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深淵のアリス2 星系を継ぐ者  作者: 沢森 岳
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10.惑星ザルドスへ

宇宙に高度はないので、高所恐怖症でも宇宙船の乗組員になれます。

でも、虚空恐怖症ってのがあって、それらの人たちは宇宙船には乗りたがらないようです。

 予めアストレイアと別れたプロミオンは、惑星ザルドスの宇宙港にはアプローチせず、指定された地上の会合点へと向かった。会合点は北半球の大陸にあるので、ラーグリフはこの星系の北天方向、惑星ザルドスの北極点の直上遥かに位置をとる。


 余談だが、人類域の可住惑星のうち、北半球に主要居住域がある星の方が有意に多い。それを地球時代からの名残だ、という人文学の研究者もいるが、定説とはなっていない。そもそも、大部分の可住惑星では地球とは季節感すら違っているのだから。



 地上図の上での大まかな位置を確認し、プロミオンはトーラスへ降下した時と同様に変形機構を作動させて大気圏内飛翔形態に移行し、左右舷側に張り出した安定翼に風を受けつつ高度を下げていった。


 プロミオンの操舵席は、前方上下左右が見渡せる。それはもちろん大気圏内を飛翔する際に有用だからだ。操舵席のあるブリッジの前端部分は、直接船外が見渡せるようにできている。

 尤も、いまやこの船のコントロールはMAYAとアリスに依存しているので、操舵士が操舵席に座る必要性は全くないわけだが。


 空席のままで構わないはずのその椅子に、何の躊躇もなくメルファリアは近づいて、まるで公園のベンチに腰を下ろすかのように自然な仕草で座った。そのあとを追って近づいたリサは、眼下に広がる雲海と更にその先に広がる衛星写真のようなパノラマに驚いて体を強ばらせた。


 がしっ、と両手が操舵席のシートバックの端を掴む。

「ひ、姫様……」

「素敵ね」

「……は、はい……」

 メルファリアはくつろいだ様子で、ぼんやりと流れゆく雲を見ていた。

「風切音でしょうか、結構伝わってきますね」


 レオンは少し後ろの席に座っている。

 そういえば、スレイプニール号では、あまり音が伝わってこなかったな。

 やはり、VIP用クルーザーは防音にも気を使っているのだろう。アストレイアもそうだ。それにひきかえこのプロミオンは、元々というか今でも戦闘艦艇だ。快適性は遠く及ばない。


 レオン個人は、音や振動が伝わってくるフィードバックやリアクションの類が嫌いじゃないのだが、快適な船にばかり乗っているのであろうメルファリアは慣れないかもしれない。

「せめて少しでも音を小さくできるよう、何か考えましょう」

 レオンが、メルファリアに対し申し訳なさそうに言った。


「いいえ、かまいません。むしろ、空を飛んでいるという実感があります」

 メルファリアの様子を窺う限りでは、無理して言っているという訳でもないらしい。


 実際にプロミオンの飛行を制御しているアリスが、思い付いたことをそのまま発案した。

「宙返りとか、してみますか?」


 ここはザルドスの大気圏内。まだ高度は一万メートル以上ある。宇宙空間ではないから、慣性制御を弱めれば宙返りによるGの変化も体感できるだろう。

 この大きさと重さで、この船はそんな事も出来るのか、と少し驚いたが、重力下で試してみたくはないな。

「悪目立ちするようなことは却下だ」

 レオンはきっぱり断った。


「そそそうですよ、わざわざ目立つようなことをする必要は、ああありませんから」

 リサは明らかに腰が引けている。実を言うとレオンも、宇宙空間では必要のない、落ちる、という感覚がちょっと怖かった。だからレオンは操舵席には近づかないでいる。


 二人の名誉のために言うと、高空で落ちてはならない、と感じるのは至って正常な感覚で、むしろ保持しておくべきものだろう。

「そうですね、宙返りは止めておきましょう、アリスさん」

 メルファリアは相変わらず外を眺めたまま、穏やかに答えた。



 指定されたレンタルハウスがあるのは大陸内陸部の乾燥地帯で、地方都市から少し離れた寂しげなところだった。フォトマップからは、建物の周囲にもまばらな灌木と雑草程度の緑しか見いだせない。丘というより大地のうねりという言い方が似合いそうな、風化の進んだ土地が広がっている。


「観光名所でもなんでもないですね」

 リサの感想はそっけない。

 もちろん観光に行くわけではないのだが、どうせなら風光明媚な所がいいと思うのは無理からぬことだろう。


「目的地に近いところへこの船を降下させるには、都合がいいじゃないか」

 レオンがやや苦しいフォローめいたことを口にする。

 プロミオンが着地するには、およそ三百メートル四方くらいの平坦な地面が必要だ。この付近は、そういう都合の良い土地を見つけるのに苦労をしないで済みそうだ。


「まあ、しごとねっしんですこと」

 そう言うリサの声は、ちっともレオンを褒めていない。彼女は、埃っぽい乾燥した環境が好きではないのだそうで、降下地点付近の気候情報を確認してからこっち、なにげに不機嫌だ。

 嫌味なら、ここを指定してきたスピンクスとかいうデータマイナーに言ってほしいところだ。



 地上を詳細に観察し、着陸地点を絞り込んだプロミオンは飛翔を止めて着地点のほぼ直上で静止し、ゆっくりと降下していった。目的のレンタルハウスから東へ三十キロほど離れたそこは、砂礫の平原だった。観光資源となりそうなものの見当たらない乾燥地帯は、周りの目を気にせずプロミオンを降下させるのにはむしろ好都合だ。


 レオン達は、不整地走破用に大きめのタイヤを履いた四輪車に乗り込み、着地したプロミオンから繰り出した。この車両は自動運転も可能なのだが、この星のGPSとうまくリンクできず位置把握の誤差が大きかったため、レオンが運転することにした。

 車両は新品同様だが、なにせこれも百年前の装備品だ。調整が必要な部分があるのかもしれない。


 道らしい道もないのでプロミオンからは地上観測ドローンを出すことにしたが、地表の細かい状況まではなかなかわからない。重要人物を乗せているのでなるべく慎重に、そして地面の状態を調べながら目的地へと走る。


 途中にあるのは岩と砂、枯れ草にしか見えないものと黒っぽい樹皮の低木が幾つか。ステレオタイプのイメージにあるような、サボテンの類は見かけなかった。


 岩と砂の丘を幾つか越えて若しくは迂回して、二時間ほどもかけて西へ進むと、遠くに目的の別荘が荒れ地にポツンと立っているのが見えてきた。ナビゲータシートに座るアリスが、前を向いたまま路程が終わりに近づいたことをそれとなく伝えた。


「実際に走ってみて、地面の状態が良くわかりました。復路はもっと走りやすいルートをお伝えできると思います」

 観測ドローンも飛ばしてはいるが、地面の硬さや礫の粗さなどは、やはり走ってみた方がよくわかる。


「時間がかかり過ぎたよな。迂回しすぎたか?」

「情報収集には必要でした。あそこに見える建物が目的地です。運転お疲れさまでした」


 別荘の周りには他に幾つかの小屋があり、フォトマップで見た通りまばらに樹木が生えていた。

 建物の近くに車両を停めて、メルファリアから予め連絡を入れたうえで、一行は建物に近づき両開きの大きなドアをノックした。


砂の惑星……。

せっかくテラフォーミングするのだから、サボテンくらい植えてほしいものですよね。

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