36.思い出補正
思い出には勝てない、なんて言われたりします。
思い出にもよりますけど
メルファリアとマイケル・リーとの出会いは、ある意味では運命だったのかもしれない。
幼いメルファリアは、遊んでくれた男の子に対し覚えたての言葉で好意を示し、そんな娘可愛さに両親は娘の意向を何よりも尊重すると言ったのだ。男の子が何と言い、女の子が何と返したのかははっきりしないし、それ以来二人は会った事もないのだが、マイケルとメルファリアは婚約を交わしたとリー家は伝えている。
ランツフォート家の現当主、メルファリアの父はとにかく娘の意思を尊重する、としか言わないのだ。運命といっても様々あり、彼女の人生は序盤から波乱含みだったわけだ。
やがて成長した彼女は、婚約という言葉の重みを認識し、十年以上も会ったことのない婚約者を名乗る男の事が気になり始める。そんな時にふとしたことから知り合ったのが、女性がリーダーを務めるデータマイナーのスピンクスである。リーダーはエマリー・グリーンウェルという肉感的な美女で、スピンクスというのは彼女たちの乗る宇宙船の名でもあった。
マイケル・リーに関する通り一遍の身辺調査メニューを依頼したメルファリアにもたらされたのは、彼の華麗なる経歴と、メルファリアのやや不確かな記憶とは似ても似つかぬ彼の容姿だった。髪の毛の色も、瞳の色も、肌の色さえも微かな思い出とは違っていた。
世の中には様々な理由で容姿を変えようとする者がおり、それを否定するつもりは毛頭ないが、あまりに自分の持っていたイメージと違い過ぎて、メルファリアは違和感を感じてしまったのだ。
なんといっても、自分の婚約者を名乗る人物なのだから。
彼女はまず、その他の他愛もない調査をスピンクスに依頼した。スピンクスのもたらす情報の信憑性を確かめたかったからだ。そうして幾つかのやり取りの後、信頼に足る情報源だと認めたうえで、マイケル・リーに関する継続的で本格的な調査を再度依頼した。
依頼をするにあたっては葛藤もあった。人を疑うような真似だとも感じたからだ。しかし、やはり確かめずにはいられなかった。違和感を抱いたままで状況に流されるというのは、彼女の思うところではなかったのだ。
そんな行動にまるで呼応するように、相前後してマイケル・リーからの手紙をメルファリアは受け取った。
その手紙には、彼からの愛情表現が溢れんばかりに綴られており、沸き起こるこそばゆい感覚は彼女にとって新鮮ではあったが、むしろ言葉が美麗に過ぎて他人事のようにも感じられ、あまり心を動かされなかった。
あまり心を動かされなかったからこそ彼女は悩み、悩んだ彼女は曖昧な返事をして惑星ノアへと向かった。どうしたらいいかと、どうしたいか、を静かに考え直すために。
大いなる自然ばかりがある開拓途上惑星ノアで、彼女はスピンクスからの中間報告と、マイケル・リーからの再びの手紙をほぼ同時に受け取った。これは単にノアへ寄港する船便が少ないからという事もあるのだが――。
その手紙の中でマイケルからは熱烈なラブコールと、迎えに出向きたい旨を申し出られたが、一方スピンクスのもたらした中間報告には、彼の経歴に不審な点が多くあることが述べられていた。
さらに深入りして調査するために以後の報告がやや遅くなることとなり、メルファリアはこの娯楽の乏しい星で当初の思惑よりもかなり多くの時間を得た。そしてそこで彼女は、過去にノアの開発を始めたクレイオ博士が残そうとしたものに気が付いたのだ。
それから程なくして郵便局員だったレオンとの出会いがあった訳だが、今こうしてスピンクスからの最終報告を得た彼女は、婚約破棄の意思を明確に固めるに至った。
そもそも婚約というのも明確な意思ではなかったわけだが、それを言い出しても仕方あるまい。親は娘次第だと言っているのであるし、改めて明確に意思を示すべきだろう。
もともと彼女なりに人類へ貢献する道を模索していたという事もあるし、どうやら「彼」は、人生を共に過ごそうとするにはあまりに考え方が違い過ぎるのだろうと思われる。
「お会いすることは伝えてありますから、そこで直接お話ししましょう。私は結婚はしないということを」
ランデブーの後、別行動ではあるがスピンクスもまた、惑星セヴォールのあるチェリルジュ星系を目指していた。それは、レオンから指摘された情報漏洩疑いの件を、詳しく調査するためである。
自らの過去の航跡を遡って辿りつつ、過去に発信された情報を捕捉して、更にそれが何に使われたのかを追ってゆくのだ。光を超えての移動を可能にした、インフレータフライトを行える星系間航行船ならではの情報の集め方である。
困難な分析を要求されるような案件ではないので、おそらくはメルファリア一行がセヴォールからの帰途にある間に、どこかでまた会えるであろうと思われた。
「あんた達の帰り道に調査結果の報告ができるといいんだけどねえ。今の段階では確約はできないかなあ。ごめんね」
エマリーはそれでも申し訳なさそうに、レオンにだけそう伝えてきた。
「既に賊は成敗しましたからね、リスクは排除済みです。急かすことはしませんよ」
レオンはそう返答したが、エマリーはデータマイナーとしての信用以上に、自分達の存立に関わる喫緊の課題だと捉えているようだった。仮に自分達がいま何を調査していてどこに居るかが意に反して外部に漏れているとするならば、それはデータマイナーとして致命的であろうし、事によってはメンバー全体を危険に晒すことにもなるかもしれない。
「可及的速やかに報告しようと思っているから、今後ともよろしくね」
レオンは有力なデータマイナーとの繋がりできて良かったなと素直に喜んでいたのだが、案外喜んだのはスピンクスの方かも知れず、ピンチをチャンスに変えることができたと胸を撫で下ろしているのではないか、とアリスは考えていた。
考えたが、アリスにとっては優先順位の低い事柄であったので捨て置いた。海賊の脅威を退けた今、アリスにとっての懸案事項はまずレオンの身体の修復である。幸いにも、レオンの傷はナイフによる刺突傷であり傷口自体は小さかった。内臓と動脈を傷つけたために出血は大量であったが、身体の物理的な修復は比較的容易な状況だった。
「鈍器などによる挫滅でなくて幸いでした」
これまでレオンのバイオデータは常にアリスがテレメトリー収集していて様々なデータが蓄積されており、医療修復プログラムは効率的に組み立てることができている。若い健康体でもあるからか、レオンの回復速度はMAYAの予測を超えて早く、皆を驚かせた。
「どのパラメータがどれだけ影響しているのか、色々試してみてもいいですか?」
「だめ。さっさと直してくれよ。可及的速やかに。ASAPで」
試してみたいと考えたのがMAYAなのかアリスなのかわからないが、とにかくレオンとしては遅延行為は許可したくなかったので、きっぱりと断った。
「残念です」
そういうアリスは、本当に心底残念そうだったが、レオンはやはり断った。
メディカルタンクで医療修復プログラムを実施しながら、違和感のないほど精緻に調整された儀体を使用して普段通りの生活を送ることが回復速度の向上に寄与している可能性をMAYAは検討していたが、その事についてはアリスは全く言及しなかった。できるだけ普段通りに過ごしてもらうことが肝要だと判断したからだ。
アリスの当面の使命は、そのことに気付かれないように、レオンに出来るだけ普段通りに活動してもらう事であり、レオンという個体の情報をできるだけ多く得るために出来ることは何かを考える事であった。
そういえばレオンはまだ儀体でした。




