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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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28.口の悪い輩に鉄槌を(2)

この時代、データドリブンという言葉は、常識的すぎて死語です。


 レオンはプロミオンの加速を緩めない。ほとんど望みがないと分かりつつも追いかけることを諦めきれない、というシナリオを実践するために。


 敵艦はまだプロミオンの動静を逐一観測しているのだろうから、こちらが加速を緩めない限り、無視をすることなどできよう筈がない。こちらの能力のすべてを知っているわけでなないのだから、ずる賢い奴なら尚更そうだろう。


 プロミオンはまっすぐ敵艦に向けて最大限の加速を続ける。それは一目瞭然に敵艦のガストンに伝わるだろう。そしてラーグリフは断続的にアクティブスキャンを実施し続ける。それにより敵艦のプロファイル情報は確実に積み上がり、なおかつ幾らかの目くらまし効果を上げるだろう。接近するアストレイアを、できるだけ隠しておくために。


「アリス、アストレイアの精密射撃のサポートはできるかな?」

「可能です。ラーグリフともリンクして、アストレイアにデータを供給しますね」


 アストレイアに対し一千万キロ程度まで近づいていたラーグリフが、アストレイアと緊密にリンクする。ラーグリフも生い立ちは軍用艦艇であり、機密事項ではあるが同じ造船企業によるものだ。メタデータのフォーマットは一致しており、MAYAの補佐もあって戦況データリンクは瞬時になされ、アストレイアの視野は何倍にも拡大し且つ精細化された。複数の艦艇で事に当たるときの、これこそが最大のメリットだ。


「サンキュー、アリスさん。ようし、当ててやるさ!」


 アストレイアは主リアクターのほかに副リアクターを二基備える。この贅沢な仕様こそがプロミオンの二倍になる高出力を実現しているわけだが、更には小さいリアクターの方が出力の立ち上がりが早いという副次的なメリットがある。また、船の推進力を生みだすベクターコイルも小さいほうが加速の立ち上がりは早い。


 アストレイアはその持てる特性を最大限に活用して、装甲を施された軍用艦艇とは思えぬ鋭さで加速する。 その際、制限解除によって慣性制御能力を超える加速を行っており、乗組員には大きな負担が掛かることとなった。勿論、アストレイアの乗組員は全員それを承知の上で作戦行動を行っており、音を上げる者などはいない。


 結果的には、アストレイアにその主人が乗込んでいないことが幸いしたともいえる。

「メインリアクタ、サブリアクタ共に定格出力に対し百二十パーセント。安定しています」

「うむ」

「コイル出力も最大に達しました。加速はやや落ち着きます」


 速度を上げれば上げる程に加速はしにくくなる。従って最大出力で加速し続けても、いずれ加速は鈍ることになるが、それでも重要なのは敵艦との速度差であり、彼我の距離である。アストレイアは敵艦の針路に対し比較的深い角度で交差し、それ以降の敵艦は更に速度を上げて恒星に近づくため、アストレイアからは遠ざかることになり次のチャンスは考えにくい。


 長射程砲”スライヴァー”は前方射角固定の武装ではあるが、その長大な加速偏向コイルを制御することで、ほぼ連続した三回の射撃タイミングをはじき出した。このチャンスを最大限に生かすため、アストレイアは射撃直前にベクターコイルへのエネルギー供給を停止する。


 加速を行わないことで精密射撃管制の為の変数を減じて精度を高めると共に、主副合わせて三基あるリアクターの出力をそれぞれの射撃に充てることで大出力の連射を可能にするためだ。

 これまたプリセットにはないイレギュラーな動作となるため、乗組員たちの技量が試されるところではある。



 一方、プロミオンでのレオン達は、メインスクリーンに映し出される戦況データを通してアストレイアを見守るしかない。もっとも、目で見る必要のないアリスの視線は、唯一スクリーンにない。

「敵艦の針路は、予測と一致しています」

「そうみたいだな」


「ラーグリフからの索敵妨害に紛れて、アストレイアの接近は敵艦には認識できていない可能性が濃厚です」

「ああ、このままでと願いたいね」


 アストレイアもステルス性能はかなり高い水準にあるが、今は最大限の加速を行っており、アフターバーナーまで全開では赤外線放射を隠匿するにも限界がある。プロミオンから逃げる事、それ以外の余裕を敵艦から奪うことができればアストレイアの攻撃が成功する可能性を上げられよう。


「アリス、どうせラーグリフの存在は伝わっちまったんだ、索敵妨害だけじゃなくて敵艦へのクラッキングも試してみないか」

「電子戦ですか。うまく乗っ取れるかどうかはまだ分かりませんが、腕が鳴りますね。これまで百年間に蓄積してきた様々な手法を含むデータを、実際に活用するための良い機会かもしれません」


 アリスは、俄然やる気を見せる。

 腕が鳴る、なんて古臭い表現をすることに少し違和感を覚えないでもないが、まあアリスだから仕方ない。


「のめり込むなよ。目的はあくまで敵艦の処理能力を減殺すること、演算の足を引っ張ることだからな」

「承知しました」


 何食わぬ顔で、その裏では既にラーグリフにレオンの意思は伝達済みだ。MAYAは探り当てた敵艦の候補を元に弱点の当たりをつけ、同時に複数の攻撃パターンを用いて複数の攻撃個所を狙う。


 敵艦は新しく、電子戦に臨むAIにしてもより洗練されている可能性はある。だからこれを撃破あるいは突破することは容易ではないだろう。しかし処理能力にはおのずと限界があり、「忙しくさせて」敵の足を引っ張ることなら幾らでもできる。


 ましてMAYAは多数のAIを束ねたクラスタを統括制御する存在だ。全く違う戦術傾向で多数同時にアプローチすることができ、敵艦の電子戦AIの処理単位数を上回れば、文字通り手が回らなくなり処理能力や精度を大きく削ぐことができるだろう。



 目に見えない戦いが敵艦とラーグリフとの間では苛烈さを増して行くも、それはメインスクリーン上で克明に示されるでもなく、プロミオンのブリッジ内は一見穏やかだ。

「レオン、お茶にしませんか?」


 隣の席から小声で唐突にそう提案してきたのはアリスだ。アリス自身も電子戦そのものに参加するわけではないので手が空いている。指示を下した後は、レオンもずっとスクリーンを注視していてもそれ以上できることは特にない。


 かたやこの状況で、メルファリアやリサから休憩を挟みましょうと提案するのは恐らく憚られることだろう。アリスに対して小さく頷き、レオンは久しぶりにメルファリア達が座っている方を振り向いた。

「メルファリアさん、リサさん、お茶にしましょう」


 立ち上がり、茶会の用意をリサに促しながら、レオンは折角だから自分の好みの茶請けを見繕おうとストックルームへ向かった。そして、自分がまだ儀体であることを思い出した。

「そうだ、アリスだけじゃなくて俺も食べれないんだった」


 それでも、茶会におあつらえ向きと思われるスコーン類を手に、レオンは通路を戻って行った。ただ、ラウンジテーブルではなく作戦指揮所に皆は集まり、戦況提示テーブルを囲んで茶会は催された。


「敵艦の攪乱はうまくいっているようです。アストレイアが攻撃可能ポジションをとれる事はいまや確実です」

「そうか、お膳立ては出来たな」

 アストレイアでは今頃、チャンスを逃さず確実に攻撃を遂行するためピリピリしているのではないか。


「敵と目される人たちを亡き者にしようと期待して待つ、というのはどうにも複雑な気持ちですね……」

 メルファリアが目を瞑り、穏やかに声を発した。


「姫様。……優しいお気持ちは、今は仕舞っておいてください。彼奴等が滅び去るとしても、それは因果応報でしかありません」

 リサがそっとメルファリアの手を取る。


 因果応報ってのはレオンも同意見だ。

 レオンは自分のカップにある琥珀色の液体を口に含みつつ、その芳醇な香りを完全にではないながらも楽しめる事をこの儀体に感謝しなきゃ、と改めて思った。レオンの身体はまだまだ現役復帰できそうにないが、おかげで気付かされた事やできた事もある。


 それでもやはり、ガストンを赦そうとは思えない。聖人君子じゃないからね。

「そろそろ、アストレイアが攻撃予定地点へ到達します」

 アリスがさりげなくそう言い、皆の視線は戦況表示に集まった。


儀体は疲れを知らないけど、脳は疲れます。

それでも、生身の身体と比べると脳のやらなきゃいけないことはだいぶ減らせるので、

比較的長時間活動できるのです。

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