3.護衛任務のこと
気配って、磁界の変化を感知することらしいですよ(嘘)
メルファリアの船室には、リサ・フジタニの船室が隣接している。大きさのだいぶ違う二つの船室は、手動でも開閉できる連絡扉で行き来できるようになっていた。その担当する者が、VIPの身の回りの世話をするためにである。そして、中央の通路を挟んで反対側にも、同じ構造でレオンとアリスの船室があてがわれた。内装は当然違うだろうが、そんな訳でレオンに与えられた船室は無駄に広かった。
VIPとは違ってあまり荷物の多くないレオンの船室に、今はリサ・フジタニがいる。濃紺地に白いエプロンを重ねた給仕服風だが、裾はひざ下あたりまでで頭部に飾りはなく、髪は後ろで一つに束ねてあるだけだ。そういえばトーラスの御城で会った案内役の女性も同じような服装だったが、これはランツフォート家の制服だろうか。
リサ・フジタニは、改まった態度でレオンとアリスに相対していた。
「騎士レオン。あなたは、ご自分の立場をどのように理解していますか?」
それは問い詰めるような口ぶりだった。
「ご存知の通り、俺は護衛役だよ」
騎士などという大層な呼称で呼ばれようとも、今のレオンにはまだ答えるべき言葉は少ない。それに、この子がどのような意図でそんな問いかけをしているのかも見当がつかなかった。
「格闘術などは身につけておられますか?」
「いや……、UNP研修時に護身術としてジュードーを教わったくらいかな」
「では、射撃の腕前などは?」
「射撃の訓練も数えるほどかな。形式的にやらなきゃならない数をこなしただけだ」
レオンはUN所属の宇宙船乗組員であったので、その時から既に自衛のための実力行使は許されていた。ただ、ハンドガン等の小火器を扱った射撃訓練に真摯に取り組んでいたとは言い難いし、そうした実力行使を自らの問題として明確に認識していたかというと、いささか以上に疑問符が付く。
「VRゲームなら結構いいスコアが出せるんだけど、本物の銃はどうもね。実際の質量以上に重く感じるっていうか……」
「レオンは小心者ですから」
アリスが不必要な一言を口にした。
「心優しい、とか、他にもっと言い方があるだろ?」
ってか、黙ってろ。
ちょっとしたやり取りを、リサがジト目で眺めつつぼそりと呟いた。
「だめだこりゃ」
「え? なに?」
つい、いつもの掛け合いになってしまうところを自制して、レオンがリサに聞き直した。
「やはり……話になりませんね。どうやって任務を遂行するおつもりですか?」
「どうって、俺はそういうのを求められた訳じゃないだろう?」
「そうだとしても、まったくの素人ではいけません!」
怒っているというより苛立っているといったところか。
どうしてこんなオトコが、と口の中でモゴモゴとしゃべったのを、レオンの背後に直立したままのアリスはしっかり聞き分けた。
「程無く出立しますから、これから鍛錬を積むというわけにもいきません」
「まあ、そうだね」
軽い返事が、リサの表情を少しだけ険しくさせた。
「ですから、せめて護衛の心得だけでも、頭に叩き込んで貰います!」
「ジュードーなら少しだけ……」
「護身術ではありません! 護衛術です!!」
「……お、おう、わかった」
騎士レオンは給仕姿の少女に気圧された。
レオンのすぐ傍で、アリスはほほ笑みを張り付けたまま無言だった。
こほん、と一つ咳払いをして小柄なポニーテールの少女は再び口を開く。
「私はメルファリア様の御側に仕える者として、護衛の何たるかを心得ています。大切なのはただ一つ、メルファリア様の御身です。いざ危険が及んだ時、自分の身を守ってはいけません。自身を犠牲にしてでも護衛対象であるメルファリア様の安全を最優先とする、その心構えを貴方にも求めます」
じいっと見つめる少女の目に、レオンはごくっと喉を鳴らした。
「せめて盾代わりくらいは勤めてもらわないと困ります。といいますか、それ位しか役には立ちませんでしょうから」
相変わらずアリスは全く表情を変えず、今はしゃべらない。
言葉の通り微動だにしないことが可能で、そうなると傍にいても人としての気配を感じさせなくなる。もともと人じゃない、という突込みは置いておいて、この時レオンもリサもアリスの存在をすっかり失念して会話を進めていた。
「えーっと、一応念のためになんだけど、それはメルファリア様の指示という事でいいのかな?」
いきなり過酷な業務命令が飛んできたな、と思ったが。
「いいえ」
「……あれ?」
「メルファリア様は、自己犠牲を求めません。お優しい方です。であるからこそ、側に仕える私たちが自ら進んで行動するべきなのです! 私は自らの意思のみに基づいて、今ここでお話ししています。メルファリア様はお優し過ぎるのです。……貴方はその優しさにつけ込んで、メルファリア様に馴れ馴れしくし過ぎます!」
リサは声を荒げたついでに立ち上がった。
「と、とにかくっ、護衛の責務として承知してもらいますっ!」
言い放ち、踵を返してレオンの船室を退出するのかと思いきや、開いたスライドドアの前でクルリと向き直った。
「それから、貴方は男性ですから、メルファリア様の半径三メートル以内には原則進入禁止です!」
言い放ってから、プシューという小さな音と共にリサがドアの向こうに消えた。
「うーん。怖いメイドさんだなあ。見た目は可愛らしいのに」
アリスはドアをじっと見つめていた。そしておもむろに口を開いた。
「いけめんでもないし。つよそうでもない。やっぱり、つりばしこうかかしら。やっかいだわ」
「え? なんだ一体、どうしたんだよアリス?」
アリスがレオンに向き直る。
「……と、ドアの向こうで独りごとを言っていました」
「あの子が?」
アリスが頷く。
「先程リサさんの声紋を詳しく採取できましたので、明瞭に解析できました」
「やけに大人しいなと思たら、おまえ怖いな……」
「これはつまり、一番近い言葉は『嫉妬』でしょうか。レオン、これはある意味”愛憎の縺れ”ですね。厄介なことです」
「え~……」
眉根を寄せたレオンは、それきり二の句が継げなかった。
昔ながらのデザインの服であっても、素材や機能性は数千年分の進歩をしています。
たぶん。




