37.レオン復活(1)
宇宙空間の航行では、いかに減速するかがとても重要です。
ちゃんと減速しないと、曲がりたい方向に曲がることもできませんから。
ボーテック星系を離れたレオン達一行は、目的地である惑星セヴォールの属するチェリルジュ星系への主要幹線航路を避けて船を進めた。マイケル・リーからの出迎えをやんわりと拒絶しつつ、惑星セヴォールへと到達するために。
彼にこちらの所在が知れたなら、どんな対応をしてくるかちょっと想像がつきにくい。なにせ、自分の婚約者を悪辣な海賊どもに拉致させようとするような輩だ。いくら相手が煮え切らない態度をとるからといって、危険な目にまで遭わせてしまうのはどうかと思う。
結局メルファリアは婚約破棄を決意していまセヴォールへ向かっているわけだから、それが知れたら、何をしでかすか恐ろしくもある。
しかも彼は、自分に都合の悪い事がらを”嘘”にしてしまう男だ。正直なところ警護役としては近づかないのが一番だと思うのだが、主人であるメルファリアの心づもりを無視する選択肢はあり得ない。できれば穏便に、なんとか主人の意向を叶えた上で無事にトーラスまで帰りたいものだ。
主要幹線でない航路では、安全確認情報の不足やリスク事象を避けるために進路変更ポイントが多く設定されており、各船舶はそういった宙域ではインフレータを一旦停止して通常航行状態となり、舵を切って針路を調整する。
iフライトは基本的に慣性航行状態で行われるので、船舶の進み方は直線的になる。針路を変更したいときにはインフレータを止めて通常航行状態へと復帰し、姿勢制御用のベクターコイルを駆動して舵を切り、その上で再度加速を行うのだ。
ある程度以上大きく転舵する際は、まずもって減速をする必要がある。可住惑星上の水上船舶のように、放っておけば減速し何れ止まってしまうものではなく、一度与えらせた運動エネルギーはずっと慣性として保存され続けるからだ。
だから、目的地とは異なる方向への加速は最低限度にとどめたいのだが、辺鄙な航路では進路変更ポイントが多く、あちらへこちらへと曲がりくねる。効率と所要時間と、休憩タイミングに乗組員の意向なども勘案して、どのようにフライトプランを練るのかは航海士の腕次第だろう。
ボーテック星系から離れ、幾度目かの進路変更ポイントでiフライトアウトするのに合わせて、レオンとアリスは久しぶりにプロミオンからアストレイアへ移乗することになった。レオンのアバターリンクが途切れるといけないので、儀体でいる間のレオンはずっとプロミオンに乗っていたのだが、ついにレオンの身体の修復が完了したのだ。
メルファリアはしばらくの間リサと共にプロミオンに残っていたが、プロミオンにある食料の在庫が乏しくなったのを機にアストレイアに戻ってもらっていた。それからは特に問題も発生しなかったので、護衛役としてレオンも呼び出される事はなく、ここしばらくはアリスと二人きりでプロミオンに留まっていたのだ。
プロミオンを動かすのは完全にアリスにお任せだし、フライトプランについてはアストレイア次第であるので、レオンはハッキリ言って暇を持て余していた。
儀体じゃ食事もしないし、肉体トレーニングもできないしね。
見慣れた通路を歩きながら、戦闘行動時には閉じられることになる隔壁の端を触ってみた。
「この狭い通路とも、しばしお別れか」
「プロミオンの通路が狭いというよりは、アストレイアの通路が広いのですよ」
それもそうだ。加えてアストレイアは天井も高い。
そのように広いのは、客をもてなすことを第一とする客船くらいのものだ。しかも大型の。
レオンとアリスの二人は連れ立ったまま、メディカルルームの隣にあるメンテナンスルームへと入る。飾り気のないタンクベッドが幾つか並び、いつまでも小綺麗で生活感のないプロミオン船内にあっては、いちばん雑然としている部屋だ。
「いちどにメンテナンスに入るのは良くないですね。まず私がリフレッシュしてから、レオンをリブートしましょうか」
「そうだな、そうしよう」
リブートという言い方にすこし引っ掛かりを感じたが、些事なので聞き流す。
言うが早いか、アリスは衣服を脱ぎ始める。その作業然とした無造作な脱ぎっぷりに色気はない。だが、アリスという儀体は充分に扇情的である。見た目は人間そのものだし、身に着ける下着まで普通の人間のものだ。銘柄までは判らないが、いっちょ前にフレグランスまで纏っているのだ。
「おいおい、恥じらいは?」
「ありますよ。私は精密なヒトシミュレータですもの」
そう言いつつ全て脱いでから、アリスはいかにも堂々と腰に手を当ててレオンに向き直った。
「私はレオンの身体を、隅々どころか体内まで見ていますからね、おあいこにもなりません」
薄暗いとはいえ目を伏せたりするようでは何故か負けた気がして、レオンは気合を入れて平静を装った。微笑んだまま、無言でアリスは自分のメンテナンス用タンクベッドへと入り込み、ゆっくり横たわって蓋を閉じた。
「それではまた、後ほど」
アリスの声が、直接儀体に伝わってくる。儀体のリフレッシュ中も、インターフェースとしての機能は健在だ。アリスの儀体の様々なメンテナンスとAIの再起動に必要な時間は、併せて約三時間とのことだった。
ふと床に目をやると、先ほどアリスが脱ぎ捨てた服が散乱している。
このメンテナンスルームの照明は明るくないし、レオン以外の視線もないが、だからといってもコレはいただけない。
「やけに無造作だったもんな。やっぱり、恥じらいが足りないんじゃないか?」
レオンは床に散らばるブツを拾い上げて、手近な棚の上に纏めて置いてあげた。マネキンの付けていた衣装のようなつもりでいたが、手にするとフレグランスと共にアリスの体温がまだ残っていて、つい先ほどの光景を思い出してしまった。
「奴め、恥じらいが足りないんじゃなくて、俺をからかっていやがるな」
インターフェース機能でしかない今、アリスは何も答えない。
きっかり三時間後、アリスは何食わぬ顔で服装を整えて、食堂でくつろぐレオンの前に現れた。
服を床から拾い上げておいたことに対する言葉はなかった。
むしろ、まあいやらしい、とかふざけた事をぬかすんじゃないかと思っていたレオンは、逆に肩透かしを食らったような気分で、それでもその事は口に出さないことにした。
「ではいよいよ、レオンの復活の儀式といきましょうか」
「儀式とか言うなよ。失敗する可能性があるみたいに聞こえて、なんだか嫌だ」
文句を言いながらレオンは服を脱ぎ、これ見よがしに奇麗に畳んでから、自分の儀体が収まっていたタンクベッドに横たわる。横たわる直前に、自分の身体と見分けがつかない儀体をもう一度見降ろした。
「この儀体には世話になったな。ありがとさん」
「レオン、そのありがとうは私に対して言うべきです。さあもう一度」
あきれ顔のまま首を巡らし、ジト目でアリスを見た。
「……ありがとう」
もう、早いとこ元の身体に戻りたい。
なんとなくアリスに対して失礼かとも思うので言葉にせずにいたのだが、正直言って生身の身体が恋しかった。
身体を横たえると手足をまっすぐに伸ばし、顔は正面を向いた。蓋が覆いかぶさりすぐ目の前に止まる。タンクベッドの中で目を閉じるとすぐにレオンの意識は遠ざかり、そのままどこまでも深く、眠りに落ちた。
アリスの儀体が「提供する体温」は36.5度となっています。
これが人類の平均値の下限だとか。
指先は割と冷たい、とかも設定できるそうです。意味深




