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天使のたまごも楽じゃない  作者: 佐倉小春
6/21

忘れないで

 閉じた瞼に光が差し込むのを感じてゆっくり目を開ける。

 視界には見上げる形で千聖の口元が見える。頭の下は柔らかい感触。柔らかい手がおでこにあたっているのを感じる。

 だんだん周りが見えてきて、千聖に膝枕されているのだと気づいた。

 さっきの河川敷のベンチに座っている千聖の膝を枕に俺は寝かされている。


 俺の視線を感じたのか、千聖はうつむいて「気がついた?」と笑顔を向けてきた。

「千・・・聖・・・」

 ゆっくりと千聖の白くて柔らかい頬を右手を伸ばす。指先が触れるか触れないかとところで

「アラタくん?」

 不思議そうに首を傾げる千聖を見てふと我にかえる。

 しまった!俺は今アラタだった。つい彬だったときのように千聖に触れようとしてしまった。

 出会って間もなくの男に膝枕してくれてるのもすごいが、それはただの親切心であって、特別な感情は無いだろう。油断しすぎだと何度も注意したのに・・・

 急に思い出したことで、今自分がアラタであることを忘れてしまっていた。

「ごめん・・・」

 とりあえず謝ることしか思いつかず、身体を起こしながら謝罪の言葉を口にする。

「大丈夫?いきなり倒れるからびっくりしましたよ」

 心配そうに覗き込みながら起き上がら俺の背中を支えてくれる。


 取り戻した生前の記憶は千聖のことでいっぱいだった。

 出会い、再会、そして現在。本当に彬は千聖のことしか考えてなかったのだと笑いがこみ上げてくる。


 いつも千聖を見ていた。だからよく知っている。千聖はすべての人に優しかった。それが当たり前のように、恩着せがましい素振りなどなくごくごく自然に行動する。

 クラスメイトからの頼まれごとから始まって、時には嫌なことを押し付けれられているだけだろうと思うようなことも笑顔で引き受ける。

 見知らぬおばあさんの荷物を持ったり、道案内をするのは当たり前。近所の子供と遊んだり、勉強を教えたり、なんでも屋じゃないんだからとツッコミを入れたくなるようなこともある。

 千聖の優しさは誰にでも、どんな時もすべての人に向けられる。だからみんな誤解をする。自分にだけ特別な優しさを向けられていると・・・

『誰にでも優しいわけではないのよ』と笑顔で言うが、千聖が人に対して不快を示したのを見たことがない。

 でも、俺だけが特別じゃないと言われているような千聖の態度に情けないけどヤキモチを焼かずにはいられなかった。



「大丈夫?まだ少し顔色が悪いみたいだけど・・・」

「大丈夫。ありがとう」

 まだ少し混乱はしているけど、頭痛はしない。ゆっくり手をグーパー開いてみる。少し力が入りにくいけど、手足はちゃんと動く。座ったまま手を上げて伸びをしてみる、うん、大丈夫そうだ。

「ごめん、びっくりさせたよね。貧血かな・・・」

 隣に座る千聖にごまかすように笑いかけると、千聖も微笑み返してくれる。


ドキン


 胸の音が大きく響くのを感じた。

 そして、急に思い出す。

 そうだ・・・俺は三枝彬(さえぐさあきら)として生きていた時、目の前の少女のことを誰よりも大事に思っていた。

 その時の記憶が甦る。どれほど大事で、愛おしかったか。

 自分のことなのに、恥ずかしさがこみ上げる。

 高校生がこれほど人を好きになることがあるのだろうかと疑いたくなるほどの情愛。

 名無しの天使の俺の中にもう一つの感情が混ざってきて、記憶はあるけど本を読んだり映画を見て得た知識のように後付の記憶は自分のものとは言い難く、これが本当の自分の心かと言われると違うような気がする。

 実際、俺は彬としての記憶があるが、千聖に見えている俺は彬ではない。

 千聖と視線がぶつかった瞬間視線を反らしてしまった。

 どうすればいいのか、正直困る。

 千聖にいい意味での興味は湧くが、これは彬の記憶のせいなのか。俺は彬自身だと言ってもいいのだろ言うか?


「アラタくん?」

 目をそらしたのが不自然だったのか、困ったようにこちらを見ている。

「ごめん」

 自分でも何に対して誤ったのかよく分からない。どんな態度をとっていいのか急にわからなくなってうつむいてしまった。

 のんびりとした空気の河川敷のベンチに千聖と二人並んで座っている。彬の記憶のないときは全く意識もしなかったのに、記憶を取り戻した今はかける言葉にも慎重になってしまう。

「彬のことを聞いていい?」

 このまま黙って時を過ごすわけにはいかない。意を決して言葉を紡ぐ。

「彬くんのこと?」

「意地悪で酷な質問かもしれないけど・・・」

 そう注釈を入れてから爆弾のような質問を落とす。

「彬が死んで、どう思った?」

 意地悪だと分かっていても、自分のことをどう思っているのかを確認せずにはいられなかった。

「え?」

 一瞬目を見開いて身体を固めた後、視線を落としてつぶやくように言葉を紡ぎ始める。

「悲しかった・・・私なんて助けなくてよかったのにと・・・彬くんが生きていてくれたほうが何倍も嬉しいのにって。でも、彬くんが天に召されてしまったのはどうしようもない現実だから、だから・・・」

「だから?」

「彬くんが天国に行っても私のことを忘れないでいてくれたらいいなぁ・・・って願ったの」

 

―― 忘れないで ―― 


 その言葉が何故か耳に残った。なにか、ひっかかるけど、その何かが分からない。

「まだ彬くんのいない生活に慣れなくて、梨花ちゃんには心配かけてばかりだけど、私もちゃんとしなくちゃって思えるようになってきたんだよ」

 えらいでしょ!と笑ってみせる。

 日差しが照りかえりキラキラと光る川面を見つめながらなんとも言えない気持ちがこみ上げる。

 ()はここにいるんだと声を大にして言いたくなるが、そんな事を言っても理解してもらえないだろうし、俺が天使だとバレたらどうなるのかミカエル様は具体的に言わなかった。あれだけ念押しされたのだから、ペナルティがなにもないとは思えない。

 天界のルールをよく把握していないのも悪いが説明しなかったあの人も悪いという言い訳は通用しないだろうし。


 記憶は思い出したものの俺がイレギュラーな存在である原因がなんなのかいまいちよくわからない。

 わかったのは俺が千聖をとても大事にしていたということだけだと言っても間違いではない。死んだのはふつう(といっていいのかわからないが)の交通事故だし、他に何か背景があるようにも思えない。

 天界に戻るよりも、このまま千聖と一緒にこの世界で暮らすってのもいいな。バックレるってありなのかな・・・とかぼんやり思いながら千聖を見ると、幸せそうな笑みを浮かべながら追いかけっ子をしている幼稚園くらいの子どもたちを見ている。

 追いかけっこの鬼になっている子が赤い風船をもっている。タッチされて鬼が交代するときには風船を渡して、新しい鬼が風船を手にして友達を追いかける。

 あ!という声が重なって聞こえて目線を飛ばすと赤い風船が空に舞うところだった。風はあまりないが、ふわふわ浮き上がる風船には子供がぴょんぴょん飛び上がっても手が届かない。

 あれならまだ届くかも・・・そう思った瞬間には走り出していた。子どもたちの手前4~5mくらいのところで思い切り右足を蹴ってジャンプする。思ったよりも身体はふわっと浮き上がり、手を伸ばすと余裕で風船に手が届く。子どもたちの目の前で華麗な着地を決め、風船を追いかけて空に手を伸ばしていた男の子に風船を渡してやる。ポカンと口を開けていた子どもたちは風船を手にした瞬間に破顔した。風船を手にした子が「ありがとう!」と叫ぶくらいの大声でお礼を言ってくれたのを皮切りに、「すげー!!」「かっこいー!!」などの称賛の声が降り注ぐ。キラキラした目で見られると照れくさい。

 鳥みたいだったよー!と言われてふと我に返る。鳥?

「アラタくん・・・」

 千聖が驚きを隠せないというように口元を抑えてわなわなと震えている。

 俺・・・なにかやばいことしたのかなと、自分の行動を振り返るが、よく分からない。

「背中・・・羽?」

 へ?慌てて自分の背中に手を回してみるがなにもない。平坦な背中があるだけだ。首を回して背中を見るが当然何も見えない。

「さっき・・・背中に白い羽が見えたの・・・ジャンプした時・・・」

なにぃ!!羽?

さっきジャンプした時自分の体が異常に軽いと感じた。生きていたときよりもジャンプしたときの到達点が高いなと感じたけど、もしかして・・・

「ねぇ、もしかしてアラタくんって・・・」

 その先は言わないでくれ!!という視線を送りつつ祈る。

「鳥男なの?」

 口元で組んだ手がわなわな震えながら、それでも恐怖ではなくキラキラとした好奇心満々の瞳でこちらを見つめる千聖。

 千聖の思考回路が読めない・・・

「イイエ、フツウノヒトデス」

 座り込みそうな全身の脱力感に襲われながら、片言のような日本語で返すのが精一杯だった。












なかなか話が進みません(苦笑)

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