26.攻撃的な欺瞞
海賊といえばヒーロー、みたいな風潮もありますが、それはそもそも賊じゃないです。
「動き出しました」
見えない船を観測し続けていたアリスが、事態の変化を告げる。
ステルス艦はひとまず更なる高空へ、つまり惑星から離れる方向へと移動を開始した。追跡し続けるためには対象が太陽と重ならないように位置取りをしなければならないこともあり、プロミオンもまた移動を開始する。
もどかしくもあるが、この艦にはレオン一人だけが乗艦しているわけではないのだ。慎重さを失うわけにはいかない。もっとも、レオン一人であったとしても正体不明のままの敵に肉迫しようとするのであれば、アリスはそれを簡単には許さないだろう。
「ゆっくりと加速していますね。補足されないように対策しているのだと思います」
「先にこちらが補足されてしまうんじゃないか?」
レオンの懸念は当たり前のもので、プロミオンのステルス性能は、敵艦と比較するならば低いと見積もらざるを得ない。ただ、この艦が何者であるか、については海賊側にも情報は少ないであろう。
同型艦は存在しないし、なにせこの艦は古いからね。
「敵艦が進路を変えて加速し始めました。こちらも補足されてしまうでしょうが、追跡・接近します」
敵艦はどうやらこの星系の黄道面付近を、一つ外側の公転軌道の惑星に向かうように進んでいる。その惑星の重力でフライバイを行うつもりだろうか。
「ラーグリフからは見えているか?」
「いまラーグリフとの通信には反応を得るのに五分以上かかるので、リアルタイムの追跡には適しません」
五千万キロ程も離れているラーグリフには、敵艦の進路予測と幅広い情報収集のみを任せているそうだ。インフォディスプレイに映るその進路予測データは、時間が経過するごとに正確性が低下している。見失わないように、プロミオンは接近する必要があった。そして案の定、プロミオンは敵ステルス艦艇に捕捉されてしまっていた。
外側の惑星に向けて離脱しようとする敵艦に対し、追跡を維持するために更に接近しようとした矢先、レオンには聞き覚えのある警告音がブリッジに鳴り響いた。
「これは、……機雷の接近か?」
宇宙機雷の接近時に発せられる警告音のパターンは、民間船も軍艦も同じ。そして、百年前に建造されたプロミオンであっても、やはり同じだ。以前レオンが乗船していた国際郵便船なら回避行動を優先するところだが、作戦行動状態にある軍用艦艇のプロミオンでは、近接防衛システムが自動的に作動する。
進路前方に浮遊する宇宙機雷に対して正確無比なレーザービームの照射が行われ、安全な距離にあるうちに爆破処理される。針路に近づいた宇宙機雷は一つではなかったが、全てが防衛システムの正常稼働の下に自動的に処理された。
接触に至る可能性は低かったが、それが可能であれば機雷は処理すべきものであるので、レーザーの照射射程距離にあるならば近接防衛システムは処理を実施する。
「これって、奴がばら撒いたってことか? こんな可住惑星の近くで!」
「そのようですね。センサーが攪乱されてしまいました」
アリスは、レオンとは違う理由で憮然とした。
「目標ロスト。針路予測に基づいて再度の補足を試みていますが、今のところ捉えられません」
「ちっ」
機雷による攪乱を契機に加速度を高めて第三惑星へ向かい、フライバイを利用して星系外へ逃げるつもりではないだろうか。これまでの進路予測と惑星の位置から、レオンはそう考えた。MAYAの支持も五十パーセントを超えた。
「ちくしょう、やってくれたな。……針路予測を追って加速しつつ、前方を重点的にスキャンしよう。索敵範囲は絞れるはずだ」
「わかりました」
ブリッジの片隅には、メルファリアとリサも座っていた。
特に役割があるわけでもないので、黙ってレオン達のやり取りを見ていたのだが、表情だけは真剣である。
「メルファリアさん、すみません。見失いましたが、必ず捕まえて見せます!」
「は、はい。よろしく、お願いします」
メルファリアは、いくぶん気圧され気味であった。
それからしばらく、プロミオンはこの星系の第三惑星へ針路をとり加速していたが、相変わらず敵艦の所在を捉えられずにいた。刻一刻と、時を刻むごとにガストンの存在が離散してゆく。大見得を切ったレオンだったが、自分が逃げるとしたらどうするかと、いま一度考え直してみることにした。
「ラーグリフは今どの位置にいる?」
「ザルドスの北天方向二千万キロ程度まで近づいている筈です。今は最大減速中です」
顎に手を当てて難しい顔をした後、レオンはアリスの意見を聞いてみることにした。
「ラーグリフのステルスモードを解除して、ザルドス付近を索敵してみたい。逃がしたくないんだよ」
「こちらの予測はハズレかもしれない、という事ですか?」
「ああ。実はまだ近くに潜んでいるんじゃないか、ってな。観測ポッドも飛ばしてくれないか」
アリスの思案は一瞬だ。敵艦が機雷によるセンサーの攪乱と同時に加速を絞ったならば、今現在到達する可能性の高い範囲に対して、ラーグリフは精密な観測を行えるだろう。
「わかりました。ただし、こちらの情報も与えてしまう事になりますから、敵艦は確実に葬り去りたいですね」
この時点で、MAYAは見えない敵艦の正体を、幾つかの候補にまでは絞り込んでいた。それにはもちろん、スピンクスがもたらしたデータが大いに役に立っている。ステルスモードを解除する代わりに、敵艦を狙って電子妨害を仕掛けようというのだ。狙って電子妨害をするには、敵艦を詳しく知っているほど効果が期待できる。
減速を終えて、ラーグリフがその索敵と分析の能力を最大化して予測範囲のスキャンを実施する。過去にトーラスで海賊船を探したときは、海賊船の情報を豊富に得ていたからすぐに見つけることができた。あの時の海賊船は、ノイズの塊のような物だったからだ。
だが今回は、ステルス性能に長けた軍艦だ。自ら発信するアクティブな索敵手段を行使しなければならない。索敵手段という、こちらの手の内を見せる必要があったのだ。
――果たして。
MAYAは絞り込んでおいた候補の一つに合致する反応を捉えた。
「見つけました」
それは、惑星ザルドスの公転軌道よりも更に内側だった。
プロミオンのメインスクリーン上で、捉えた反応が目立つように明滅する。
「なにい? 太陽に近いほうへ逃げたのか?」
とっさに身を乗り出して声を荒げたのは、レオンにしては珍しい反応だ。スクリーン上の点滅をしばし睨み付けたままになる。
「くっ……」
ものの見事に裏をかかれた。柄にもなくカッカしてしまっていたのかもしれない。
「取り舵いっぱい! 反転後にメインコイル出力最大へ!」
プロミオンは加速を止めずに転舵する。
そもそも宇宙では上下左右どの方向にでも舵を切れるのだが、反転するには通常右回頭か左回頭かを選び、宙返りはしないものだ。
「よーそろー」
宇宙では、水の抵抗はないのでその場で速やかに百八十度回頭できるけど、
これまで積み重ねてきた加速は消えないんだよね。
だからしばらくは逆向きに進みながら減速する格好になる。映えないね。




