表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
31/64

30.バーストモード

案の定、です。

 ガストンは、またしてもキャプテンシートの肘掛けに拳を叩きつけた。今はカムナンサン号に偽装しているステルス試作艦のブリッジで、システムダウンからのリカバリで手下どもが右往左往しているのを眺めているところだ。


「くそったれが! もう一隻居やがったのか? なぜ気付かなかった!」

 偽カムナンサン号は新たに現れた敵艦、つまりアストレイアの攻撃により大きな被害を被った。この船のエネルギーの源泉たるバニシングリアクタは無事だが、推進機であるメインコイルの一つが直撃により損壊した。ついでにもう一つも破損して動かなくなってしまった。


彼我の軌道からこれ以上の追撃を受けることはないと思われるが、その攻撃をきっかけにシステムが不調をきたしてしまい、今はその復旧に奔走している有様だ。


「状況は!」

「隔壁は閉鎖したから漏れはもう止まる。ダメージコントロールは進めているが、右のメインコイルは今はダメだ」


 推進力を生む四基の主ベクターコイルのうち、右舷側の二機が駄目だという。それではバランスを欠くので、大きな加速力は出せないことになる。

「とにかく今は、システムのリカバリが最優先だ」

「リブートしてもよ、太陽でフライバイするには推力が足りねえぜ」


「畜生っ、やりやがったな、あいつら! いつか必ず、借りは返してやる!」

 危機的な状況であったが、ガストンの思考はこの危機を脱した後に向いていた。今まではいつだって、どんな危機だって脱してきたからだ。そういった面で、この男は自分を信じて疑わない。


「おい! 通信が来てるぜ!?」

「なんだと?」

 プロミオンとはリアルタイムで会話ができる距離ではないから、返信要請付きの音声ファイルが送られてきたのだ。


『こちらレオンだ。ガストン、もう逃げられないぜ、観念しろ。なにしろ、俺は不死身だからな』

 レオンという、あのへなちょこ騎士の声だ。やはりというか、残念ながら死んではいなかったようだ。その、主導権を握っていることを暗に主張する言い方にガストンはかっとなった。


「ぁあ? ふざけんじゃねえよ。もうお前らの攻撃は俺には届かねえ。それよりもだ」

 一呼吸おいて、ガストンは更に言葉を吐いた。

「お前らの顔はしっかり覚えたからな。へっへっへ、いつか必ず、嬲りものにしてやるからよ! 特にランツフォートのおじょうさ~ん。首を洗ってじゃなくて、身体を磨いて待ってろよ?」


 ◆


 プロミオンのブリッジでその音声を聞いたレオンは、思わず大声で悪態をつきそうになり、慌てて袖を噛んで自分の口を塞いだ。すると、続けて更にガストンから音声が届いた。情報を得るためだ、聞かないわけにもいかない。


『仕事なんざもう関係ねえ。さんざんコケにされたこの恨み、いずれ晴らしてやる。お前ら全員、安心して眠れる日はねえと思え』

 そのあとに、引きつった笑い声が聞こえてきた。


 完全に逆恨みじゃないか。怒鳴ってしまいそうになる自分を何とか抑え、レオンは探りを入れることにした。

「その船はもう、加速できないだろう。お前の知っている情報を差し出せば、酌量を考えない事もないぞ。例えばその船はどうやって手に入れた? お前のクライアントは誰だ?」


 承認欲求のようなものか、ガストンがしゃべりたがりなことは解ったが、素直にこちらの知りたいことを口に出すかどうかはまだ分からない。反発するか怒りだすか、もしくは黙り込むか、どんな反応が返ってくるかと予想していると、割とすぐに次の音声が届いた。


『はっ、悪いがそんな心配はいらねえぜ? リカバリ次第こっからガツンと加速して、ひとまずはサヨナラだ。いずれそのうち借りを返してやるからよ? 今か今かと毎日楽しみに待ってろよ。ぐっははは』

 これから毎日怯えて暮らせ、とそう言っているわけだ。


 その言葉には腹が立つが、この調子でしゃべらせ続けるのも一つの手か。どういう言葉で先を促そうかと顎に手をやると、アリスが敵艦の新たな動きを捉えた。

「システムの復旧が完了したようですね」

「そんな事までわかるのか?」


 今の敵艦偽カムナンサン号は、ラーグリフから見れば丸裸も同然だ。しかも先ほどリカバリ中だと自供した。観察できる様々な反応がリカバリプロセスの流れだと分かったことで、敵艦の搭載システムを推測できる。フォースター重工が建造する軍用艦艇で現行の巡航艦クラスとわかれば、搭載されているシステムのバージョンまでもが推測できてしまう。


「敵艦はやはりメインベクターコイル四機のうち半数の二機が使えない状態です。これでどうやって大きく加速するのかは不明ですね」


 アストレイアからの攻撃は、確かに敵艦に損害を与えており、その損傷度合いも大きい。だからガストンの言葉はハッタリである可能性も大きいが、ハッタリを言い出す理由はちょっと見当たらない。敵艦の機能と性能をかなりの部分まで解析したMAYAにも、そこは推測ができていないのだ。

「いったい、どんな手があるって言うんだ……」


 ◆


 音声を矢継ぎ早に送り付けたガストンは、キャプテンシートにどかっと座り直した。

「ちっとばかし、スッキリしたぜ」


 この船を動かすための各種システムはほぼ復旧した。だが肝心の主推進機の破損が直ったわけではない。ガストンの口上を聞いていたブリッジ要員らが指示を求める。

「で、どうするんだガストン?」


「あわてんな。実はこの船にはな、奥の手があるンだよ」

 ぎょろりと周りを睨めつけながら、ガストンはわざとらしくゆっくりと言って聞かせた。そして、キャプテンシートのアームレスト部分の中から、一枚の樹脂製カードを取り出す。

「ん? なんだそりゃ、カードキーか?」

「おうよ」


 見た目はよくあるカードキーのタイプで、銀色一色のカードには短辺の端に小さな矢印が黒く描かれているのみ。これ見よがしにカードをひらひらとさせながら、ガストンは得意げにその正体を明かした。

「これはな、この船を借り受ける時に一緒にいただいた、バーストモードの為のキーなんだよ。これを使うとな、この船の出力をなんと最大二倍にまで引き上げられるのさ。……ずっとは使えねえけどな」


「バーストモード……なんだかスゲえ」

「リミッターの解除キーか? 二倍出せれば、確かに推力が足りるな」

 流石はガストンだ、とこの場の皆がそう思った。そしてガストンもそれを肌で感じる。


「そうすりゃ最初の予定通り、恒星を掠めて更に加速して、この星系とはオサラバだ! だからフライトプランは変えねえ」


 この艦は機密の塊だ。他者には絶対に渡せない。それに戦闘データは何としても回収したい。だがバーストモードは艦に大きく無理をさせることになる。だから、どうしても困った時にだけこれを使うようにと、偉そうな依頼主からは言い渡されている。

「あいつはいけすかねえが、この船は嫌いじゃねえ。だからよぅ、このままこの船を頂いちまおうぜ……」


 依頼主との決別を静かに宣言して、ガストンはカードキーをゆっくりと差し込んだ。すると目の前の小さな画面にはパスワードを求めるメッセージが現れる。UNによる個体認証でなければ指紋でも虹彩でも、音声入力による音紋認証でもない。キーボードからの手入力によるパスワードの確認だ。


「めんどくせえが、まあ、それが必要なんだろうな」

 ”バーストモードを発動しますか? ” そう、画面には表示されていた。


「んじゃあ最後にもう一つ、言っておくか」

 ガストンは上機嫌で、追っ手に対して音声を送り付けることにした。


「俺らはこの船ごと姿を消す。次に会うときは、それがお前らの最後だからな。だからもう関係ねえから言っておくけどよぉ、お嬢様を攫って来いって言ったのは、フォースター重工の御曹司だぜ? ……ククク、ひでえ婚約者もいたもんだよなあ、そう思うだろぉ? ビックリしたか? だからよお、なんだったらランツフォートとフォースターでやり合えよ、派手にな。面白そうだから。……じゃあ()()()、おじょうさぁん」


 諍いが起これば自分たちは動きやすくなる。巨大な勢力同士が争って混乱が生じれば、自分たちには様々なチャンスが訪れるだろう。自分たちのために、ガストンはとっておきの秘密を漏らしたのだ。ついでに奴らを驚かせることができれば、この上ない。


 満面の笑みで喋ったあと、ガストンはパスワードを入力した。

 入力すると再度の確認を促され、ちっ、と舌打ちしながらガストンは実行を打鍵した。

 もう一度の確認は促されず画面は切り替わり、こう表示された。

「バニッシュメントシークエンス」


 表示されている時間は短かったが、読み取るには充分な長さだった。にもかかわらず、ガストンには意味が伝わらなかった。

「ん? なんだ?」


 まず、船を機能させるための各種システムのインターフェースがロックされ、入力を受け付けなくなった。音声インターフェースAIも沈黙し、その代わり幾つかの画面に見慣れぬコメント枠と進捗状況らしきものが示された。


 見慣れないのも無理はない。それは消去手順の進捗状況で、恐らくは、二度と見ることのない類のものだからだ。ユニバーサルネット・データが消え、航跡データが消え、航行システムそのものが消去されてシャットダウンした。貴重なはずの戦況・戦績データが消去され、射撃管制システム、戦術判断システム、等が次々と消されてゆく。


「な、なんだ、どうなっている?」

「ハッキングか!?」


 ずずん、と船全体を揺らす嫌な振動が伝わってきた。本来ならアラートが鳴り破損状況などを最優先で報告してくるものだが、それもない。少しだけ遅れて全ての照明が消えたブリッジでは確認しようもなかったが、バニシングリアクタに付随するジェネレータに、急激に過大な負荷が加わり破裂損壊した結果だった。


 ブリッジでは程なく予備バッテリーに切り替わり非常灯が灯ったが、船を動かす各システムは、相変わらず沈黙したままだ。

「なんじゃこりゃあぁぁ!?」


なんじゃこりゃああ、というセリフに著作権はないと思うので……


ないよね?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ