視線
誤字脱字を訂正しました
「前の学校はどんなところだったの?」
「部活は入ってたの?」
「学校案内しようか?」
昼休みになるとクラスメイトに囲まれていろいろな質問が飛んでくる。
一気に質問攻めにされて、どこから答えたらいいのか困っているところにニコニコと千聖が近づいてきた。サーと波が引くようにクラスメイトが左右に分かれて道が出来る。
「アラタくん、学校案内しますよ」
「ありがとう」
ちょっとうんざりしていたので千聖の申し出にありがたく乗っかることにする。
見知ってるクラスメイトがこんなに転校生にくいついてくるとは思わなかった。興味津々で問いかけてくる内容もみんな同じで、何度も同じ返答を繰り返すのに疲れてきた。学校にきて疲れるなんて思ったこともなかった。
ただ、クラスメイトの千聖への態度が少し気になる。
自然と千聖から距離を置いている?どうして?
俺がこのクラスに彬として存在してたときにはそんなことはなかった。目立って中心にいることはなくても、クラスに溶け込んで浮いていることもなかったし、一番仲の良かったのは梨花だったが他のクラスメイトともそこそこ仲良くて、少なくとも千聖を嫌っている者はいなかったと思う。
俺が死んでからの二ヶ月の間に一体何が起こったのか・・・
そんなクラスメイトの様子に気づいてないのか、気づいていても気にしていないのか千聖は「じゃあ、この教塔から」といいながら廊下に出ていく。クラスメイトの不思議そうな顔を気にしながらも俺はおとなしくついていくことにした。
「みんなびっくりしていたね」
クスクス笑いながら先導する千聖は口元を抑えている。
「どうしてだろう?」
「私が男の子に声をかけたのが珍しかったからかな」
「?」
昼休みで廊下を移動する生徒が多い中、それを避けるように移動を続け、特別教室があるたびに立ち止まってここが何のための教室かを説明してくれる。
記憶が戻っていたから全部知っていることなんだけど、知らないふりをしてふんふんと相槌を打ちながら後ろをついて歩く。
そのうち、背中に視線を感じることに気づいた。視線の主を探してあたりを見回すと、すれ違う男子生徒はみんな千聖を見て驚いたように振り返る。これか?視線の主は男子生徒・・・
こんなに千聖ってみんなの視線を浴びてたっけ?俺に向けての視線ではなさそうだけど・・・ただ、男子生徒だけの視線とも思わない。
多分男子生徒の視線の意味は「羨ましい」ではないだろうか。千聖は男子生徒からの人気もあり、それを牽制するのも俺の大事な仕事だった。(任命者は俺)
それとは別に絡みつくような嫌な感じの視線も混じっている気がする。
「千聖ちゃんだったらモテるでしょ?」
軽いノリで聞いてみたけど、千聖の答えが来る前に
「千聖!」
一人の少女が近づいてきて俺の質問はなかったことにされた。
「梨花ちゃん」
こちらに降りてきた日に出会った千聖の友達の梨花だった。ポニーテールをブンブン揺さぶりながら走り寄ってくる。顔を真赤にして般若のように怒っている。
俺が生きているときから千聖の仲の良い友達だった。親友とまで言えるのは多分梨花だけだろう。
梨花がこんな顔をするなんて見たこと無い。
「何しているの!」
俺と千聖を遮るように割り込んだ。何を怒っているのか知らないが、随分失礼な態度だな、こいつ。
「怪しい男と一緒に歩いてるなんて危ないよ!!」
「怪しくない転校生で~す」
カチンときたので言い返しておく。
「あんた随分失礼だな。千聖ちゃんが親切で校内を案内してくれているのに。それともこの学校では不審者が生徒のフリして徘徊してるのか?」
近くにいた生徒たちが俺達の言い合いに気づいて周囲を取り囲もうとしていた。ちょっと目立つのは困るんだけどと思いながらも、後には引けない。
「なっ・・・」
言葉に詰まった梨花は周りを見回して「ちょっとここでは・・・」とつぶやいた後、右手で千聖、左手で俺の手首を捕まえて「来て」と言うといきなり走り始めた。
「梨花ちゃ~ん、待って待って」
足がついていきかねてる千聖が悲鳴のような声を上げる。
俺たちを見物していた生徒たちも何が起こったのか分からずあっけにとられて走り去る俺たちを見送っていた。
走っている途中で梨花がどこを目指しているのかが分かってきた。上だ。梨花は上を目指して走っている。
唯一屋上に出られる扉の前で立ち止まり息を整える。千聖は声も出せないくらい「はぁはぁ」早い息を繰り替えず。
「立入禁止って書いてあるけど」
「大丈夫よ。鍵は開いてるから」
そう言う意味で聞いたのではないけど・・・と思いながらも、錆びて重そうな扉を開ける梨花に続いて屋上に出る。千聖は躊躇することもなく俺についてくる。
これは何度も二人でここに来たことがあるなと直感する。
当然だが屋上には何もなかった。校舎沿いにはられているフェンスに床はコンクリートの打ちっ放し。
よく見るオーソドックスな屋上。梨花は扉を出て壁沿いに裏側に回る。
「ドアの近くでは誰かに効かれたら困るでしょ。フェンスの方にいくと下から見えるかもしれないし」
と慎重な様子を見せる。梨花ってこんな子だったっけ?
「転校生のあなたは知らないだろうけど、彬くんが死んだ後、一部の女子生徒から千聖は執拗な嫌がらせを受けてるのよ」
「嫌がらせ?」
「そうよ。彬くんが死んだのは千聖の所為だって・・・」
ああ、こないだみたいな・・・と言おうとして、梨花が悔しそうに唇を噛み締めながらうつむいているのに気づいて言葉を飲み込む。
相反して千聖は達観したように空を見上げて「仕方ないよ」とつぶやいた。
「交通事故なんだろ。悪いのはトラックじゃないのか?」
「そんな理屈は通用しないのよ」
「でも・・・」
反論しようとした俺の言葉を「この前も言ったけど」と遮る。
「歩行者用信号は青に変わったところだった。みんなが横断歩道を渡ろうとしたところでトラックは信号無視で突っ込んできた。その場にいた人は気づいていた人が殆どで、トラックスをやり過ごそうとしていたのに、千聖の背中を押した人がいたわ。それに気づいて助けようとした彬くんが轢かれたの。みんなが見ている前でね」
確かに目撃者は多かっただろう。学校の目の前の交差点だ。
事故のことはおぼろげにしか覚えていないが、千聖が車道によろけたのが見えて、手を伸ばしたことは覚えている。
「悪いのはトラックと千聖の背中を押したあの三人よ。なのに、自分たちのやったことを棚上げにして、助けられた千聖が悪いって学校中に吹聴して、悔しさ倍増よ!!」
熱く語る梨花は手を握りしめてわなわな震えている。
「梨花ちゃん・・・でもね、彼女たちの言うことは正しいわ。私は助けられるべき者ではないし・・・」
「そんなことない!!」
思わず叫んでいた。
そうしてそこまで自分を卑下してしまうのか理解に苦しむ。
「助けられるべきでない者なんてどこにもいない!!それに、千聖ちゃんは助けられるべき人だよ!少なくとも彬は助けたかったんだ!!自分が死んでも千聖が助かったのなら、全然後悔していない!!・・・と思う」
「アラタくん?」
ついつい自分の気持ちを熱く吐き出してしまう。彬だった頃のように呼び捨てにしてしまったことに気づいてまずいと感じる。
千聖が不思議そうに見るのも仕方がない。でも、これだけは誤解してもらいたくなかった。
「俺は彬のことを一部しか知らない。でも、大事に思っている彼女がいたのは知っている。その彼女を守るためなら命も投げ出すような熱い奴だったのも分かってる。だから、千聖ちゃんは彬が悲しむようなことは言わないで欲しい」
一瞬ビックリしたように目を見開いた後に、千聖はクスリと笑ってみせた。
「アラタくん勘違いしてますよ。私は彬くんの彼女じゃありません」
そう・・・俺と千聖はちゃんとした彼女と彼氏ではない。俺は千聖が好きだったが、それをちゃんと伝えていなかった。というか、伝えようとすると千聖がうまくはぐらかして言えない状況に持ち込まれた。
でも、嫌われているとは思わなかった。
家が隣同士で、学校の行き帰りはいつも一緒。学校でも共に生徒会活動をしていたから、一緒にいる時間も長かった。嫌がる素振りもなく側にいるのに、気持ちを伝えようとすると逃げられる。
千聖の気持ちが分からなくて一体何なんだと思うが、それでもいいと思うのが惚れた弱み。
「もともとあの三人は彬くんのファンだったから、千聖に難癖つけたいだけなのよ。彬くんが死んでから千聖が何も言わないのをいいことに、好き放題やってくれて。他のクラスメイトもはじめは庇ってくれたけど、自分たちにもとばっちりが来るから何も言わなくなって」
「でも、クラスメイトは私に危害を加えないし・・・」
「それは、みんな千聖を嫌いじゃないし、彼女たちに加担したいわけではないし」
「だから、みんないい人なのよ」
面白い思考回路だと思いながら二人のやり取りを見ている。見て見ぬふりも十分加担していると思うのは俺だけか?
「だから、千聖が行動を起こせばあの三人がまた何か千聖に言いがかりをつけてくるかもしれないでしょ!私は千聖を守りたいのよ!」
なるほど。必死の形相はそう言うわけか。相変わらずのナイトっぷり。
「でも、もう無理だと思うよ。散々校内回ったあとだし。挑むような視線を受けたしね」
笑いながら軽く言う俺を梨花は目を見開いて抗議の視線を向ける。アワアワ言って言葉になってない。 千聖は「嫌がらせなんとそろそ飽きると思うよの」と微笑んでいる。
梨花が作った緊迫した空気が和んでいく。
「じゃあさ、目をつけられついでに一つお願いしてもいいかな」
千聖が小首をかしげて俺の話を先に促す。
「彬の家に連れてってくれない?」
「彬くんの家?」
「そう!彬の墓参りでもしようかと思っていたのに、どこかわからないし、家のほうが近いかな・・・なんて仏前に手を合わせたいなとか思って」
勢いをつけてなだれ込もうと言葉を叩き込む。「ちょっとまってね」と前置きをして、千聖はスマホを取り出して誰かにメールを送っている。誰に送っているのだろうかと首をひねっていると、笑顔がこぼれて「よかった」とのつぶやきが聞こえた。
どうも相手からは直ぐに返事が来たようで、手でオッケーマークを作る。
「大丈夫だって!寧音さんも今日家にいるって。寧音さんは彬くんのお姉さんなの」
知ってる。といいそうになって慌てて口を閉じる。俺の6歳上の姉だ。すでに社会人の姉は広告会社に務め、営業補佐とやらをやっていたはずだ。本人曰く、雑用係らしい。でも平日に家にいるはずもなく、会社休んでるのか?
寧音さんがいるなら安心だとつぶやいた千聖は俺の方を見てニッコリと微笑んだ。
「じゃあ、放課後案内するね」
放課後彬の自宅に連れて行って貰う約束を取り付けて、その場を別れた。