1.星乙女
転職って、色々と面倒です。(しみじみ)
人類域の中でも最大規模の経済力を持つ星系の可住惑星トーラス。
その惑星にある一番大きな大陸の温帯地域に、この星の住人なら誰もが知っている壮麗な”御城”がある。地球時代の或る建築様式を模した石造りの外観は、実際には石ではないのだが気付く者などはまずいない。その高度なセキュリティシステムと物理的な障壁に囲まれた広大な敷地内には、星系間航行宇宙船やエアクラフトの為の駐機場までもが整備されている。
人類域においてG7と称される七つの実力者、その一つであるランツフォート家が居を構えるこの星は、余すことなく全てがランツフォート家の所有物である。地上は我が家の庭であり池であり、住まう人たちは全員が我が家の雇人なのであった。
晴れ渡る青空の下、艤装を完了したばかりの真新しい外宇宙航行船が今、ゆっくりと降下してきた。シャンパンレッドを配色したその船体は、陽光にきらめいて眩いほどの輝きを振りまいている。
「いやー、ピカピカですね!」
元郵便局員レオン・ウィリアムズは、右掌で陽光を遮りながら降下しつつある船体を見上げ、今後の自分の職場となるモノと、己の立場の大きな変化に改めて感じ入った。
隣で見上げる黒髪の美女アリスが、陽の眩しさを感じさせない無表情で話題に追従する。
「全兵装を内蔵式とした、防御と見た目重視の船です。陽光をよく反射する表面コーティングは、可変制御可能でステルス能力の一部でもあります」
「アリスさん、ちょっと詳しすぎるのではありませんか?」
窘めるのは金髪碧眼の令嬢メルファリア・ルイーズ・ランツフォート。目の前に降下してきた宇宙船の主となる方だ。怒っているわけではないが、放っておくと機密に属する事柄までもスラスラと口にしてしまいそうなアリスに、やんわりと釘を刺した。
レオンが軽く肘打ちする。
「おいアリス、知ってても口にしちゃいけない内容なんじゃないか? 黙っていようよ」
「わかりました」
そう、黒髪の美女アリスは全銀河探査船ラーグリフに搭載された、大規模人工知能クラスタMAYAのインターフェイスを司るアンドロイド。MAYA≒アリスはその情報収集・分析能力を駆使して、訊かれもしないことを勝手に調べ上げては、自らの思索の糧としている。
形式上、アリスもMAYAも宇宙船ラーグリフも、レオンに所有権がある。レオンの拾得物であることには違いないからだ。だがしかし、維持管理の労は一個人の手に余る。置く場所でさえ、レオン個人の力ではどうにもならないのだ。そこで、メルファリアの兄であるグラハムの厚意もあり、レオンはランツフォート家の護衛役として仕えることとなった。人類全体のリーダーたるG7の一つ、ランツフォート家の庇護下でもって、ランツフォート家のお嬢様メルファリアの護衛役である「騎士」となったのである。
レオンは剣術を極めたわけでもなければ、功夫を積んだわけでもないが、彼はその持てる機知と勇気でもってランツフォート家のVIP二人を窮地から救い出した。多少の、ではなくて多大な幸運も作用して、彼は強大な力を持つ遺失物とVIPたちの信頼を得、そして、平凡な人生に別れを告げたのだった。
ピカピカの船の名は、アストレイア。
メルファリアのために建造された特注の船だ。VIPの専用船であるから、見た目は美麗でもその内容は一般の民間船とは大きく異なり、軍用艦に準じるものとなっている。宇宙巡航艦に匹敵する武装を内蔵したうえでステルス性能を大きく高めてあるため、当世代における同規模の軍用艦艇よりも遥かに高額な値札が付くのだ。
駐機場に着陸したアストレイアの船体からタラップが繰り出し、数名の乗組員が降りてきた。先頭を歩いてきた中年男性が、メルファリアの目前で歩を止めて深々と頭を下げた。
「メルファリア様、お久しぶりでございます。アストレイアを任されることになりました、船長のロナルド・デニスです。……と言いましても、しばらく前に一度お会いしただけでありますが」
「おひさしぶりです。覚えていますよ、騎士バレットと共にいらっしゃいましたね」
「おお、覚えておいて頂けましたか。感激です」
「ふふ。デニス船長、これからよろしくお願いしますね」
騎士クーゲル・バレットに勝るとも劣らない強面を、大きく破顔させて目を細めるロナルド・デニスを見て、メルファリアもつい口元が綻んだ。あの騎士バレットが、最も信頼のおける人物と言い切る稀有な存在である。ランツフォート宇宙軍においては、船乗りでいたいから、との理由で将官への推挙を固辞し続ける、有能なうえに偏屈な存在なのであった。
「この度はグラハム殿下及び騎士バレットからの依頼を頂きまして、こんな私などでもお役に立てるのならばと、お引き受けいたしました」
「デニス船長、貴方の評判は聞き及んでいますよ。卓越した統率力と判断力を備えた船乗りである、と。わたくしの船を貴方にお任せ出来るのであれば、それはとても喜ばしいことです」
「そのような言葉を頂けるとは、……なんと勿体無い。身命を賭して頑張りますぞ」
ロナルド・デニスはまた、にっこりと笑った。
「頼もしいですね。ですが、軽々に命を懸けてはいけませんよ?」
「はっ、仰せのままに」
一通りのあいさつが終わると、デニス船長はレオンを見つめ、次いでアリスの顔を見た。
「それで、こちらの方が騎士レオン・ウィリアムズ殿、その副官のアリス殿、ですね」
「そうです。騎士レオンは護衛艦プロミオンの艦長でもありますから、よく連携できるように意思の疎通を図っておいてくださいね」
レオンは会釈して軽く自己紹介をした。不慣れさを隠そうと、おどおどしないよう気を付けたつもりだが、百戦錬磨のデニス船長相手にどれほど効果があったかわからない。ただ、デニス船長はレオンに対して、初めからある程度以上の敬意を持って接してくれているようであった。
「ウィリアムズ殿の活躍は、騎士バレットからお聞き致しましたよ。いやあ、その若さで騎士とお成りになるのも納得の勇敢さですな。まったく、騎士バレットの言葉ではありませんが、将来がとても楽しみです」
まるで子供を褒めそやすような口ぶりだ。レオンとしてはこそばゆい。
「照れますね。それから、その、ウィリアムズ殿というのはお止めください。私の方がずっと若輩ですから、レオンと呼んでください。」
しかし、デニス船長は騎士待遇の者を軽々しく呼ぶことに抵抗がある様子で、そんな船長を困らせるのは勿論レオンの本意ではない。そこで、騎士バレットがそう呼んでいたように、レオン君、と呼んでもらうということで一応は落着した。
そんなやりとりを、メルファリアは楽しそうに眺めていた。
クーゲル・バレットは、とても嬉しそうにレオンのことをデニス船長に話したのだそうだ。楽しそう、ではなくて嬉しそうに、なのだ。嬉しそうに他人を褒めるクーゲルというのは、付き合いの長いデニス船長にとっても特異な事であったので、レオンに対して大きく興味を惹かれた、ということらしい。あまり過大な期待を背負わされても困るなとは思ったが、そういった関係性は相手の協力を引き出しやすく、立ち回りやすくなるでしょう、とのアリスの助言をレオンは聞き入れることにした。
ついでに言うと、アリスは騎士レオンの副官という事になっている。それ以上でもなければそれ以下でもなく、デニス船長以下数名以外にはアンドロイドだという事について特には言及しないことにした。アリスにも感情らしき動きがある以上、むしろ人だと誤解させておいたほうが、活動の自由度が広く周囲との関係はスムーズでいられるだろう。陶人形のような美貌もあって、感情表現がいまいち乏しいところはむしろ、クールビューティーな女性だと都合よく誤解されることが期待できるのではないだろうか。
アリスは常時MAYAと繋がっているが、その本体の搭載されている全銀河探査船ラーグリフは、さすがに大きくて地上に降ろしておくのは難しい。どのみちラーグリフには人を乗せるための準備がなされていないし、宇宙空間にあっても目立つ存在なので、通常は宇宙港や主要航路からは視認できない宙域に遊弋させ、搭載艇のプロミオンを中継局代わりに地上に降下させておくことにしている。
プロミオンはMAYAのサブセットを載せているだけでなく、アリスのメンテナンス用ベッドもあり、アストレイアに随伴する護衛艦としてはまことに都合が良い。また、海賊アシッドクロウの襲撃を退けた際に使用していた大型アームローダーXA900型も載せてある。これに関しては、本来それを搭載していたスレイプニール号が長期ドック入りのため、それならば使わせてください、とレオンが願い出たものだった。
ネット上の様々な情報から推論を行うAIを作ってみたいです。
……私には無理ですけど。




