12.調査結果
いよっ、久しぶり、って言ってきた人に全然見おぼえがなかったら、おや?って思うよね。
適当に話を合わせてやりすごす、ってのもアリですが。
食事を終えて、テーブルの上があらかた片付くと、エマリーは早速調査報告の説明を始めた。先ずは、受け渡しが可能な調査データファイルをメモリ媒体に入れて、メルファリアに手渡した。その内容量は膨大で、普通の人の手には余る。それから、すぐに目を通すことのできる、紙に印刷した資料の束をひとつ。
メルファリアが調査を依頼していたのは、自分の婚約者について、であった。
海賊船に狙われるよりも、もっと前からである。記憶も曖昧になるほど小さな時分にしか会ったことのない彼の事を、知ろうとしたのであったのだが。
それというのも、メルファリアの遠い過去の記憶の中でほほ笑む彼は、今現在婚約者を標榜する人物とは、どうにも一致しないのだ。自分の記憶に絶対の自信があるわけではないが、やはりどうしても、確かめずにはいられなかったのだ。
「マイケル・リー、ありゃクロだね。っていうか、まっくろだ。やばい奴だよ」
一緒に聞いているレオンが、すぐに先を促した。
「たとえば?」
「たとえば、自分より立場の弱い奴には、とことん容赦しない。自分より強い立場なんて、彼の国内にはほとんど存在しないのにね」
メルファリアが、渡された紙の資料をめくって記述を目で追う。
「調べれば調べるほどムカつく事ばかりなんだが、あの星では、リー一族はアンタッチャブルな存在なのさ。だから、あんた達が直接出向くってのはお勧めできないね……」
いきなり結論に行っちゃいましたか。
「他には?」
「ええとね、嘘を嘘とも思わない。……と言うだけでは形容しきれないね。自分にとって都合の良い嘘は事実であり、その逆に都合の悪い事実は、嘘になる」
「……それは、謎かけですか?」
エマリーさんの言わんとしている事を、まだ誰も理解できていない。
「自分に都合の良いように、あらゆる記録を好きなように作り出しちまうのさ」
「記録を?」
「そうさ。自分に関わる記録だけじゃない。過去の”歴史”とされる部分ですら、自分の好きなように自由にね」
……。
皆があっけにとられた。しかし、と思う。
「それじゃあ、無理が生じるでしょ? 齟齬が生まれるよね?」
「そうさ、矛盾がでる。そこらじゅうにね。けど、矛盾は無視されるんだ」
「えぇ……」
「あくまで都合の良い事柄だけが事実とされて、矛盾は無視する。それを組織全体で行うんだよ」
「組織全体……まさか、フォースター社全体で?」
「と、思うだろう? 違うんだよ。それどころじゃない。なんと、あの国全体がそうなのさ」
「まさか……」
「様々な改変を、市民の大部分は黙認している。そうとしか考えられないんだよ」
自分の知らない、別世界の話のような気がしてきた。気味の悪い別世界だ。
「中途半端な調査じゃあ、かえって混乱するだけ。あたし達データマイナーにとっては、むしろやりがいのある仕事だね」
どれが嘘なのか、ではなくて、全体を掘り起こす必要があるってわけだ。チームで動けるデータマイナーでなくては、荷が重いことだろう。
「彼の公式プロフィールは、全く信用ならない。姫さんが最初に言ってた通り、彼の生来の髪色は黒だし、瞳も黒い。肌の色は黄色人種系統だね。けども公式にはプラチナブロンドに青い瞳、真っ白い肌だからね」
「やはり、そうですか……」
メルファリアの、今やもう朧げな楽しい記憶は、黒髪の彼とのものだ。その黒い瞳には吸い込まれるような魅力を感じたはずだが、そんな思い出はもう、白く滲んで消えかかっている。
「色だけじゃないよ。彼は全身が美容整形だらけで、少なくとも十三回以上の施術歴が確認できた」
「金掛かってますね」
茶化すわけでもなく、レオンはう~むと唸った。
「美容整形は悪じゃない。それに、かの国にはそれを全く問題視しない寛容さがあるんだ」
エマリーはそこでワンテンポ間を置いた。
「でもね、その寛容さが逆に作用したのかもしれない。とにかく、なんでも都合の良いように直しちゃうんだ」
炙り出された事実には、犯罪に関わることも多かった。
彼は少なくとも、三件の交通事故、六件の器物損壊、五件の暴行事件に主体的に関わっている。暴行事件のうち三件の被害者は女性で、彼女たちは三人とも既に自殺している。
それらは全て公式記録には存在せず、当然ながら彼に犯罪歴などは無い。
「自殺……」
「彼にとって、犯罪歴は”嘘”でしかないのさ。だから何とも思わない。それどころか、”嘘”をつく奴を見つけては逆に追求し、謝罪させ、賠償金まで巻き上げる」
彼にとって都合が良くても、他の人には都合が悪いことだって当然ある。だが、硬直化した組織の中でしばしば見られるように、立場が上の者の意向のみが優先される。そして彼の立場は、かの国ではほぼ最上位に位置するのだ。
前述の被害者女性のように、彼に破滅させられた者も少なくはないのだろう。
「それから重要なことだけど、彼は裏方として非合法集団を雇って動かしている。その集団の一つが、海賊アシッドクロウである可能性が高い。フォースター社の試作兵器のテストをやらせたりしていたらしい」
「!!」
「アシッドクロウ……」
メルファリア達の乗るスレイプニール号を襲った、あの海賊である。
「アタシ達はアシッドクロウについては詳しく調べてはいないんだけどさ、ソレが例の海賊なんだろう?」
「はい、そうです」
メルファリアが肯定する。
「なんで姫さんに、というかランツフォート家に噛みつこうとしたのかね? アタシに言わせりゃ、怖いもの知らずもいいところだね」
エマリーさんは、なにげに次の仕事の種を蒔こうとしているのかもしれないな、とこの時レオンは勘ぐった。
アシッドクロウがマイケル・リーと繋がっているのならば、誘拐の目的は身代金じゃあない。メルファリア自身か、もしくはランツフォート家との取引材料としてか。
「弱みを握ろうとした、とかでしょうかね」
メルファリア自身をどうしても手に入れたかった、という事なのではないかと思うけど、本人の前でハッキリは言い出せなくてレオンは適当に言葉をぼやかした。
「まあ、フォースター社とリー一族は、G7に加わりたくて仕方ないみたいだからね。自分たちがのし上がるため、或いはビジネスを有利にするため、競合他社に対しては様々な嫌がらせと妨害工作を行うよ。奴らの厄介な所はね、悪事が暴かれても絶対にそれを認めないのさ。そして、それが裁判になっても自国では必ず無罪を勝ち取る」
「で、でも、他国ではそうはいかないでしょうが」
「他国ではね、徹底的に裁判を遅滞させるのさ。駄々をこねて、サボタージュして」
「子供かよ」
「そういうの、フォースター社が勢いを増してから、どんどん酷くなってきているね」
エマリーさんはこの時、渋面を隠そうともせず吐き捨てた。
「今やあの星は、リー一族が牛耳っていると言っていい。民主国家の皮を被った、まるで別のものさ」
かの国には、直接選挙で選ばれる大統領がいる。だが、リー一族は大統領になろうとはしない。面倒ごとには手をつけず、ただ実権のみを握り続けているのだ。
「最近は、いずれG8として名乗りを上げる存在だ、とか吹聴しているよ」
ちょうど皆が押し黙った時に、メルファリアがポツリと言った。
「G7とは、そんな無責任な存在じゃありません。単なるお金持ち倶楽部ではないのですよ……」
悔しそうに言葉を絞り出すメルファリアに、リサが寄り添う。
「姫様……」
レオンはこの時、どんな反応をすればよいのか分からなかった。
メルファリアは目を瞑り、胸に手を当てている。
「この気持ちの悪さは一体、なんなのでしょうね……」
気持ち悪い、という感覚には大いに同意できる。
「俺も胸糞……、あ、いや、気持ち悪くて、胸やけがする思いです」
「そんなところへ輿入れしようってんだから、こう言っちゃなんだけどさ、あんたの親も何考えてんだか」
エマリーが、あっけらかんと言い放った。
ランツフォート家の現当主をそんな風に言うなんて、レオンには無理そうだ。
メルファリアは見るからに気落ちしてしまっている。
寄り添ったまま、ランツフォート家を代弁するように、リサが過去の事実をそのまま述べる。
「婚約のお話は、姫様が三歳の時です。……その時点では、このような状況を予測してはいなかったでしょうから」
「あ~、そうなんだ。そんな小さい時じゃあまだ、男の子だって可愛いだけだもんね。今でも、公表されているプロフィールだけなら奇跡のような好青年だから」
エマリーは、そう言って冷たいジャスミンティーで喉を潤した。
レオンは不意に背筋がぞくりとした。空恐ろしい事実を知ってしまった気分だ。嬉しくなさそうな表情のままアリスを見ると、アリスも何となく憮然とした表情でいるように見えた。
メルファリアは先程から、少しうつむいて黙ったままだ。
「姫さん、なんだか疲れてるみたいじゃない? 今日はもう寝ようか。考えるのは明日にしようよ?」
「そうですわ。姫様、そうしましょう」
リサがエマリーの心遣いに同調した。
「ええ、そうね……」
調査報告に耳を傾けているうちに、思いのほか時間は経過していた。
今日はこのレンタルハウスに泊めてもらうことになるようだ。
「ところで、アタシ達は三人で一部屋使うけど、姫さんたちは四人で一部屋でいいかい?」
しーん。
最初に反応できたのはアリスだった。
「私は構いませんが」
「だだだだだだ駄目です!」
リサがものすごい剣幕でメルファリアを庇うような仕草と共にNGサインを出した。
「リサさん、俺を睨むのやめてくれる?」
でもまあ、いかんよね。
黙っていると物議を醸しそうだったので、レオンも丁寧に辞退した。
エマリーさんは、レオン達の反応を見て楽しんでいる様子だった。
冗談きついなー、と思っていたら、エマリーさん達三人は本当に同じ部屋だった。
……冗談じゃなかった。
アンタッチャブルといってもFBIじゃありません。
もちろんお笑いでもないです。




