンス自身が自らそう言っているからだ。実質的な軍略はローレンスの他にあと三人いる元帥たちに任せ、自身はもっぱら対外的な業務に関わっていることが多いのだそうな。


 そのローレンス次兄がいま表敬訪問先としているのが隣接した星系なのだそうだ。

 隣とはいっても数十光年は離れているわけだが、まあ人類域全体から見れば確かに近い。なぜこの時期にそこへ表敬訪問するのかについては、長兄グラハムとその騎士クーゲルの意見は一致しており、機会を作ってメルファリアに会いたいからに他ならない、と言う。


「偶然に近くを訪れることになったが、時間が許せば会えないだろうか、と兄様から尋ねられました」

 メルファリアが乗り気でないのは、その口ぶりからして明らかだ。

 そして、このタイミングで隣接星系に赴いているのを、単なる偶然だとは誰一人として思っていない様子であった。


「メルファさん、それはローレンス様が貴女に会いたがっているんです。私じゃありませんよ?」

 レオンは、やれやれとでも言いたそうな顔でそう返した。それがいけなかった。

「では、レオンがお会いしたくないと言っているので断ります」


「いやちょっと待て。……あ、いや、待って下さいお願いします」

 がたっ、と腰を浮かせてレオンは両手で待ったをかけた。

 メルファリアの隣では、リサがスレート状の端末の上で指をさささ、と操作し続けている。


 慌てたレオンににっこり微笑んで、メルファリアは無言のまま先を促した

「……私は、ローレンス様にお会いしたいです。その機会を与えて頂けるならば、とても嬉しいです」

 ややぎこちなく、棒読みではあったが、レオンは言葉を選んで口にした。


「そう。それは良かった。レオンが兄様にとても会いたがっていることを、伝えておくわね」

 メルファリアは機嫌をなおして隣のリサに返信を促した。


 この兄妹めんどくさい。


 本音がこぼれぬように気を付けはしたが、表情はぎこちないままだった。レオンとて、別段ローレンスが苦手というわけでもない。そもそも、まだ直接に会ったこともないのだ。


 メルファリアの次兄ローレンスは、さっぱりした性格だと一般的には言われているが、レオンは、彼が長兄グラハムに勝るとも劣らないシスコンであることも知っている。まあ、公然の秘密とでも言うか、多くの者が知っている事なのだけれども。


 愛しい妹の近くにいつも居る男、のことを好意的に見てくれるならば良いが。無理難題を申し付けられたりしなければ良いなあ、などと内心ではちょっぴり心配しているのだ。


「お会いすることになるとしても、セヴォールでの用事を済ませてからの帰り道になるでしょうから、フライトプランやスケジュールの調整はこれから、という事になりますね」

 アリスがいつも通りに冷静に現状を確認する。そして丁寧に器を置いて、次には楽しそうに皆を見回した。


「それはそうと、皆さん、今日のシフォンケーキはいかがでしょうか? 今日は私が作りましたが、リサさんのように上手にできているでしょうか?」

「まあ、これはアリスさんが?」

「合格、いえ、百点です。さすがアリスさんです」

 メルファリアの問いにはリサが大きく頷き、優秀すぎる教え子の手際を褒め称えた。


「え、今日はアリスが作ったの? リサさんのを完璧に再現してるじゃないか、大したもんだね」

 菓子作りに関しては、厳密にレシピどおりに作ることが肝要だ。その点、アリスほどの適任は他にいない。分量を精密の量ったうえで、リサの所作を完全に模倣することができることだろう。


 なんて便利なマンマシンインターフェース。

 問題は、味見ができない事か。完成品を自分で味見してフィードバック学習ができれば完璧なんだろうが。


 アリスの手によるシフォンケーキは、ふんわりしっとりとして美味しかった。ついでに、添えられてあるホイップクリームを、無表情のまま泡立てるアリスの姿を思わず想像してしまった。元々リサのレシピと作り方が素晴らしいからではあるのだけれど、これはやはりアリスに対しても惜しみない賛辞を贈ろうと思う。


公然の秘密って、ありますよね。


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