♯10 迷宮調査
『エルフ』
エルフ族の中で最も多い種族。ダークエルフ、ハイエルフよりも魔力が少し高い。
『失礼しまーす』
「やあ、良く来てくれたね」
冒険者登録をしてから数週間。俺達は着実に依頼をこなしていた。
ホブゴブリンやトレント、あの忌々しいヴォーパルバニーの討伐。商人の護衛や山賊のアジト潰し。あとはカルマ達と一緒に依頼を受けた事もあったな。
はっきり言って余裕だったな。俺のLvならEランクくらいの魔物にはダメージすら食らわないし、カルマ達の立ち回りも上手くて苦労しなかった。
で、もう少しでEからDランクに昇格するかな~、って時くらいにギルマスから用事があるとかで呼ばれたんだ。
あ、メリノは商業ギルドで買い物してる。投擲武器の針が少なくなったから補充してくるらしい。
ギルマスの部屋に入ると椅子に座っているネルシアの姿がある。
『んで、用って何だ?』
「そうだね。まずは何から話そうか⋯⋯」
ネルシアは机の下から一枚の地図を出す。その地図の一カ所には赤い丸で印されていた。
『この赤丸は?』
「迷宮だよ」
ネルシアの言葉に少し反応する。
迷宮というのは、この世界のどこかに突然として現れる不思議建造物だ。中は遺跡の様だったり洞窟の様だったりするが、総じて迷路の様に複雑だ。あと魔物とか宝箱があったりする。
最終層には迷宮の主と呼ばれる魔物がいて、ソイツを倒すと大量の財宝と共に地上に飛ばされる。その際に迷宮は消滅する。
『その迷宮がどうしたんだ?』
「うん。つい先日冒険者から報告を受けて判明してね。恐らくは最近出来た物だと思うんだ。それで、君にはこの迷宮の調査をお願いしたい。これは君とメリノの昇格依頼として発行するよ」
迷宮の調査が昇格の条件か⋯⋯まあ、そんな難しいものでもないだろうし大丈夫だろう。
『分かった。でも調査って何すりゃ良いんだ?』
「基本的には五階まで進んでどんな魔物が出てくるのか、どんな迷宮なのか、途中で手に入れたアイテムはどんな物なのか、を報告してもらえば良いよ」
『あいよ。じゃあ早速行ってくるわ⋯⋯っていうか、昇格依頼の発行早くないか? まだ数週間だぞ?』
「それくらい君達に期待してるって意味だよ。頑張ってね」
ギルマスの部屋から出るとメリノが立っていた。どうやら買い物を済ませたみたいだな。
「何の用でしたか?」
『昇格依頼だ。この場所にある迷宮の調査を頼みたいんだと』
「もう昇格依頼ですか⋯⋯早いですね」
『それくらい俺達に期待してるんだってさ。とにかく行こう』
「はい」
王国を出ると迷宮があるという平原に向かう。ロング・ジャンプで移動すると、目の前に崩れかけの遺跡風の入り口が見えた。
『えっと⋯⋯地図によるとアレみたいだな』
入り口は地下に向かって階段が伸びており、崩れかけている石レンガの壁には目玉みたいな謎の紋様が描かれている。
『何だこの紋様? メリノ分かる?』
「いいえ。何かの書物で見た気がしますが⋯⋯申し訳ありません」
『謝んなくていいぜ? 取り敢えず写しとくか』
俺はアイテムポーチから一枚の羊皮紙とペンを取り出して写しておく。
『うし、じゃあ入ってみるか』
「はい」
迷宮の中は薄暗く、どこかジメジメッとしていた。床には水がほんの少し溜まっており、歩く度にピチャピチャと音を立てる。
俺達は迷わない様に左側の壁に沿って歩き、いつ魔物が出ても反応出来る様に武器を構えておく。しかし⋯⋯
『⋯⋯不思議なくらい何も無いな』
「そうですね」
魔物と一切出会わない。宝箱とか罠とかも無いし⋯⋯おかしな事もあるもんだな。
結局、一階は特に何も無かった。その後も二階、三階と降りていくが魔物も宝箱も無い。
そして目標の五階⋯⋯ここは先程の階と違って大きな扉が一つあるだけだ。
『ここが五階か』
突然だが、迷宮には二つの種類が存在する。
一つは通常の迷宮。これは最低の階数が十階。最大の階数が二五階まであって、最下層に迷宮の主がいる。
そしてもう一つは大迷宮。最低の階数が二五階。最大階数が百階という馬鹿でかい迷宮だ。宝箱とかが多い代わりに魔物が強く、しかも五階毎に番人と呼ばれる魔物がいてソイツらを倒さないと先に進めない仕様になっている。
大体は宝箱とか魔物の強さで判断するんだが⋯⋯今回は何も見つからなかったのでどっちなのか分からない。
『メリノ、用心しとけよ』
「はい」
そして俺は扉を開ける。中は大きな一つの部屋で、その中央に何かが鎮座していた。
『あれは⋯⋯?』
「石像の様ですが」
あまりに暗いので生活魔法の照明を発動する。辺りが明るくなり、石像も良く見える様になった。大きさ的には俺の二倍近くあるな。
その石像は辛うじて人間の形をしていると分かる。ただ腕の部分が異様にデカく、直立してる筈なのに拳部分が地面についてしまっているくらいだ。
そして顔の部分には入り口にもあった目玉の紋様が刻まれている。何なんだろうなこれ。
「ご主人様。こちらに扉がありますが」
『じゃあここは最下層じゃないのか。何か変な迷宮─────』
メリノに呼ばれ石像から目を離した瞬間、危機察知スキルによる反応が後頭部に出た。
《危機察知》自身へ迫る危機を察知するスキル。Lvが高い程強く正確に反応する。
反射的に屈むと、俺の頭があった所に石柱が飛び出ていた。
「ご主人様!」
メリノは俺の背後に針を投げる。俺はそれと同時に前へ飛んで後ろを向く。そこには⋯⋯
『動い⋯⋯てる?』
さっきの石像が腕を伸ばして攻撃していた。メリノの投げた針は弾かれたのか地面に転がっている。
『そうか。こいつゴーレムだ』
ゴーレム。石とかの生物以外の物質で作られた魔法生物。中に魔石が埋め込まれていて、制作者の思い通りに動く兵士として使われる。
コイツの場合は石で作られているからストーンゴーレムだな。他にも鉄で作られたアイアンゴーレム。木で作られたウッドゴーレム。死体で作られたゾンビゴーレムとかもある。
『って事はここの主は結構頭良いな』
稀に知性を持つ魔物がゴーレムを作る事がある。今回の迷宮の主はそういう類の魔物だろう。
そして、このゴーレムは恐らく番人。って事はこの迷宮は大迷宮だな。それだけ分かれば十分だ。帰還してギルマスに報告しよう。
と、思った所で俺達が入ってきた扉が閉まる。多分このゴーレムを倒さないと出られない仕様なんだろう。
『くそっ、面倒だな!』
ゴーレムは一番近い俺を標的にしたのかドスドスと近付いて拳を振り上げる。俺は咄嗟に盾で防いだ。が⋯⋯
『っ! 重っ⋯⋯!』
重量の乗ったゴーレムの一撃は俺が予想していたよりも重く、膝を折ってしまう。
待て待て、ゴーレムってこんな強かったか!? いくら重量のあるストーンゴーレムだからって、俺の膝を折らせる程の威力は無かった筈だぞ!?
俺はゴーレムの攻撃を防ぎながらも鑑定眼を発動する。
名称・──
年齢・──
種族・ストーンゴーレム
職業・──
Lv・172
・スキル
物理耐性2、魔力耐性1、状態異常無効、
神経異常無効、精神異常無効
剛力7、硬化6、障壁4、予見2
危機察知4、急所察知2
筋力強化4、耐久強化7、耐性強化3、
打撃強化6
硬っ! ゴーレムのスキル完璧に防御型じゃねえか!
ステータスを見ると剛力や硬化による強化で大幅に上昇している。耐久だけなら俺の耐久の四分の三には近付いている。
《剛力》筋力を大幅に上昇させるスキル。発動中は持続的にSPを消費する。
《硬化》耐久を大幅に上昇させるスキル。発動中は持続的にSPを消費する。
筋力も中々に高く、俺の膝を折らせるのも納得する程だ。
「アイス・ニードル」
メリノは俺を助けようと氷魔法を放つ。しかし高耐性によってほぼ無傷で耐えられてしまった。
『メリノ! こいつはお前の攻撃は効かない! 強化魔法で援護してくれ!』
「分かりました。フィジカルアップ、ガードダウン」
《ガードダウン》弱化魔法Lv3の魔法。相手一人の耐久を下げる。
《弱化魔法》援護系魔法の一つ。相手のステータスの弱化を促す魔法を操るスキル。
良し、メリノの援護で少しは楽になった。じゃあ俺も⋯⋯
『怪力!』
《怪力》剛力スキルの上位スキル。大幅に筋力を上昇させる。発動中は持続的にSPを消費する。
『ぬぅあああ!』
俺は盾を押し出し、ゴーレムの拳を弾き返す。
『食らえやぁあ!』
そしてゴーレムがよろけた所に斧槍を振り下ろす。しかしゴーレムは片腕を犠牲にして俺の攻撃を防ぎ、もう片方の腕で反撃してくる。
『シールドパリィ!』
俺はその拳を盾で弾く。
《シールドパリィ》盾術Lv3の戦技。盾を振り抜いて相手の攻撃を弾く。成功すると一瞬だけスタンさせる。
シールドパリィで攻撃を弾かれ、スタンした敵は何も出来なくなりその間は無防備になる。つまりデカい隙を晒すって訳だ。
『こいつの弱点は⋯⋯』
そしてゴーレムがスタンしている間に急所察知と弱点察知で一番ダメージを与えられる部位と弱点属性を探す。
《急所察知》相手の急所を察知するスキル。Lvが高い程強く正確に反応する。
《弱点察知》相手の弱点属性を察知するスキル。Lvが高い程強く正確に反応する。
結果、こいつの急所は頭。弱点は疾風属性だった。
『それなら⋯⋯ストーム・エンチャント!』
《ストーム・エンチャント》疾風魔法Lv3の魔法。武器に強力な疾風属性を短時間付与する。
《疾風魔法》四属上級魔法の一つ。詠唱の早い疾風の魔法を覚えるスキル。
俺はゴーレムの弱点である疾風属性を斧槍に纏わせる。更に斧槍を両手に持ち変えると
『グランド・クラッシュ!』
《グランド・クラッシュ》斧術Lv7の戦技。大地を破壊する程の威力を持つ一撃を振り下ろす。岩石の敵や地面に潜っている敵に効果が高い。
斧術の戦技、グランド・クラッシュを発動。スタンから解放されたゴーレムは危機察知が発動したのか残った腕で頭を防ぐ。
斧槍が当たるとゴバンッ! という音と共にゴーレムの腕を破壊。更に頭を叩き潰して中の魔石を砕いた。
魔石を破壊されたゴーレムは動きを止め、ただの石塊と化す。
『ふい~⋯⋯』
ヤベぇ⋯⋯ゲームと殆ど同じ世界だと高をくくってたけど敵が意外に強い。しかもLvが200近く、それもエンチャントまでしないと一撃で沈まない奴まで出てきた。
こりゃあ気を引き締めないと死ぬかもしれねえな。まだゲーム感覚が抜けてないのかも。
『メリノ、大丈夫か?』
「はい⋯⋯申し訳ありませんご主人様。先の戦闘では役に立たず⋯⋯」
『コレはしょうがないさ。さあ、一旦帰ってギルマスに報告しようぜ』
「はい⋯⋯」
俺達はゴーレムを倒した事で開いた扉から外へと向かう。
⋯⋯奥に進む扉の付近で、何者かがこちらを覗き込んでいたのにも気付かず。
─────
『戻ったぞギルマスー』
ギルドに戻ってきた俺達はギルマスの部屋に入る。中ではネルシアとガルスのおっちゃんが話をしていた。
「ああ、お帰り。早速報告をお願いしようかな」
『あいよ』
俺は順を追って迷宮についての調査結果を報告する。
迷宮は遺跡の様であること。1階から5階まで調査したがなぜか魔物や宝箱が一つも無かったこと。更に大迷宮で、守護者がかなり強かったこと。他にも色々だ。
「まさかの大迷宮か⋯⋯」
「おい兄ちゃん。そのゴーレムはどのくらい強かったんだ?」
『Lvで表すなら172Lvだったな』
「ご主人様が攻撃をやっとの事で防げる程でした」
『あ、そういや迷宮の入り口とゴーレムの顔面にこんな紋様があったんだが。ギルマスは分かるか?』
俺は羊皮紙に描き写しておいた紋様を取り出す。その瞬間、二人は目を見開いた。
「おい兄ちゃん! それは!」
「フォモール族の紋様じゃないか!」
フォモ⋯⋯? ああ、アイツらか。
フォモール族というのは邪人族⋯⋯ゴブリンとかオークとかと同じ種族で、腕が何本もあったり頭が動物だったり、更には手足が無くて芋虫みたいな奴だったりと、総じて醜悪な姿をしている邪人族の一種だ。
それだけなら良いけど、一番厄介なのは人間やエルフより少し低い程度知能を持っている事だ。
同じ知能を持つという事は武器を持って連携してきたり、罠を仕掛けてくるということ。あそこはそんな奴らの遺跡だったのか⋯⋯。
遺跡の正体がフォモール族のだと知ったネルシアとガルスは難しい顔になる。
「これは大変だね⋯⋯ガルス、今いる冒険者で戦力になりそうなのは?」
「精々三、四パーティー程です。他のパーティーや冒険者は全員出払っています」
「う~ん⋯⋯犠牲を覚悟で依頼を出すしかないか。ねえランヴェル。君はゴーレムと戦ったと言ったね」
『うん? そうだが⋯⋯』
「君はあの迷宮の主を、倒せる自信はある?」
ネルシアの言葉を聞いた俺は腕を組んで考える。
ゴーレムであの強さだ。恐らく迷宮の主はもっと強いんだろう。だが⋯⋯俺には切り札がある。それ以外にもスキルを駆使すれば十分戦えるだろうな。
『勝てる。確実にな』
「そうか⋯⋯ガルス。君は迷宮攻略の依頼を発行して。ランクは問わないよ。リーダーはランヴェル以外なら誰でも良いからね」
「分かりました。早速やってきます」
ネルシアに命令されたガルスは部屋を出て行く。
「さてランヴェル、メリノ。君達は約束通りDランクに昇格だ。そして早速で悪いけど迷宮攻略に行ってほしい。このギルドの切り札としてね」
『別に良いけど⋯⋯随分と持ち上げるんだな』
「今朝にも言ったけど、それくらい君達に期待してるんだよ。それに、今このギルドにいる冒険者では君達が最も強いからね」
それは今出払ってる冒険者の方が強いって事ですね分かります。ちょっとショックだなんて思ってない。決して。
「恐らく近日中には依頼が発行されるよ。その時はよろしく頼むね」
『あいよ。あ、もし他の冒険者を一時的なパーティーとして誘って良いなら組みたい奴らがいるんだけど』
「構わないよ。依頼を受ける時に教えてくれれば良いから。じゃあよろしくね。ランクの昇格は受付にこの羊皮紙を渡せばオッケーだから。ご苦労さま」
ネルシアに挨拶してから部屋を出た俺達は、受付でEからDにランクを上げた後、商業ギルドで道具を買ってから宿に戻った。
迷宮攻略か⋯⋯犠牲は出したくないよなぁ。




