41.マンマシンインターフェース・アリス
宇宙旅行においてもやはり、食事はとても重要な物です。
そして、アリスの秘密の一端が明らかにw
スピンクスと別れた後は、アストレイアはこちらの動向がなるべく先方に伝わらないようにと、他の船との接触を避けるように航行していた。星雲が綺麗に見える観測ポイントなどには近づかず、可住惑星だけでなく資源採掘星も遠巻きにやり過ごした。そうやってザルドスで補給を行って以降はどこへも寄港せずにフライトを続けてきたのだが、ここにきて小さな問題が発生した。
「なんという事でしょう……」
スレート端末でとあるリストを眺めながら、リサは深刻な面持ちでブリッジへ向かった。他の人はいざ知らず、リサにとってはおおいに深刻な問題だったのだ。そして、これはメルファリアにとっても重要なことだ、とリサは思っている。
メルファリアは惑星セヴォールに滞在する気は無いようなので、セヴォールでの補給が見込めないのだとしたら、どうしても不足してしまう物があるのだ。 程なくたどり着いたブリッジではミッカ・サロネンが対応したが、深刻な面持ちのまま、リサは単刀直入に切り出した。
「速やかなる物資の補給を要請します」
「シャンヤン星系での寄港と補給は予定しておりませんでしたが、何が不足しましたか?」
シャンヤン星系は目的地であるチェリルジュ星系の一つ手前にあり、そこに寄港する予定ではなかった。
「無塩バターと粉砂糖と蜂蜜です。チェリルジュ星系からの帰路には底をついてしまいます」
「無塩バター……」
ミッカもデニス船長も何ともいえない表情だったが、リサだけは相変わらず深刻な面持ちだった。
「あとバニラエッセンスとそれから、スイートチョコはどのような形状のものでも構いません」
気を取り直して、ミッカが恭しくも伺った。
「ええと……、緊急を要する物資ではありませんよね。少し控えめにすれば足りる分量です。失礼ながら……使いすぎでは?」
ミッカは目の前のコンソールから物資の一覧と消費動向のデータを見取り、冷静な分析を口にした。
「これは、必要な物なのです。よろしくお願いします」
念を押すように言うべきことを言うと、リサはそれ以上無駄話などは一切せずに、速やかに立ち去った。異論を受け付ける気は一切ない、とそう給仕服の背中が言っていた。
「……うーん。寄港するとなれば、到着が四日は遅れますよ?」
ミッカは少々難しそうな顔をして、デニス船長に対し遅れることになるであろう日数の概算を伝えた。
「ミッカ。これこそがラグジュアリークルーザーというモノだよ。ゲストの意向は最大限に酌んであげなくてはならないんだ」
デニス船長は既に悟っており、その瞳に浮かぶのは、ミッカに教え諭す優しい色だけだ。
「わかりました。食料品の補給を主目的とした寄港を行うとして、フライトプランを修正します。プランの提出は三時間後で良いですか?」
「ああ、たのむ。仕事が早くて助かるよ」
デニス船長は笑顔で、ミッカに心からそう言って彼の肩を優しくたたいた。
そんな、フライトプランの変更がレオンに知らされたのは、実際に変更が行われてからだった。ミッカは忙しかったのだ。それに合わせてプロミオンもフライトプランを変更するが、こちらはさほどの手間でもない。
「アリス、フライトプランが変更になったよ。プロミオンも合わせてくれ」
「はい。……変更しました。問題はありません。楽しみですね」
ほとんど聞き流してから、レオンはふと気になった。
「楽しみ? シャンヤン星系が?」
「はい。初めて訪れる星系ですよ? 知的好奇心が刺激されませんか?」
「ああ、……うん」
とりあえず同意した。
なんとなく、ここで首肯しておかないと知性を疑われてしまいそうな、そんな気がしたのだ。
「シャンヤン星系が、というよりも初めて訪れる星系が楽しみ、ってことか」
「ええ、そうです」
ラーグリフは、特にレオンからの指示がない場合などは、空いた時間をフル活用して様々な情報収集を行っている。周辺宙域、航路周辺、大質量や星間物質分布、赤色巨星や中性子星などのリスク物件、そして各星系の文明文化情報など。これまで百年かけて溜め込んだネットからの情報と、実際にどれだけ一致しているか或いは乖離しているかの評価も含めて。
なので、予定外の寄り道をアリスはむしろ歓迎する。知識を溜め込むことには貪欲だ。
「ラーグリフではなくて、スーパー・エンサイクロペディア・ギャラクティカ号に改名しても良いですよ」
「いやそこは、名前には愛着を持とうよ」
レオンには元ネタは良くわからなかったが、そもそもそんな長い名前は嫌なのだった。アリスは時たま、レオンが到底知らないような古い知識を楽しそうにひけらかす。嫌味か、もしくは嫌がらせに近いんじゃないかと疑っている。
「名前といえば、レオンは特権管理者ですが、識別名称MAYAだけは変えられませんので、悪しからず」
「ふーん、MAYAはね。じゃあ、アリスの名前は変えられるのか?」
そう聞いたときは、ほんの軽い思いつきでしかなかったが。
「…………可能です。お断りしたいところですが」
嫌そうな、というよりも凄く悲しそうな表情だった。
アリスは見た目は麗人なので、その憂いをたたえたかの表情はまるで映像作品のヒトコマのようにも見えた。
「すまん、冗談だ。そんな事はしないから、忘れてくれ」
「はい。わかりました」
アリスは少し微笑むと、またすぐいつもの澄ました表情に戻る。
よくよく考えると、AIに対して”忘れてくれ”とは見当違いなセリフだったわけだが、アリスに対してはそれでいい、と最近は思っている。普通に人として接し、話しているのだ。
「私の名前が話題として出ましたので、ついでにお教えしますが……」
「なんだ?」
「マンマシンインターフェースを変えることは可能ですよ」
「……ん? どういうこと?」
レオンはこの時、アリスの言わんとしたことに理解が追い付かなかった。理由の半分くらいは、理解する気がなかったからだ。
「今まで特に訊かれませんでしたからお伝えしませんでしたが、私以外のアバターを選ぶことも可能です」
「へ?」
首を傾げ、間抜けな顔をしていたであろうことは想像に難くない。
レオンのそんな表情になど構わず、アリスは先を続ける。
「私は単に、アルファベット順で選択リストの一番最初に載っている、というだけです。ですから、特段の希望がなければデフォルト設定のまま私が自動的に選ばれます。一人目の管理者がデフォルト設定のままアバターを調整したので、私がFEPとなりました。そして、レオンも特に何も要求をしませんでしたからね」
「え、そういう事なのか?」
少し驚いた。たしかに何の要求もしなかったけど、そこには希望を伝える余地があったのか……。そういえば、最初にMAYAから”特に要求がなければ云々”と言われたような気もする。
「素体の数だけアバターは調整できます。ですから、希望があれば今からでも変更することは可能です」
しぱしぱと三回瞬きをして、そしてレオンはゆっくりと腕組みをした。
……。
難しい顔をして少しためらったが、良い機会だから聞いてみようと思った。
「それって、中身は……AIは?」
「私は、アリスです。それ以外を選べば、それは私ではありません。男性AIも選べますよ」
アリスはいつも通りのたたずまい。そのきれいな瞳をじいっと覗いてみたが、感情は見えない。
「変更しますか?」
……。
「ばっ、……じょ、冗談じゃない。だ、だって、ほらええと……また最初から学習するんだろう?」
「それはまあ、そうですね」
「そ、そんなの大変じゃないか! いやだね、大変だもん。い、今更だし……」
「そんなに大変でしたか?」
「あ、いや、そんなに大変じゃないよ、うん。……だけどほら、デフォルトだし、……というか、その……」
「総合的に判断して、私で良い、と」
「そ、そうそう、そうなんだよ」
アリスが嬉しそうに笑顔を見せた。この時はなぜか、とても可愛らしい笑顔に見えた。
レオンのバイオインフォメーションデータテレメトリーには、通常値からの逸脱が幾つも表示されたことだろう。
「レオン、お水をお持ちしましょうか?」
「あ、ああ、そうだな、喉が渇いたね、頼むよ」
「わかりました」
つかつかと、アリスは冷たい飲料水を用意するためにギャレーへと歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら、胸に手を当てがってレオンはゆっくりと深呼吸をした。
「すー、はぁ~……」
アリスが居なくなる事を想像したら、とてもネガティブな気持ちが膨れ上がった。
やばい。近年になく動揺した。どうなってるんだ俺は一体。
レオンは座り直して目を瞑り、再び大きく深呼吸をしてみた。まだ動悸が収まりきらない。
「ふう……」
これはもしかして、レベル5iフライトの後遺症なのだろうか。と割と真剣にレオンは考え始めた。
ありがたみは失ってから分かったりしますよね。
食べ物も、そしてバディも。




