お宅訪問
誤字脱字を修正しました
ピンポーン
昔ながらのオーソドックスなチャイム音が響く。
白い壁に囲まれた一軒家は、三年前に建て替えられたばかりの白と黒のシックでモダンな建物。
建て替えた理由は防犯対策。留守がちな家主 ―親父だな― が年頃の娘 ―俺の姉― のために防犯強化しただけの話。当時この辺りで通り魔がでて、若い女性が被害にあった。命はとりとめたらしいが、犯人がすぐには捕まらなかったこともあり、このあたりに住む人達は恐怖に慄いた。うちはホームセキュリティーに加入しているんだから大丈夫だろうと思うのだが、親ばか親父は「うちの可愛い娘が!!」と叫んで家ごと建て替えてセキュリティーを強化した。我が親ながら思考回路が読めない。
通り魔に対しての対策がホームセキュリティーというのはちょっと違うのではとツッコミを入れてみたものの、明後日の方向に突っ走った親父は止まらなかった。SPを雇うというのを姉と二人で宥めるのが大変だったのを覚えている。
ここは俺が三枝彬として生きていたときに住んでいた家だ。門と玄関がそれぞれキーとナンバーを入れてのロック解除の二重キーとなっている。二重キーが二つで四重キー。泥棒も逃げていくな。
当然俺はロック解除のナンバーは覚えているが、キーを持っていないので入れない。まぁ、この姿でロック解除したら怪しまれるだろうからそんなことはしないが。
千聖、梨花、俺の三人で学校の帰りにそのまま三枝家に来ている。
まぁ梨花は当然くっついてくると思っていたので、想定内。ただ、こいつは一度も俺の家に来たことはないはずだ。どうして今日に限って・・・と思って頭の中で考えを巡らせていると、無意識で梨花のことを見ていたのか「文句ある?」とでも言うような目で睨みつけられた。慌てて目をそらすが、空気が重い。
「いらっしゃ~い」
頭の中に花でも咲いているのかと思うような軽い声で俺たちを迎え入れたのはこの家の長女の寧音だった。
重かった空気がガラッと変わって軽くなる。
千聖の方に向かって笑顔を向けていたが、後ろに立つ俺達に気づくとひらひらと手を振ってみせた。
「千聖ちゃんのお友達ね、いらっしゃい!ささ、入って」
扉を大きく開いて俺たちを家の中に招き入れる。
「ありがとうございます、寧音さん。今日はお仕事大丈夫なんですか?
「仕事ね・・・上司が仕事押し付けてくるから、有給使って休んじゃった」
ハートでも飛びそうな喋り方に頭痛がしてきそうだった。
そうだった、昔から姉は優秀でいろいろできたから頼られることが多かった。でも、頼られるのは嫌いだった。自分でやれることは自分でやる!というのがモットーなので、何事も人に頼らず自分で調べて対処法を探し、自分で対策を立てる。自分だけならそれでも良いが、他者にもそれを求めるので、対等の力を持つ人としか友人関係を結べない。優秀故に対等の力を持つ女子などそうそういなくて、極端に友達が少ない。上辺だけの仲良しならいるんだろうけど・・・会社の上司にも容赦ない。大卒二年目の若手の暴挙に、よく首にならないものだといつも不思議だった。
「久しぶりに千聖ちゃんが来るって連絡くれたでしょう。もう、嬉しくて思わずクリスタルのケーキ買いに走っちゃった!」
案内されたのは二十畳もあるだだっ広いリビング。姉のこだわりで購入した、デザインはシンプルなのに座り心地の良いソファーに座るよう誘導されるが、目の前に置かれた白い箱に千聖と梨花は心を奪われている。
目をキラキラさせながらケーキ箱を開くと、季節のフルーツをふんだんに使った食べるのがもったいないようなキレイにデコレーションされたケーキが箱いっぱいに入っている。
「すごーい!!」
「クリスタルっていつも行列ができてて手に入れるのが大変なお店ですよね。予約しても個数限定でしか買えないって聞いたことあるんですけど・・・」
千聖と梨花が目を丸くしている。女子のテンション上がりまくりだな。俺はあまりごてごてしたケーキは好きじゃない。ふつうのいちごショートが一番美味しいと思っているので、彼女たちほどテンションは上がらない。
「千聖ちゃんのお友達、よく知ってるわね!クリスタルのケーキふつうだと買えないけどね、オーナーと知りないなの。毎日だと申し訳ないけど、たまにだったら融通を聞いてもらえるの」
ほ~っとうっとりとため息をつく女性陣。
「まぁまぁ、椅子に座ろうか」
ケーキを前に中腰という中途半端な体勢だったことに気づいたようで、寧音がソファーに座るように促した。俺はちゃんと座っていたけど、ケーキに見とれていたことが恥ずかしくなったのか、顔を赤くしながら慌てて座る千聖と梨花。
いつの間に入れたのか寧音がティーカップを各自の前に丁寧に置いていく。
「お砂糖は自分で入れてね」
目線を向けられて「いえ、ストレートで」と答える。
「ケーキはどれが良い?」
すでに千聖と梨花はケーキを選んで小皿に取り分けていた。
「じゃあ、いちごショートでお願いします」
「ストレートティーにいちごショートか・・・彬の友達って言ってたけど、食の好みも同じなんだね」
あ・・・と思ったが声に出すのは我慢できた。不審に思われるかなと思ったけど、ふつうにある組み合わせだからそんなに意識しないほうが良いかもと変なリアクションはしない方が良いと判断した。
「男は甘い物苦手な奴多いですからね。紅茶はストレートだし、コーヒーはブラック。ケーキよりは塩辛いほうが好きですよ」
苦笑しながら答えると、
「将来酒飲みになるね!」
寧音はニヤッと笑っている。我が姉ながらよく分からない思考回路だと再認識して思わず乾いた笑みが浮かぶ。
暫くの間お茶を飲みながら歓談していたが、やがて千聖が話を振ってきた。
「寧音さん、彬くんに会えるかな・・・」
会うとはどういうことかと首を傾げると、寧音は「そうね」とつぶやいて俺たち三人を隣の部屋に案内した。
隣は和室で、目の前に存在感のある大きな黒光りする仏壇が鎮座している。飾られる遺影は二つ。彬と彬の母。これを見ると、俺って本当に死んだんだなと実感する。今ここにいる俺は一体なんなんだろうと存在自体を否定されているようで居心地が悪い。
とりあえず、線香を立てて手を合わせる。自分に向けてではなく、母に向けて。
いつもは賑やかな梨花も神妙な顔をして手を合わせ、千聖も複雑そうな顔をしている。
微妙に重々しい空気を打破したのはやはり寧音だった。
「みんな~、顔くら~い。もう二ヶ月も経ってるんだからさ、もっとにこやかに手を合わそうよ!」
「寧音さん・・・」
「仕方ないよ、帰ってこないもんは帰ってこないのよ。父も仕事で不在のことも多いからこのだだっ広い家に一人のことも多くて寂しいけど・・・」
言葉の途中でハッと息を呑んだ寧音は急に目をキラキラ輝かせて千聖の両手をギュッと握りしめている。
「そうよ、どうして今まで気づかなかったんだろう!!千聖ちゃん!うちの子にならない?」
「は?」
両手を掴まれたままブンブン振られている。手の振動と合わせて華奢な千聖の身体も前後に揺れている。
「どうせ千聖ちゃんのご両親しばらく帰ってこないんでしょ?今どこにいるの?アメリカ?カナダ?」
「ブラジルです」
「地球の裏側なんて遠い遠い!!可愛いお嬢さんに何かあったら大変よ!うちだったらセキュリティーはバッチリ!一人暮らしなんて危ないわ。今すぐうちに引っ越しておいで!」
相変わらずの飛ばしっぷりに遠くを見つめたくなる。昔から思い立ったら一直線!の姉は隣に住む千聖のことを以前からかわいがっている。
千聖の両親は仕事の都合で外国で暮らしている。それは千聖がうちの隣に引っ越してきたときから変わらない。はじめは親子三人で海外で暮らしていたらしいが、千聖の希望で千聖と母親だけが帰国。二人で暮らすためにうちの隣に引っ越してきた。しかし、そのうち母親は父親のもとに行ってしまった。あの人達ラブラブだから・・・と千聖は笑っていた。あのときは千聖が一緒に行ってしまうのではないかとハラハラしたものだ。
「でも、やっぱりお家にいないと、両親から連絡があったときに心配しますから」
千聖が言葉は柔らかくてもきっぱりと断ると「ざんね~ん」と語尾を伸ばしてくねくね体を揺らしている。
俺の生前も何度も繰り返されているこのやり取りについついツッコミを入れたくなる。
「あんた何歳だ」
心でつぶやいたはずが、どうも口から溢れていたらしく、寧音にキッとにらまれた。やれやれと肩をすくめると、「仕草も似てるのね・・・」と驚かれた。やばい!彬であったときの記憶が戻ってから当然なのだが、無意識の動作が彬と同じものになる。似てるなぁと思っててくれるくらいならいいが、おかしいと思われては大変困る。
下手なりアクションするよりはスルーするほうがいいかと聞こえないふりをすることにしたが、梨花には聞こえていたようで、まじまじと俺の方を見ているのを感じた。気づかないふりを続けているが、身体に変に力が入って痛くなりそうだった。
と、こんなことをしている場合ではなかった。俺は今日ここに来た自分の目的を思い出した。仏前に手を合わせてなんて当然ここに来る言い訳。セキュリティー対策がすさまじいのは知っているから、不法侵入はできない。壁よじ登ったら10分もしないうちに警備員が来るだろう。
寧音と面識のない今のアラタの俺がこの家を訪問しても仏壇に手を合わせてまでが関の山。寧音が信用しまくっている千聖とならいけるかもとふんで一緒に連れ立って来たのだ。
今がいい頃合いだろうと俺の目的を口に出す。
「彬の部屋を見せてもらえませんか」
「彬の部屋?」
なぜ?という疑問符が顔面に貼り付けられているような顔をしているのが分かりやすい。この人本当に大人かとツッコミを入れたくなるほど素直な反応。会社で有能だというのを疑ってしまいたくなる。
「俺、彬とはネットのゲームで知り合ったんですけど、ゲームの中の彬のことしか知らなくて。もう会えないけど、もっと彬のこと知りたかったな・・・なんて思って」
我ながら苦しいいいわけだとは思っているけど、千聖はそれで騙せた。梨花はちょっと疑っている感じもある。寧音は単純だからきっと大丈夫なはずだとの思惑はその通りで、寧音は「そうね、彬はネットオタクだったからリアルの友達なんてあんまりいなかったのよね。千聖ちゃんがいればそれでいいって感じだったし」
オタクではない。ただ普通にネットを楽しむ高校生だ。
アラタとして千聖に会ったとき、苦し紛れにネットで知り合ったと言ったが、記憶を取り戻してからそれはながち間違ったことでもないなと分かった。俺は生前常識の範囲内の時間ではあるが、ネット対戦のゲームで遊ぶこともあったし、普通にユーザーとして登録しているサイトもいくつかあった。
「いいわよ!好きなだけ彬の部屋を見ても。ただ、ホコリまみれなのは我慢してね」
って誰も俺の部屋掃除してくれてないのかよ。とのツッコミも心の中にとどめておく。
寧音がこっちよと言いながら俺たちを二階に案内してくれる。階段を上がって一番奥の部屋が俺の部屋だ。
思ったよりも埃っていないことに安堵した。週一回ハウスクリーニングが入ってるんだから、当然かもしれない。
机とベット以外には作り付けになっているクローゼットと本棚があるだけで他にはなにもない。机の上のデスクトップのパソコンが存在感を示している。
本棚には目線の高さに教科書が、趣味の本はその上の棚に、アルバムなどは下の棚に収納している。俺は迷わず下の棚のものを見るためにかがみ込む。
「見ていいですか?」
自分のものではあるが今はアラタであるので、疑われないために寧音に許可を求める。
「なんでも適当に漁っていいわよ。ただ、元のところに戻してね」
小さく頷き、遠慮なく棚から目的のものを抜き出してパラパラとページを捲る。横目で女性陣の方を伺うと机の上に飾ってある千聖から誕生日にもらった猫のオブジェをみてきゃあきゃあ言って騒いでいる。
同じ棚の数冊隣のアルバムを取り出してページをめくるが、予想通りのことに無意識のうちに頷いていた。
「ミカエル様の言ったことは本当だったんだ・・・」
小さくつぶやいた後に、聞かれてないかと慌てて振り向いたが、女性三人はこちらのことなど何も見ていないようでホッとした。