2.愛憎の縺れ的な何か
レギュラーメンバーが増えます。
国際郵便船リーリス104の乗員であったレオン・ウィリアムズ航海士補は、いまや名門ランツフォート家の護衛役「騎士」にして護衛艦プロミオンの艦長である。おまけに美貌の副官(人工物)まで付いている。たいそう出世したものだ。
ただし、当のレオンは護身用拳銃すらうまく使えるか自信がない、という体たらく。フィジカルな強さを評価されたわけではないとはいえ、今後も全く求められないというわけではないであろうから、トレーニングや種々の訓練なども彼の責務となる事だろう。
あの新しい船にも、トレーニングルームはあるのだろうか? 流線型の船体を眺めつつ、レオンはぼんやりとそんなことを思った。アストレイアの船体は、ちょうどプロミオンと同程度の大きさである。
戦闘艦艇然としたプロミオンに比べると、アストレイアは艦砲などの武装が目立たず内宇宙クルーザーか遊覧客船のような外観をしている。また、外観だけでなく内装もVIPを迎えるのに相応しく調度が整えられており、プロミオンほどの防御装甲でないにもかかわらず、その全備重量はプロミオンよりも重い。
そして、それでもなお高機動高加速力を得んが為に推進機構を贅沢に配しているため、トレードオフとして燃費が悪い。ジェネレータやベクターコイルの保安部品、冷却溶媒や消耗ケミカルなどの交換サイクルは、プロミオンよりもだいぶ短いようだ。
もちろんこんな情報は公開されておらず、あとでアリスから内緒で教えてもらった事柄である。
メルファリア一行は、デニス船長に案内されてアストレイアに乗り込んだ。柔らかなクリーム色と明るめの木目調度が多めに使われた船内は、テクノロジーがうまく隠蔽されて落ち着いた雰囲気に統一されている。一般的によく知られているような豪華客船風の華美さはなく、外観の先進性とは大きなギャップがあった。
当然と言えば当然だが、純粋な戦闘艦に近いプロミオンとは大きくかけ離れた佇まいだ。グラハムの船であるスレイプニール号と比べてもより明るい色調とシンプルな内装で、それがメルファリアの嗜好であるようだった。
「落ち着いた内装ですね。なんとなく、温かみを感じるような」
レオンの口にした感想は、相変わらずひねりのない素直なものだ。単に表現力や語彙が充足していないからなのだが、それでも、そんな言い方がメルファリアは嫌いではなかった。
「温かみ、を感じて頂けましたか。……良かった」
レオンのすぐ前を歩くメルファリアは、足を止めずに少しだけ振り向いて応じると、頬を緩ませたまま前に向き直ってそのまま歩いていった。かわりにアリスがレオンに近づいて、そっと耳打ちする。
「目に見える範囲のかなりの部分に天然素材が使われていますね。印象は質素ですが、相当高価な素材がふんだんに使用されていますよ」
「だろうね。汚さないように気をつけなくちゃな」
主要部分を紹介された後、一行はラウンジに案内された。スレイプニール号もそうだったが、長い航海の間にはよく使われることになる空間である。ここも他の部分同様、明るめの色調の木製家具調度類が多く配されていた。
そしてそこには、フリルの付いた懐古調の給仕服を着た女の子が一人。
メイドさん?
「メルファリア様! お久しぶりです!」
声と共に、たたたと近づいてきた小柄な女の子が、勢いそのままにメルファリアに抱きついた。
ぽふっ、っとユルい音がしたと思う。
メルファリアは驚いたが、それは一瞬だけだ。
「まあ、リサじゃない。久しぶりね。」
「はい。メルファリア様!」
リサ、と呼ばれた給仕姿の女の子は、抱擁を解きざまメルファリアの両手をぎゅっと握り締めた。
「海賊に襲われたとお聞きしました。私は、とても驚きました。そして、心配で胸が張り裂けそうでした。ですが、程無く賊は撃退されたとか。ではすぐに駆け付けてお慰め申し上げようとしましたが……」
「落ち着いて、リサ」
メルファリアは、リサに顔をぐっと近づけて微笑んだ。
「……はい、メルファリア様」
ぽっ。みるみる頬が赤く染まった。
「リサ、心配してくれてありがとう。私は大丈夫よ。それよりも、リサが此処にいるという事は、これから一緒に来てくれる、という事ね?」
「はい。無理矢理に学習カリキュラムを詰め込んでもらって、ちゃんと卒業しました!」
小柄な女の子は、溌溂と宣言した。
「無理矢理? ……頑張りましたね。リサが一緒に来てくれるなんて、嬉しいわ」
「私も嬉しいです!」
両手を握りしめられたまま、メルファリアが顔をレオンに向けた。
「レオン、紹介します。この子はリサ・フジタニ。わたくしの友人で、私の身の回りの世話をお願いすることになります」
そう言うと今度は目の前のリサに顔を戻した。
「リサ、その例の海賊を撃退してくれたのが、こちらにいらっしゃるレオンです」
相変わらず両手を握り締められたままのメルファリアが、再びレオンを見た。
しばらく蚊帳の外に置かれていたレオン達に、視線が集まる。
「レオンは私の騎士として警護役を務めて頂きます。それから、隣の女性が副官のアリスさんです」
リサの視線がじっとレオンを見つめる。そしてちらりとアリスを見た。ほんの3秒ほど、言葉のない時間が流れた。
「そんなことよりメルファリア様! わたしバレット様から美味しいお茶の淹れ方を詳しく教わりましたの。今からお淹れ致しますわ、さあこちらへどうぞ!」
そう言って、リサは半ば強引にメルファリアの両手を引っ張っていく。あまりの強引さにメルファリアも両手を握られたまま引きずられてゆく。
「あ、あの、リサ?」
行き先のテーブルにはたしかに、二人分のティータイムの用意がしてあるようだ。
二人分の用意しかしていなかった、とも言う。
「なんかあの子、怖い目をしていたような……」
両手を掴んで強引に連れて行かれるメルファリアが十分に遠ざかったところで、レオンはつい、普通の声量で独り言を言ってしまった。
「そんなことより、って言われましたね」
アリスがいつも通り冷静に言葉を口にする。
「そこ改まって言わないでくれる? 凹むよ」
苦笑いのレオンに対して、アリスがふと思い出したように見つめて問う。
「レオン、過去にリサさんと何かありましたか? 愛憎の縺れ的な」
「なにを言うんだコラ。初めて会ったばかりだし、まだ挨拶すらまともにはできていないぞ」
「そうですか」
アリスは思案顔だ。その裏では膨大なデータから様々な可能性を抽出している事だろう。銀河中に散らばる莫大なデータの中から意味のある情報を紡ぐ、データマイニングに関してMAYAは相当な能力を持つ。もしかしたら、もう既にリサと呼ばれた女の子の、あの態度の理由も見当がついているかもしれない。もっとも、本当のところをレオンに教えてくれるかどうかは分からないが……。
アリスのような存在があっても、リサのような存在も必要とされています。
人であることに価値があります。




