過去の片鱗
次の日もよく晴れていた。
雲ひとつ無い快晴の空が目に眩しい。風がそよそよ吹くので暑すぎず心地良い。
千聖との待ち合わせは例の俺が死んだ交差点。
人としての社会の知識は残っているものの、この辺りの土地勘は失われているので(設定も隣の県から来たということになっているので、本当に覚えていないのはありがたい)知っているのはここくらい。
少し早めに待ち合わせの交差点に行き、学校周囲をぐるっと歩いてみた。
思い出すものは何もなかった。俺が通っていたはずの高校。敷地の周りを囲むフェンスから見える四階建ての建物。裏手では野球部の練習場かマウンドが見えた。土曜日だけど登校して部活動の練習を行っている奴らもいた。この中の何人かはもしかしたら俺の知っている生徒も混ざっているのかもしれない。
遠目で見るからはっきりとした顔を識別できないけど、何も感じない。
ぼんやりと見ていても何も思い出しそうもないので、千聖との待ち合わせ場所に移動することにした。
待ち合わせの時間に千聖は一人できた。
てっきり梨花もくっついてくるのかと思っていたので、ちょっとびっくりした。
千聖は白いニットに薄ピンクの花がらのスカート。茶色いローファーを履いていた。
ガーリーファッションは千聖の雰囲気によく似合う、優しい空気を纏う。今日も千聖はうっすら輝くオーラを身体に纏っている。あのオーラが見えるのは天使である俺だけだろうか?
「遅れちゃったかな?」
にこやかに微笑みながら声をかけられた。
「いや、俺が早く来たから。彬の学校、外側だけでも見たくて」
50mほど向こうの正門の方を指差すと、千聖は「ああ」とつぶやいた。
「彬くんは活動的で生徒会活動とかもしてたから、学校のみんなも彬くんのこと大好きだったの」
ニコッと笑ってるけど、ちょっと笑顔が寂しそうに見える。目が笑ってない。
「それより、彬の好きなところってどこ?やっぱゲーセン?」
ネットゲームで知り合ったっていう設定を思い出して聞いてみる。
暗い雰囲気を払拭させるべく笑顔を作らねば!
「んーっと、私とはあまりゲーセンには行ったことがないの。私があまり得意じゃなくて」
エヘッとはにかんで見せる。かわいー!!人間界に来れてよかった。
「ちょっと聞いていい?」
「なんでしょう?」
問いかける俺に、首を傾げながらも笑顔を向ける。
「千聖ちゃんはいつ彬と知り合ったのかな?」
え―っとと言いながら何かを思い出すように空を見上げる。
「初めてあったのは6歳だったかな。でもそのときはニアミスみたいなものですぐ会えなくなって、14歳のときに引っ越したんだけど、その引越し先が彬くんの家の隣だったの。そこから友達になってくれたの。ほら、私って鈍いからほっとけなかったんだと思う。優しいよね、彬くん」
ここでふと思う。
俺は生前、千聖のことをどう思っていたんだろう・・・記憶がない今でさえ可愛いと感じる。
ふわふわとした雰囲気の守ってあげたいと思わせる美少女。きっと男なら誰からも好印象を持たれるだろう。女子は・・・昨日の感じだとあまりの可愛さに嫉妬されて・・・とかありそうだな。
一緒に過ごしたのは3年くらい。なんとも思っていなかったとは思えない。好きだったんだろうか・・・
覚えていないことに罪悪感を覚える。
でも、彼女が俺のことをどう思っていたのかは分からない。
「どうしたの?アラタくん?」
一瞬トリップしていた俺を現実に引き戻したのは千聖の言葉だった。
不思議そうな瞳で俺を覗き込んでいる。
「ああ、ごめん・・・彬は優しかった?」
「優しいよ~!」
即答かよ。
破顔している千聖を見ていると、好きだったんだろうなと感じる。自分のことなんだろうけど、客観的に見ることが出来るので冷静に判断出来る。
そして、多分俺も・・・
今の俺でさえも惹かれるものを感じる。ただ、彬の気持ちとリンクしてるのかといえば、そうでもないかも。
「で、彬の好きな場所ってどこかな?」
話を本題に戻しておこう。記憶を取り戻すという本来の目的を思い出した。
「彬くんは自然が好きだたかな。森林公園とか、高台にある展望台とかお弁当もって一緒によく行ったの。二人で一日外でぼ~っとしてたこともあるかな」
俺の設定間違えたかな・・・ネットゲームやってなかったかも?不自然に思えたらどうしよう・・・
「一番好きだったのは河川敷かな・・・」
「河川敷?」
「そう!6歳で初めて会ったのも河川敷なの。川の流れをボーッと見てると落ち着くんだって言って、よく行ってたのよ」
川の流れねぇ・・・エコロジスト・・・かね?自分のことながらピンとこない。
高校生で川を見つめるって、我ながら爺くさい。と自分にツッコミを入れてみる。
「じゃあ、移動しようか。とりあえずその河川敷にでも行こう」
千聖を促してその場を離れることにする。
実はさっきから気になる視線があるからだ。
天使の力はないはずだが、感覚が敏感になっている気がする。学校の正門あたりから姿は見えないが視線を感じる。好意的な視線ではなく、まとわりつくような視線。
千聖のファンか?俺に向けられているのか千聖に向けられているのか判別しかねる視線から逃れるためにも移動するのが適切だろう。
「あっちから行ったほうが早いから」
といいつつ俺を促して歩き始める。不穏な視線は気づいてなさそうだった。
千聖に連れられてやってきた河川敷は思ったよりも大きな川だった。
川沿いに桜の木が植えられていて、春はきれいな景色が見られることだろう。
川の土手も広いスペースがあり、遊歩道が整備されていて所々にベンチも設置してある。ボールで遊んでいる子供がいたり、犬の散歩をしている人がいたり、人々の憩いの場と化している。
「あのベンチが彬くんの定位置だったの」
千聖が指さした無人のベンチに駆け寄っていく。ニコニコしながら座る千聖の隣に俺も腰掛ける。
キャーキャーいいながら追いかけっ子をして遊んでいる小学生らしい集団がいる。
「よくこうやって座ってぼーっとしてたの。彬くんは生徒会長してて学校でも忙しいし、家でもお姉さんと分担して家事をこなして、勉強もしてて大変だったと思う。ここでこうして一息つける時間って大切にしていたと思うの」
「家事?」
なぜ家事?と思った疑問を素直に声に出していた。両親はどうした?
「彬くんのお母さんはもう他界してるの。お父さんはお医者さまでね、いつも忙しいみたい。お家のことはお姉さんと彬くんと二人で頑張っていたの。事情を知っていても私は何も手伝えなかった・・・」
俺の表情を読んだのか、千聖は少し寂しそうな表情で彬の家の事情を教えてくれた。力になりたかったのに・・・とつぶやきが聞こえた。
不意に鬼ごっこをしている子供の一人がこちらに走ってくるのに気づいた。鬼から逃げるために時々振り向きながら走っている。こけなかったらいいけどと思っていたら足元の小石に躓いて豪快に転んだ。と同時に泣き叫ぶ声が響きわたる。
ため息をつきながら立ち上がると、同時に隣の千聖も立ち上がり男の子に駆け寄っている。歩いた分おれの方が到着が遅かった。
「大丈夫?どこか痛い?」
優しく声をかけて、服についた土汚れを払ってやっている。
一緒に遊んでいた子どもたちも寄ってきて大丈夫かと声をかけている。
「男なんだから泣くなよ!」
子どもたちの中から声が上がる。エグエグとしゃくりあげている男の子は「でもでも・・・」と言葉にならない。
カバンからハンカチを取り出して涙を拭いてあげている千聖が
「そんなこと無いのよ」
とにっこり笑顔を向ける。
「男の子でも泣いていいの。泣かないほうが辛いのが続くのよ」
キーーーンと耳鳴りがなった気がした。
男の子でも泣いていいの
なにか引っかかる。この言葉、どこかで聞いたことがある。頭の奥で何かを思い出しそうで、思い出せずもやもやする。
「泣いても・・・いいの?」
まだ涙が止まらない男の子の頭をポンポンと叩いている。
「男の子でも悲しいものは悲しいの。泣いていいの。泣かないと心が壊れちゃうのよ」
優しい声が心に響く。と同時に頭の中に鐘が鳴り響く
カーン、カーンと高らかに鳴り響く鐘の音を感じながら、頭の奥で引っかかっていたものが浮上してきたようなものに気づく。
唐突に思い出した。
俺が生きていたとき、何よりも、誰よりも大切にしていた存在・・・
「ち・・・せ・・・」
つぶやくような小さな声だったのに、千聖は振り向いた。俺の方を見て「どうしたの?」と不思議そうに見ている。
どうして俺は・・・千聖を置いて死んでしまったのか・・・
急激に流れてくる記憶に戸惑って思考がまとまらない。
俺は死んでしまっている。もう千聖を守れない。どうして千聖を置いて死んでしまったのか・・・
ぐるぐると同じ考えて渦を巻いて繰り返す。
背中に冷たいものが流れるのを感じる。手足が急に冷たくなる。
「アラタくん?アラタくん!!」
千聖の声が遠くに聞こえる。視界が薄れてくる。
身体の重心が傾くのを感じるが、自分では体を支えることができなかった。
そのまま俺は意識はブラック・アウトした。