31.騙し合い
星系にとって、主星(恒星)とは圧倒的存在の質量です。
星系に属する彗星ではなく、星系外から飛んできて、うまい具合に主星を掠めてまた星系外に飛び出すなんて、偶然にしては出来過ぎでは?なんて思っちゃいます。
オウムアムアとか。
プロミオンのブリッジでは、またしても送り付けられてきたガストンからの音声を、無視するわけにもいかず再生していた。
「……だそうです」
やれやれ、とジェスチャーするアリスが不機嫌そうな顔をレオンに向けた。
レオンも、同じように不機嫌そうな顔をしている。
「証言が得られたね。……カタルシスは無いけども」
ふう、と一つため息をついて、レオンは同じ事をもう一度アリスに問いかけた。
「それにしても、奴らはどうやって逃げるつもりだ……」
「敵艦の状況に変化が見られます」
その言葉にレオンは自分のセリフを切った。アリスからの次の言葉を待つ。
「これは?……、状況の解析に少し時間を頂きます」
「わかった。解析して」
静かに待つことおよそ一分間。アリスは微動だにしなかった。
「敵艦はどうやら今、またシステムの復旧作業中のようですが……」
「ですが?」
そう言って先を促す。
「はい。ですが、既にリアクタが停止しています。復旧の見込みは、ありませんね」
宇宙船が宇宙空間を航行中に、エネルギーの源泉たるバニシングリアクタを停止することはまず有り得ない。航空機がその飛行中にエンジンを止めないのと同じように。バッテリーのみではベクターコイルを満足に動かすことなどできず、つまり止まることもできなくなるからだ。
「感知した爆発の大きさから、基幹部分に被害が出ていると思います」
「なんで、そうなった?」
「理由・原因に関しては解析途中ですが、恐らく軍用艦艇特有の、自爆機能のようなものが実行されたようです」
「自爆? 敵に情報を渡さないための?」
「自爆と言いましても、あれだけの規模の物体を証拠隠滅するのは大変ですから、データと重要部分のみを隠滅するのです」
レオンは少し考えた。アリスはその様子を黙って見ている。
「ああそうか、奥の手ってことか。『最後の手段』とか偽って、ガストンには自爆ボタンを教えたんだ」
「MAYAも、その可能性を推しています」
「……奴らはそれぞれに、騙し合いをやっているんだな」
ガストンも大概だが、その雇い主もまた、悪辣だ。
悪辣な雇い主とはつまり、マイケル・リー。わが愛しのご主人様であるメルファリア嬢の、婚約者だ。今のところは。
沸々と怒りが込み上げてきたレオンは、ガストンに意地悪な言葉を投げ返すことにした。あわよくば、もう少し情報を得られるかもしれない。
もう、通信できない状態かもしれないけどね。
「ガストン、どうやらお前達は雇い主に騙されたようだな。海賊のくせに情けない。まあ、お嬢様の拉致に成功したとしても、悪役に仕立て上げられて成敗される役回りだったようだけどな。このボーテック星系で。」
確たる証拠はない。だが、様々な状況証拠がそれを示していた。メルファリアを拉致した後、ガストンがこの星系で依頼主に彼女を引き渡す手はずになっていたであろう事を。大きな理由の一つはメルファリア達がこの星でスピンクスと落ち合おうとしたことと同様、セヴォールへの航程のちょうど真ん中に位置しているからだ。
レオンは続けて更に音声を送りつけた。
「太陽に沈む前にひとつ教えてもらおう。お前達の他にも、お嬢様を狙う輩はいるのか? 教えてくれれば……」
そこで音声を切った。
◆
宇宙船において、何らかのトラブルによって動力を失った場合、予備バッテリーで稼働させるのは限られた区画内の生命維持機構と、通信機能である。システム消失によって漂流状態にある偽カムナンサン号においても、バッテリーに切り替わってから通信機能が一部回復していた。非常灯が灯るだけの薄暗いブリッジの中で、レオンの音声がいやにはっきりと再生された。
声が途切れた後はしかし、誰も黙ったままだった。
予備のバッテリーでも生命維持機構はまだ当分働いてくれるはずなのだが、いやに暑い。あらゆるものが停止し、このブリッジ内にあって発熱するのは、もはや人間だけだというのに。パニックに陥った乗組員の一人をガストンは撃ち殺していた。だから発熱体は一人減っている。
「どこまで知ってやがるんだアイツら……くそっ!」
ガストン以外は、みな努めて無言のままだ。
額の汗をぬぐって、ガストンが小さなマイクを掴んだ。
「救助を乞う。救助を乞う。……船乗りなら、助けてくれ」
一旦マイクを口から離す。
その手にもじっとりと汗がにじむ。いまや冷や汗と脂汗もが綯い交ぜになっている。
数秒と持たず、沈黙に耐え切れなくなったガストンは、再びマイクに口を近づけた。
「サポートメンバーは他にもいるが、実行部隊は俺達だけだ。これは本当だ。この船はまだ一隻しか無えからな。俺達はもう、あんた達のことは狙わねえ。……だから、助けてくれ」
しゃべれる事はまだあったが、ガストンは一旦言葉を区切り、もう一度額の汗をぬぐった。
◆
プロミオンのブリッジで再び聞いたガストンの声は、解像度が低く、くぐもって聞こえた。所どころにノイズが乗り、録音環境が思わしくないことを感じさせた。
「他にはいない、か。よし、離脱しよう」
「証言が得られて、良かったですね」
敵艦を追いかけて太陽に向かっていたプロミオンは反転し、出力最大で減速する。ここはもう第一惑星の公転軌道付近であり、プロミオンにおいても太陽に向いた面はかなり熱せられていて、熱処理機構はフル回転していた。
きちんと伝わるかどうかは怪しいが、礼だけは言っておこうとレオンは思った。
「証言ありがとう。そして、さようなら。その船はもう、太陽に引かれて落ちるしかない。残り少ない時間で、懺悔でもするんだな」
そもそも、もうあの船に近づくことは事実上不可能だ。だから助けることはできない。音声は送ったが、返事はもう期待できないし、聞こうとも思わない。レオンは通信の終了をアリスに指示した。
偽カムナンサン号は、徐々に恒星の重力に引かれており、もはや掠めて通り過ぎることは出来ない。いずれフレアに焼かれてしまうことはもう避けられないのだ。
武士の情けとしてせめて苦しまないように、とどめを刺してあげることくらいは出来なくもないのだが、そんな気にもなれない。
「俺は博愛主義者でもないし、正義の味方でもないからな……」
言うなれば、メルファリアさんの味方、かな。
「レオンには、なるべく、正義の味方に近い存在であっては欲しいのですけれども」
レオンの独り言に合わせるように、アリスが余計な事を言う。
「まあ、なるべく、な。できる範囲で。ほどほどに」
「どんどん矮小になっていきますね……」
そんな言葉をレオンは聞き流し、事の顛末をメルファリアに報告した。
不快で下品な部分を切り取り、ガストンの残した重要な証言を示したうえで、MAYAで組み立てた推論を提示し、レオンが時折補足の説明を挟んだ。最後には救助の要請をしてきた海賊どもを無視し、恒星への落下軌道に至るまで観測し続けたことを付け加えた。
説明を終えたレオンは憮然とした様子で、聞いていたメルファリアはうつむき加減のままになってしまった。少し続いた沈黙を破ったのは、リサの強い口調だった。
「残酷な最後に見えるかもしれませんが、彼らに対して同情の余地はありませんよ」
レオンも頷く。
「……たしかに、そうですね。騎士レオン、よくやってくれました。これで私も、安心して眠ることができそうです」
「はい」
「取り逃がしてしまわずに良かったと思います」
と、アリスが付け加えた。
この時レオンは、メルファリアには安心して眠ってほしい、と心から思った。
人類にとって、数千年後でも「ヒーロー」の定義は変わらないでしょうか。
わたし気になります。




