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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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27.口の悪い輩に鉄槌を(1)

宇宙空間における戦闘行為では、機動性はとても重要です。

まず最初に、射程距離内に捉えることができるかどうか、なのです。

 プロミオンが反転後加速を開始すると、ようやく捉えることができた敵艦も、加速を始めた。ラーグリフが速やかに見つけてくれたのは良かったのだが、今から敵艦に近づけるかどうかは難しいところだ。


「こちらの動きに気が付きましたね、敵艦は本格的に逃げようとしています」

 ラーグリフからはアクティブスキャンを仕掛けているのだから、自分が補足されたと気付かれてしまうのは仕方ない。


 加速を始めた敵艦は、ほぼ太陽の方向へ向かっていることがスクリーン上に示された。仮に同じ機動性能の船同士であれば、太陽に近い位置にいる船の方が、太陽に近づこうとするのは確実に速い。追いつけないのではなくて、引き離されてしまうのだ。


 敵艦は、太陽の巨大な重力を最大限に利用して加速し、恐らくは光速の数パーセントかそれ以上まで加速して星系外へ飛び出すつもりだろう。第一惑星の公転軌道よりもさらに内側を、高温に晒されながら太陽をかすめることになる。それでも軍用艦艇ならば、高温の数時間を耐えることは可能だ。


 アリスが驚いた顔をしてレオンに振り向く。アリスが驚くのは珍しい。

「……驚きました。敵艦から音声電文が届いています……」

 逃げようとする海賊からメッセージ? どういうつもりなのかをレオンは測りかねた。


「で、なんだって?」

「……再生しますね」

 アリスはやや躊躇ったようだ。メインスクリーンに”音声のみ”と銘打たれたアイコンが表示される。


「あー、おい、おまえらぁ。今更見つけても、遅せえんだよ! もうお前らは追いつけねえぜ。今回はこれでサヨナラだ。またいずれ、この銀河のどこかで会おう。今までは金目当てだったが、次はもう容赦しねえ。お前ら全員、死にてえと思わせてやるから覚悟しておけよ! うっははは!」


 最後にピ、と電子音がして音声が途切れた。

「……だそうです」


 今敵艦が向かっている方向からすれば、恒星でフライバイを利用するのは間違いない。船を大事にしようとするならば採らない選択肢だが、逃げ去ることだけを考えるならば、なるほど有効だ。そうなると、恒星の向こうに回り込んだあとはどちらへ向かうのか、予想もそして観測も非常に困難だ。


「とんでもない捨て台詞です」

 アリスにしては珍しく、明らかに怒っている様子だ。

「あいつのしぶとさは並じゃないな!」

「このままでは逃げられてしまいます。困りました」

 二人は憮然として顔を見合わせた。


 ブリッジの片隅では、リサは明らかに落胆した表情を見せていた。隣で押し黙ったままのメルファリアに対して、声を掛けることもできずにいたのだ。


 ……。


「あ……、アストレイアです!」

 暫く静まり返っていたブリッジに、別な通信がもたらされたことを、アリスが告げる。

「おお!」


 メインスクリーンには、相対的な位置関係がすぐさま表示された。

 アストレイアは軌道ステーションを発し、惑星ザルドスを挟んで反対方向へ遠ざかっていたプロミオンに近づくべく、ザルドスの重力を利用して加速してきていた。ようやく惑星の陰から抜けて、直接の通信ができるところへ現れたのだ。その現在位置は、プロミオンよりもラーグリフよりも、ずっと敵艦に近い。


「予定よりも随分と早いじゃないか!」

「来てくれましたか!」

 メルファリアが、リサの手をぎゅうっと握りしめて声を上げた。


「レオン、おまえ大丈夫なのか? 大丈夫なんだよな?」

 そう言ってきたのは、アストレイアのミッカ・サロネン航海士だ。音声と共にスクリーン上に枠が宛がわれて、彼の顔が映し出された。


 安否を気遣う言葉が最初だなんて、嬉しいね。

「大丈夫だよ、ミッカ。そっちはもう点検を済ませたんだな?」

 レオン達の状況がどこまで伝わっているのかはよく分からなかったが、今は詳しく説明している場合じゃない。アストレイアには速やかに敵艦の追跡に加わってもらう必要がある。


「ああ、完璧さ。そちらの概況は情報をもらっているが、助けが要るだろう?」

 さすが、分かってらっしゃる。


 ここで、真打登場とでも言うところか、プロミオンのブリッジにデニス船長のバリトン・ボイスが頼もしく響いた。

「メルファリア様、お待たせ致しました。アストレイアは点検を終え、既に臨戦態勢にあります」


 アリスから、現在の概況は戦況データという形で既に伝わっているのだそうだ。さすがは戦闘艦艇同士というところか。アストレイアは後からこの状況に加わったため、戦闘指揮の主導権は今はプロミオンにあり、データはアストレイアに順次提供されてゆく。


「レオン、敵艦のできるだけ詳細な情報をくれ。アストレイアから攻撃可能なポジションをとれるかどうかを確認する」

「わかった。アリス、敵艦の情報と、そのスペックから予測されるコースを伝えてくれ」

「はい。……どうぞ」


 戦況データは直接にアストレイアの戦闘指揮AIへと送られ、彼我の位置関係と性能情報から攻撃可能な幾つかのパターンが速やかに提示される。


 アストレイアはプロミオンへと近づくルートからすぐさま外れ、太陽へと舳先を向けた。加速を続ける敵艦に対し、アストレイアも加速して攻撃のチャンスを見定める。敵艦の予想コースとアストレイアの取り得る未来位置、そこに使用可能な兵装データを加味する。ミッカが幾つかのプランを比較する。


「ロングレンジビームが届くタイミングがある。これを当てるしかない」

 アストレイアはプロミオンと同程度の大きさの軍用艦艇を基盤としており、巡航艦クラスに分類される。砲撃戦闘能力を第一としている戦列艦クラスとは違い巡航艦クラスは機動力を重視する為、より小型軽量な艦形であり出力も小さくなる。


 しかしアリスが以前に看破した通りアストレイアのリアクター出力は極めて高く、プロミオンのおよそ二倍ほどにもなる。その高出力で機動性を高めるだけでなく、大型固定武装として二門のロングレンジビーム砲兵装”スリヴァー”を備えていた。


 前方固定の射角であり比較をすれば出力は劣るが、その射程距離は世界各国の保有する戦列艦クラスに匹敵するものだ。運用面からは色々と詰め込み過ぎじゃないかとレオンは思ったものだが、人類域の様々な設備で手厚いサポートを受けられるランツフォート家のVIP専用船には、問題とはならないようだ。


 ミッカの具申を受け、デニス船長は一時的なコイル出力制限解除を主人であるメルファリアに願い出た。

「太陽に近づき過ぎる前に攻撃を行い、速やかに離脱したいと思います」


 コイルの出力制限というのは、定格出力で定格期間のあいだ正常稼働するための目安となる設定値だ。処女航海を済ませたばかりの新造艦艇であるアストレイアでは、その設定値は安全マージンをやや広くとってあることだろう。


 これの解除は、船全体へ悪影響を及ぼす可能性を認識しなくてはならない。だが、航海士の端くれであるレオンもそれは理解しつつ、メルファリアに対して申し添えた。

「可能であるならば、攻撃しましょう。後顧の憂いを断つ必要ありと判断します」


「レオン……。わかりました」

 メルファリアはレオンに頷くと、アストレイアに対して海賊の命運を断つべく指令を下した。

「デニス船長、出力制限の解除を許可します。攻撃してください。ただし、深追いは許可できません」


「わかりました。お任せください、必ずや、仕留めて御覧に入れましょう」

 ロナルド・デニスが張りのある声で指令を確認した。


 口惜しい事だが、プロミオンの位置からではもう敵艦には追いつけない。レオンよりもガストンの方が、悪辣ではあるが一枚上手だったと言わざるを得ないのは確かだ。だが、アストレイアなら、その位置と持てる能力から敵艦に対して有効打を与えることが十分に可能だ。メルファリアを狙う海賊に、鉄槌を下す存在たり得る筈だ。


恒星は、その星系における最大のノイズ源です。

恒星の向こう側を見通すことは出来ません。

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