25.悪党の疑心暗鬼
プロミオンのように大気圏を飛翔して自力で地上へ降下できる船は少数派です。
そういえば、どこかの銀河の自由惑星○盟の艦艇は地上へ降下できない設定だったかと。
ブラウンヒルのスラムにある仮アジトまで一人で逃げ帰ってきたガストンは、滲んだ汗をぬぐうよりも先にまず、薄汚い机を思い切り蹴り飛ばした。
「ちくしょう! 完全に読まれてた。何だってんだ!」
歯ぎしりのあと、ふとある可能性に思い至る。
「まさか、あいつら俺を狙って、この星まで探しに来たとでも言うのか?」
まあそれは完全に誤解なのだが、その誤解を解ける者も居はしない。ガストンは、薄明りのままの室内で身体を強ばらせた。両目の視線だけが、せわしなく周囲を徘徊する。
「ってことはもしかして、あの野郎が弱すぎたのは俺をおびき出すためのフェイクだった!?」
そう考えたのはレオンが健在だったからだ。見分けのつかない儀体ですぐさま出直してきたとは看破しえず、怪我の程度をフェイクだと想像したのだ。
想像し、勝手に驚愕したガストンの背筋に冷や汗がにじむ。
「それとも、不死身ってのは、マジなのか……」
誤解だし買いかぶりも甚だしいが、否定してくれる者もいないのだ。
ガストン以外の二十一人が死んだ。
ガストンのせいで死んだ奴が幾人もいるのだが、ガストンにとっては全部がレオンのせいだ。そうしておかないと他の奴らに説明ができない。レオンにはとんだ迷惑だ。
「ちくしょう。俺はもう、この仕事からは手を引く。こうなったら、あの船をそのまま頂いちまうか……」
ブラウンヒルの街から北へ少し離れた私有地内に、ガストンは小型VTOL連絡艇を置いておいた。連絡艇が収まるべき本船は、上空百キロメートル程の成層圏外に遊弋させている。その高いステルス性能により、宇宙港の管制局をはじめ、他の誰からも察知されていないはずである。
小型VTOL連絡艇は、この地へ降りた時とは違い、帰還しようとするのに乗せるのはガストン一人のみだ。今はもう朝になる時分だが、ガストンにとっては昨晩のことがついさっきのように思い出された。
「くそう、レオンとかいうあの野郎のことは、確かに刺したはずだ。……さてはもう一人居やがったか?」
そんな訳は勿論ないのだが、そう考えたくなるのも無理はない。
「ランツフォートの騎士は不死身だ、なんてタワゴトだと思っていたが、案外そういうカラクリなのかもな」
ガストンは少しづつ落ち着きを取り戻してきてはいたが、真相には近づけなかった。不死身の異名をとるのはクーゲル・バレットであって、勿論レオンにそんな二つ名はない。だがとにかく、ガストンは「逃がさない、覚悟をしろ」と宣告されたのだ。
だったら、逃げおおせて見せるのが海賊ってもんだろう。
他に誰もいない連絡艇の中で、虚空の先を睨みつける。
「みんな捨て駒に使っちまったが、まあ仕方ねえ。駒はまた増やせばいいさ」
この男は、あくまで自分こそが海賊アシッドクロウだ、と考えている。他は仲間でなくて、あくまで頭数なのである。
◆
プロミオンに引き上げたレオン達は、すぐには大気圏を離脱せず、ガストンの動向を探っていた。どこかに必ずいるはずのステルス艦に関しては相変わらず所在を掴めずにいたが、ブラウンヒル郊外のある地点から、小型VTOLが動き出すのを察知できた。
これまでの行動パターンと経過時間に対する移動距離などから高確率でガストンの存在を判断したMAYAは、小型VTOLの進路を予測して行先の精密観測を続けた。近づいてガストンの存在を確定できるなら撃破する選択肢もあるが、隠れている敵艦の情報をある程度揃えるまでは、不用意に近づくことはできない。
「見つけられるか?」
「VTOLは補足できていますから、一旦は見つけられると思います」
VTOLの機能からして、それほど遠くない上空に居るずの宇宙船は、未だ探知できない。高いステルス性能を有するのだろう。だが、VTOLは追跡できていたので、そのVTOLが消えたなら、その位置に敵艦がいる事になるだろう。
——果たして。
小型VTOLは上空百キロメートルまでほぼ垂直に上昇し、成層圏外で不意に消えた。
この星の軌道ステーションとは惑星を挟んでほぼ反対側になる宙域で、この田舎惑星の中でも飛翔体の一番少ない宙域だ。
「高性能のステルス艦ですね。でも大体の大きさと重さが予測できますので、大気圏内では気流の乱れを追うこともできます」
ただ、この高度ではもうだいぶ大気は薄い。追跡できるだけのプロファイルを揃えられるかは微妙なところだろう。
「VTOLが消えた地点の温度分布と、その後の変化を時系列で観察することでも追跡可能です」
「問題は、どこまで追い続けることができるか、だな」
「あ、どうやら全く映らないわけではありませんね。鳥と同じような大きさの反応が幾つか、動きが違うのでわかります」
星系間航行船だから恐らく全長百メートル以上はあろうと思われるが、鳥ほどの反応を幾つか示すだけとは。だが、この高度に鳥はいないし、全く乱れない編隊が高速移動することもないのだから、それはやはり敵ステルス艦である可能性が濃厚だ。
◆
ガストン一人が乗ったVTOLが、光沢のない外装をまとう大型艦艇に飲み込まれた。それはVTOLとは対照的で、収まった格納庫内は隅々までもが綺麗で、まるで新造艦艇であるかのように思われる。
格納庫からブリッジまでの通路をずかずかと大股で進みながら、ガストンは歯茎を剥いて独り言を吐いた。
「この船のステルス性能はかなりのもんだ。だったら、この船を頂戴して、そのまま逃げちまえばいいのさ」
借り受けている船であるが、返さなきゃいい。しばらくの間だけ大人しくして、なんなら、やられちまったとでも噂を流せばいい。名前を変えるのもアリだ。そうさ、この銀河中には、幾らでも居場所はある――。
ブリッジには七人ほどの男たちが詰めていた。
「ガストン、地上で何があったんだ? ディーノはどうした?」
「詳しいことは後だ。すぐに船を動かすぞ。配置に付け」
「お、おう……」
どかっとキャプテンシートに身を預け、正面の大型スクリーンを睨みつける。怒気をはらんだその振る舞いに、周りの誰もが口をつぐんだ。
「おい、ステルスモードのまま、どれくらい加速できる?」
レオン達も、そう遠くない位置に船を用意しているはずだろうが、その索敵能力は、ガストンにとってはまだ未知数だ。いまは慎重に事を運ぶ必要がある。
「今のステルスレベルを維持しようとしたら、あまり出せねえぜ?」
「こっちを探そうとしている奴がいる筈だ。まずはここから脱出して、仕切り直しをするのが先決だ。なんとしても一旦離脱する。プランを出せ」
手駒とはいえ、一度に失い過ぎた。この星では失った方の海賊船の代わりを調達することも考えていたが、もうそれどころではなくなってしまった。戦力が整わない今は、一旦退くべきだろう。
あのお嬢ちゃんはプロミオンという護衛艦艇を従えているから、戦闘力では分が悪いであろう、とガストンはちゃんと認識していた。
このガストンという男も、運が良いだけの無能ではない。今は相手を見極めることを優先し、有利でない状況から脱することを目指している。彼らは海賊であるから、ある意味ベテランの船乗りでもあるのだ。
高度を維持していたベクターコイルの出力が徐々に上がる。
インフレータの動作は比較的容易に察知されてしまうため、ステルスの意味が薄れる。よって隠れたまま逃げようとするなら、通常航行状態で動かざるを得ない。しかもできるだけ加速せずにだ。
息をひそめたままで、ガストンは一計を案じた。
可住惑星の大気の厚みは、せいぜい数十キロメートルたらず。
人が活動できる濃さであるのは数キロメートル。
さっさと月から地球へ向けて、軌道エレベータを垂らしてほしいものです。




