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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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35.兄への手紙

インターミッション、って感じです。

 現代において、手紙とはほぼ全て電子的なものである。

 幾らかの例外はあるにせよ、一般的なUN市民であれば自分専用のアドレスが出生と同時に付与され、手紙データは自分の体内バイオメモリに蓄積される。税金を支払う成人市民であるか、もしくは成人市民に扶養される立場にある者であれば、個人専用のデータストレージもユニバーサル・ネット上に所有する。厳重に確保しておきたい手紙やデータは、そちらに保管することも可能だ。


 だから、便箋などを用い、手書きした手紙などは今や儀式的なものか或いは趣味人の道楽の一つでしかない。宇宙空間をまたいで現物を運ぶのはコストが嵩むうえ、データと比較すると到着までにかかる日数も遥かに多いからだ。


 今回の顛末などをしたためて、メルファリアが長兄に宛てて送った手紙も電子郵便だ。この手紙はアストレイアから発せられてザルドス宇宙港を発ったばかりの船に拾われ、百光年以上も先の別の星系でまたほかの船に乗り移り、同じような事を何度か繰り返したのちに惑星トーラスにたどり着いた。


 そのトーラスの、ランツフォートの御城と言われる壮麗な屋敷の一室で、メルファリアの長兄グラハムが、いつになく食い入るようにハンディ端末を覗き込んでいる。管掌する事業領域の年次報告ですらそこまで入れ込むこともないというのに、妹からの手紙だけは彼にとって一層格別のようだった。


 そんな主の姿を見て強面を綻ばせ、クーゲル・バレットが茶をテーブルに置きつつ声を掛けた。

「メルファリア様はお元気ですか?」

「む、なんだクーゲル、メルファリアがどうかしたというのか?」

「グラハム様がそれほど嬉しそうにする理由を、私は一つしか知りませんな」


 一つしか、とは言い過ぎだが、とぼけようとするグラハムもグラハムである。

「ははは、すまない。クーゲルにはごまかしが効かんなぁ」

「恐れ入ります。で、お元気そうですか?」


 要するに、クーゲルもメルファリアのことが気になって仕方がないのだ。

「ああ、大丈夫だそうだ」

「ほう、大丈夫とはまた、不穏当な言葉ですな」


 クーゲルにはやはり、ごまかしは効かない。

「うん。例のアシッドクロウとか言う海賊に、また襲われたそうだよ」

「なんと!!」

 くわっ、と目を見開いてクーゲルはグラハムを見返した。


「クーゲル、声が大きいよ」

「……申し訳ありません」

 大丈夫だとは聞いたが、それでも、その先を問い質さないわけにはいかない。


 読み終えるのを待つと、グラハムは自ら内容を要約してクーゲルに伝えた。

「海賊は、船ごと恒星に落ちたそうだ。もうゾンビにもなれんな」

「それは安心しました」


「レオン君は重傷だが、命に別状はなく、傷や後遺症なども残らないそうだ」

「そうですか。彼は何とか、役目を果たしたのですな」


 グラハムが、にやりと笑ってクーゲルに問いかける。

「及第点はあげられそうか?」

「ぎりぎりですが」

「はっは、クーゲルの採点は相変わらず厳しいね」

 そう言って、グラハムは上品な香りをゆっくりと深く吸い込んだ。機嫌のいい証拠だ。


 傍らに立ったままであったクーゲルに、席に座るよう促す。より機密度の高い話をしようとするときの、合図のようなものだ。クーゲルは向かい合った椅子に腰を下ろし、彼の方から話を振った。

「しかし、立ち寄った地上の街で因縁の海賊に出くわすとは、運が良いのか悪いのか」


「そこなのだがな、クーゲル。杞憂であればよいと思うのだが、このスピンクスというデータマイナーの事を調べてもらいたい」

 どうやら、グラハム兄様も、レオンと同じような事を考えたようだ。

「裏で糸を引いている可能性が? ……承知しました」


「それから、マイケル・リーの件だが」

「はい」

「件の海賊を差し向けた、という証拠を掴んだそうだ」

「やはり。……こちらでの調査とも符合しますな」

 二人の表情が俄かに険しくなった。


「わが愛しの妹に危害を加えようとするとはな。到底許しがたいが、この事はまだ、ラリーには決して伝わらぬように」

「ローレンス様には、ですか。はい、わかりました」

「かの星を、つい()()()()滅ぼしてしまいかねないからな」

「あり得なくは、ないですな」

 二人はゆっくりと頷きあった。


「この私がなんとか我慢しているのだ、奴に暴走されては意味がなくなる」

「冗談では済まされませんな。肝に銘じます」


 グラハムの弟、ローレンス・ジェラルド・ランツフォートは、ランツフォート宇宙軍総司令官の地位にいる。豪放磊落との評判だが、妹のメルファリアにだけは滅法弱い。つまり、兄は二人ともシスコンなのだ。それを知っていても、そんな事を実際に口にする輩は一人も存在しないが。


「もう今頃には、メルファリア達はセヴォールに着く頃なのかな。トラブルにならなければ良いのだがな」

 今から何かを伝えようと手紙を出しても、それが届くよりもはるかに早く、メルファリア達は惑星セヴォールに着いてしまう。つつがなく用事を済ませて帰路に就けることを願う他はない。

「メルファリア様は明晰な方です。それから、なんと言いますか、グラハム様に似ていると思いますね」

 ボスを安心させる為に、というよりも、クーゲルは本心からそう言った。


 そして更にこう付け加えた。

「私が見るに、ローレンス様も、グラハム様やメルファリア様と、似ておられると思うのですよ」

「はっはっは、そうか。嬉しいな」

 グラハム・ランツフォートは、いつになく上機嫌であった。

手紙は、テキストデータばかりでなく、手書きのデータ化を送ることもあります。

美しい文字や文章には、やはり価値が認められています。

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