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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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20.荒野の暗闇に

電磁波の殆どを吸収する表面素材なんて、21世紀においても既に現実です。

でも、そんな素材でも温度に応じた赤外線は放射しているんですよね。


そういえば、ブラックホールの温度って絶対零度に近いって言われているそうですね。

身の回りの水や空気なんかは、圧縮するほど温度が上がるのにね。

ブラックホールさんパネェっす。


 アリスは小銃を背負う。取り回しを考え、体格に合わせて銃身のやや短いタイプである。レオンはサブマシンガンを腰だめに提げた。敵は集団で近づいて来るであろうからだ。


 護身用の拳銃などは、機構が単純でバッテリーも必要ないパウダーガンがいまだに使用されているが、軍事作戦用の小火器は、プロペラントと弾頭を別にして装弾数を飛躍的に増大させている。


 アリスの手にする小銃は標準マガジンで五十発を携行し、銃把に内蔵されるプロペラントとバッテリーは五百発分以上ある。今回の邀撃には充分な容量だ。レオンのサブマシンガンは小銃より弾頭径が大きいため携行弾数が少なく、予備マガジンを用意した。


 他に二人とも軍用拳銃を装備するが、それはレオンがVRゲームで使用した経験のあるモデルを選んだ。拳銃にはスコープセンサーが付いており、MAYAにはその情報も送られて統合情報処理がなされる。


「リサさんは、メルファリアさんの傍にいてください」

 本来の肉体同士で比較するならばリサの戦闘能力はレオンを遥かに上回るが、今回は儀体ならではの戦いになる。

「本当に……、お二人でどうにかなるんですか?」

「大丈夫です」


 完全武装の二人は、まだ包囲される前にと、入隅で死角となっている腰窓から外へ出た。

「戸締りはお願いします。少し早めに消灯して、就寝したように見せかけてください」

「は、はい」

 リサにお願いしたつもりだったが、ちょうどレオンの方を向いていたメルファリアが応じた。


「一応、周囲を警戒しているフリをしてもらえると、有難いです」

「わかった、それくらい協力してもいいよ」

 エマリーの陽気な返事に頷いたあと、二人の姿はすぐに夜の暗がりに消えていった。


 エマリーがホームコントロールシステムでセキュリティレベルを”プロテクション”へ引き上げる。外周は全て施錠されて高電圧パルスが走り、解除されるまで建物の中と外の出入りはできなくなる。郊外に立つ一軒家の常としてエネルギー供給設備は整備されてあるため、外部供給を断つような工作は心配しなくとも良いのが強みだ。



 レオンとアリスを除いた五人は、マルコの準備ができ次第食事をとった。

 今夜は三種類のパスタとミネストローネスープ、チーズと生ハムのサラダという献立で、これまた絶品だったがあまり会話は弾まなかった。二人少ないことに加え、今夜の襲撃に備えてワインを控えなくてはいけなかった、ということもあるかもしれない。


 食事を終えて茶を頂いた後も、リサはまだ戸惑ったままだ。対照的に、メルファリアはもう落ち着き払っている。二人はスピンクスの三人と共にキッチンの奥にあるストックヤードの床張りを持ち上げ、狭い階段から地下室へと移動した。


 この地下室は本来ワインセラーなどのために用意されていたものであるが、災害時の一時避難所としても使われることを想定している。エネルギー供給設備も地下にあり、トイレや簡易寝台もあって所謂シェルターとも言えるものだった。


 マルコが、ホームセキュリティ端末から地上部分の状況を念のために確認する。幾つかある監視カメラには、まだ何も異常は見当たらない。ふと、メルファリア達が乗ってきた装輪車が、建物のすぐ近くの駐車スペースに無造作に停めたままであることに気が付いた。まあ今更どうにもならないし、そもそもあのクルマを納めておくガレージなども無いのではあるが。


 地下室に籠った五人は、なんとなく寄り集まってそれぞれ適当に腰を掛けた。

「姫様、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「あなたの言葉が堪えたのではないかしら。それでも、彼は無謀な人ではないわ。勝算がちゃんとあるのよ」


「あの者たちの心配もですが、ここにいて姫様を守り切れるのか、も心配なのです。不届き者たちは、私のことを護衛なのだと知っています。次に会うときは油断してはくれないでしょう」

「もしもそのような事態になったら、私も撃ちますよ。今回の私は餌の役回りでしょうけど、ただ黙って食べられたりはしません」

 と、いつの間にか小型の拳銃を手にし、セーフティーに指を掛けて見せる。

「餌だなんて。姫様……」


「彼が大丈夫と言うからには、大丈夫よ。私たちはここで、おとなしく隠れていましょう」

 すぐそばには、スピンクスの三人も座っている。

「姫さん、彼にはああ言ったけどさ、マルコとアンソニーも手伝わせようか? 姫さんが許してくれればだけどさ」

「いいえ。助力はいらないのだと思います。彼は大丈夫と言いました。ですが、エマリーさん達には申し訳ありません。今しばらく、我慢してお付き合いください」


「いいよ。アタシはさ、あの騎士サマを信用するには付き合いが浅すぎるけど、姫さんのことは信用しているからね」

 エマリーが、愛おしそうにメルファリアの髪の毛を優しく撫でた。

「姫さんがあの子たちに任せる、ってんならきっと大丈夫なんだろうさ」

 メルファリアとエマリーは、お互いを見つめあって微笑んだ。

 男二人が神妙にしている横で、リサはまだ少しだけ機嫌が悪そうだった。


§


 外に出たレオン達は、連れ立って建物から少し離れた。

 二つある小さな月は今は空にない。ガストンもそれをわかった上での襲撃なのかもしれない。少し埃っぽい夜空にはまとまった雲はなく、星が瞬くがその光は淡く、光源の乏しい地上は闇に沈んでいる。目が慣れてくれば、なんとか自分の足元の起伏や障害物くらいは認識できそうだ。

 勿論それは、普通の人間ならば、ということだ。


「レオン、どうですか。明確に聞こえていると思いますが」

「ああ。頭の中に聞こえてくるぜ。でもちょっとハウリングしているような感じかな」

「そうですか。では少し調整します。それから、周囲はちゃんと見えますか?」

 そういって暗闇を見渡す。


 レオンもアリスも目を守るためのシールドグラスを装着しているが、それに何かが映っているわけではない。彼らの目は単にセンサーの一つであって、あらゆるデータを統合し、像を結ぶのは脳内でのみ。

「視界は問題ない。情報量が多いが、メタデータは直接頭に入ってくる感じだな。もう慣れたよ」


「ではお伝えしていた通り、これからレオンの儀体をゲームモード(仮)に移行させます」

 視覚、嗅覚、聴覚、痛覚、触覚などについて、レオンの意識と儀体との間のシンクロ率が意図的に下げられた。視覚に関して言えば、わざわざVRゴーグル越しに世界を見ているような感じだ。解像度が落ちる。聴覚はそう、まるでレシーバーから発せられる音を聞いているような、ダイナミックレンジの絞られた音質に。


 一気に”操っている感”が湧いてきた。脳波感応ヘッドセットでVRゲームをする時の感覚に至極近い。

「どうですか? まるでゲームをプレイしているような感覚になりませんか?」

「ホントだ、なるほど。……これはゲームだ。うん」


 ちなみに、脳波感応ヘッドセットを使用したVRゲームでは、技術的には実体験とほぼ同じ感覚を再現できる。だが、安全性などの理由からゲーム内では刺激に対する脳のシンクロ率は意図的に抑えられているのだ。脳に直接送り込む画像は意図的に解像度が下げられ、音声も圧縮音源のようなチープな音質になっている。


 逆に、平面ディスプレイやARゴーグルに映る映像の方は本物と見分けがつかない画像を映すことが可能だ。だから、敢えてディスプレイでのゲームプレイを好む者もいる。

「このミッションは正当防衛です。そして、騎士レオンの果たすべき任務の一つです。ハイスコアを目指すつもりで集中してください。でも格闘戦は難易度が高いので、シューティングに徹してください。ターゲティングと照準補正はMAYAがサポートします」


「まあ、シンクロ率百パーセントだったとしても、俺に格闘戦は無理だろうからな」

 むしろ百パーセント俺の実力だったら、なおさら無理かな。それに、ナイフの刃先を敵の身体に突き立てるってのは、俺にはまだハードルが高いよ。突き立てられる感触と痛みは、充分に味わったけどな。

 にわかに思い出して、腹に手を当ててぶるっと震えた。


「じゃあ、作戦開始だ」

 そう言うと、黒いプロテクトスーツを着込んで闇に紛れた二人は、おもむろに地面に仰向けになった。そして、動かなくなる。仰向けになったのは、そのままでもハンドガンを操れるからであるが、レオンには星空を見ていられるからという理由もあった。儀体の彼らは、そのまま微動だにせず敵の襲撃をひたすら待つことができる。


 視線を巡らせて周囲を警戒する必要もない。彼らの目はプロミオン、ラーグリフと同期しており、家の周囲にばらまいたカメラからのデータをアリスが束ね、晴れ渡った空の遥か上空に浮かぶ観測ドローンの情報と重ねる。ネズミや蛇ですら識別可能だが、そこまでの必要もない。


 ばら撒いたカメラというのは、小型の滞空ドローンを仰向けに地面に置いたものだ。空中から眼下全周を観測するカメラを仰向けに置いたもので、地上全周を観測する。それにはそれなりの光量のサーチライトもつく。


 ほかにスピーカーもばら撒いてあるが、スピーカーは単に遠隔操作で音を伝える為のものだ。機能的にはマイクによる集音も行えるし、様々な音声や擬音を発することができるだろう。それらはこの一帯に有利なフィールドを作り出すため、アリスによって計画的に地面に配置された。


「こんな時でも、星空は奇麗だな」

「そうですね」


 二人は地面を這う虫にかじられようが意に介さず、周囲の状況と敵の動きをセンチメートル単位で把握する。アリスにとって、夜という視界を制限する条件は何ら問題にならない。いま儀体を使うレオンにとってもそれは同じだ。二人は、襲撃者がレンタルハウスに近づき始めるよりも随分前から、既に背景の一部と化して彼らの動きを注視し続けた。


あ、まだ戦いになりませんでした。

今度こそ、食い物の恨みは以下略。

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