俺の前世を探しに行こう!
「面倒くさい、天使にならずに転生したほうが簡単なのに・・・とか思っているのではないでしょうね」
頭上から声が聞こえてきてぎょっとする。
見上げると金色の巻き毛の見知った顔の美形が背中の白い翼を大きく広げて宙に浮かんでいる。
白い衣装はワンピースタイプ。見えそうで見えないほにゃらら。
周りの人に見られたらみんながパニックになるのでは!?と周囲を見回すが、誰も気づいていない・・・?
ここは学校の近くなのか、先程の彼女と同じ制服を来た生徒たちが大勢行き交っている。
眼の前で信号待ちしている女の子たちも何事もないかのように友達とのおしゃべりに夢中になっている。
「心配しなくても大丈夫ですよ。私のことは誰にも見えません。それより一人で喋っているように見えますから、あなたの方が皆の注目を集めてますよ」
ああ、やばい。さっきから転びそうになったりあたりを見回してみたりと、確かに俺は挙動不審だ。
「人には見えてないので返事はしなくていいです。なにもないように振る舞ってください」
「見えてないって・・・どういうこと?それより俺はここでどうやって前世を探せば良いわけ?」
普通の人には見えてないって・・・そうか確かに俺は普通の人ではないな。こんな背中から羽生やして宙に浮いてる白装束の怪しい人を見ても、何もおかしいと感じない。天界では当たり前の衣装だから。俺も天界では同じ衣装を着ていた。
今は白と紺のボーダーの長袖Tシャツにジーンパンという普通の高校生くらいの男子に見える格好をしている。天界にいるときには生えていた羽も今はない。
まぁ、そんなものがあったら普通はみんなパニックだよな。
「先程も言いましたが、喋ったたら一人でブツブツ言ってるおかしな人と認定されますよ。黙って聞きなさい」
ゆっくりと俺の前まで降りてきたミカエル様はニコッと微笑みながらも何かを企んでいるような視線を向けてくる。
「拠点となる部屋を用意しています。そこで人として暮らし、あなたの前世を探してください。念じれば空は飛べますが、そのときには羽が出現します。天界でも言いましたが、天使の姿・・・要するに羽ですが、人間には見られないように気をつけてください。あなたはまだ見習いの身ですから他の天使としての力は使えません。と言ってもあなたには何の力もないんでしたっけ」
この人こんなに意地悪な言い方する人だったっけ?って人じゃないんだっけ。
天使をまとめる役職の大天使、ミカエル様。他の大天使は遠目でちらっと見たことがある程度だけど、大天使の中でもこの人は格が違うと下っ端見習い天使の俺でもよく分かる。
身体をまとうオーラが違う。身体からゆらりと発せられる包み込むような優しい光のオーラ。今もミカエル様の体の周りには薄っすらと光が立ち上っているのが見える。
天界にいるときよりはかなり抑えられているが、それでもミカエル様の力の大きさを示しているのだろう。
「あと、あなたの名前を教えると言っておきながら伝え忘れていました」
「名前・・・?」
「そうですよ。名前がわかったほうが、自分の前世を探しやすいでしょう」
そりゃそうだ!名前が分からないと自分を探しようがない。
「あなたの生前の名前は『三枝彬』です」
「さえぐさあきら・・・あまりピンとこないな」
名前を教えられても何も感じない。
「見た目は今の貴方と多少違います。貴方より5センチほど高く、物静かな落ち着いた人間だったようですよ。正義感が強く、誰からも頼られていたとか」
貴方とは違うと前置きを入れるあたり、俺のことをディスってるとしか思えないんだけど。
「そこまで分かってるのなら俺の死因とか分かってるんじゃないの?」
ため息を一つ付いて気を取り直す。
「貴方の人となりは貴方が人としての人生を終わったあと、報告が来ています。その報告書の内容から天界に来ることになったのですよ。いくら成熟前に死んでしまったとしても、人として真っ当な道を歩めなかった者は天界に来ることはできません」
ああ、そう言うこと。じゃあ、俺は真っ当な人としての人生を歩んでいたということで、喜ぶべきことなんだな。今更って感じだけど・・・俺もう死んで数ヶ月か経ってるはずなんだけど。
天界には時間の概念がない。無いというと語弊があるかもしれないけど、いつも明るくて、温かい気候で、きれいな花が咲いている。人の世界のように四季もなく、緩やかな時を過ごす天使たちは時間を忘れているかのように、何かに急かされることなく大天使や天使長の言われるままに仕事をこなす。
冷静に考えるとおかしな世界だな。
「それでは頑張って自分の過去を探してください」
「あの・・・一つだけ疑問に思っていることがあります」
意を決してミカエル様に疑問をぶつける。ミカエル様はこちらを見ることで俺の話を促した」
「もし・・・もしも、俺が過去を見つけても、俺がなぜ過去をまだらに覚えているのか分からなかったら、俺はどうなるのでしょう」
人として生きていた過去や死んだ理由が見つかっても、それで俺のイレギュラーな存在となった理由がわかるかどうかなんて分からない。もし分かっても、何も変わらなかったらどうするんだ。
前世持ちの天使はイレギュラー。前世をもっていたら、万人に公平に接することができないということらしい。原因がわかったとしても俺の記憶がそのままだったら、イレギュラーなままであることに変わりはない。その場合、俺はどうなる?
ぐるぐると頭の中で思考がループのように回り始める。
表情にもそれが出ているのか、ミカエル様は俺の頭をポンポンとたたいて極上の笑顔を見せる。
「あまり気負わなくてもいいですよ。貴方の記憶が戻ったときに何が起こるかは神のみぞ知るってことで」
「え?」
「実際何が起こるか私にも分かりかねますが、探偵ごっこだと思って楽しんでください」
あっけらかんと言い放つ顔にはなにか企んでいるような黒い影が見える。一瞬ミカエル様をまとうオーラが黒くなったような気がした。
この人には逆らわないほうがいいかも・・・改めてそう思って素直にうなずいておいた。
「じゃあ、頑張って。前世に可愛い彼女でもいたらいいですね」
この言葉を残してミカエル様は姿を消した。
彼女か・・・いたらいいなと思いつつ、でも、俺が死んで数ヶ月。新しい彼氏を作っていたらそれはそれでショックかも・・・
なんているかどうかもわからない彼女のことを考えても仕方ない。
次の日、早速調査に取り掛かることにした俺は図書館に向かうことにした。
自分の個人情報は全く覚えていないが、人間の世界の常識などは普通に覚えている。
調べ物には図書館!今は図書館にもパソコン室があるし、無料でネットで検索出来る。一人一時間と制限ありだけど、普通に調べ物をするくらいは余裕すぎる時間がある。
生きているときにはエゴサーチなんてしたことなかったけど、それが一番手っ取り早い。
小さな事故や事件なら期待薄だが、死んでるんだから何らかのニュースになったはずというのが俺の読み。
10個あるパソコンブースの最後の一つに滑り込めた俺は、早速自分の名前で検索をかける。
三枝彬で検索をかけると、トップは地域の新聞のニュースページ。
『男子高校生 同級生をかばって車に轢かれ死亡!』
見出しが目が飛び込んできた。
それは10行ほどの小さな記事だった。
8月26日午後15時30分頃、◯◯市美南高校前交差点で、美南高校2年三枝彬さん17歳が車にはねられた。三枝さんは頭を強く打っており、病院で死亡が確認された。現場はの交通量の多い片側2車線の国道で、三枝さんは青信号で横断歩道を横断中の友人を助けるために事故にあった。当時車用の信号は赤で、運転手が居眠りをしていた模様。
人を助けようとして死んだ・・・というのを理解するのにしばらくかかった。
まぁ、イイコトして死んだから天界に行けたってのはあながち嘘ではなかったな。でも、なんか間抜けだな、俺。ヒーローになろうとして成りそこねた間抜け・・・?
高校前の交差点ってことは、もしかして昨日の信号のところか?
あそこに行けば何かわかるかもしれない。
パソコンをシャットダウンすると立ち上がる。パソコンの利用書を返して図書館を後にして、昨日の交差点に急いだ。
歩きながら思考をまとめておくと、事故は8月26日。今は人の世界では10月の半ば。俺が死んでから二ヶ月弱くらい。俺は高校2年生だったってことは、何人かは友達もいたんじゃないかな。何か情報を得られるかもしれない。
まだ、綺麗さっぱり忘れられているとは思いたくない。
十分ほどで例の交差点に到着。昨日は気づかなかったが、信号から一mくらいのところに花が供えてある。
ここで死んだのは間違いないだろう。現場と死因がわかったところで身体には何の変化もないし、もっと調査を続けるべきだろう。ここまでのことは俺じゃなくても調べられることだしな。
供えてある花の前に座り込んでマジマジと覗き込む。
定番の仏花という感じではなく、バラを中心に艶やかな、お祝いの席にでも飾りそうな華やかな花束が供えてある。誰だ、こんな場違いな花供えたの。きれいだけど・・・
「彬くんのお友達ですか?」
頭上から声をかけられて慌てて顔をあげる。ふんわりとした優しい声の主は昨日の女の子。
この子オーラが出てる。体を包む優しい光。
ミカエル様に見えるオーラよりも弱くかすかな光だけど、確かにこの子を守るように身体を包んでいる。
人間でも心のきれいな人はオーラを纏うことがあるというのは本当だったのか・・・
「きれいなお花でしょ。彬くんの好きなお花をみんなが選んだんだって」
だって・・・ってことはこの子は選んでないんだ。
ちょっとがっかり・・・って俺は何を考えてるんだ。ちょっとかわいいからって・・・ちょっとじゃないな。
昨日も思ったけど、この子可愛い!くりっとした瞳はとても愛らしく、耳障りの良い声も俺の好みかも!
身体を纏うオーラが柔らかくて優しい雰囲気を醸し出している。
俺自身も優しい気持ちになる。生前の俺はこの子のことを知っていたのではないだろうか・・・
ただ、何か違和感がある。何かが違う。それが何かはよく分からないけど。
「桜井、あんた何してんのよ!」
何かを思い出そうとしている俺の思考を止めたのは、女の子と思しき叫び声だった。
彼女の後ろに腕組みした3人の女の子たち。三人ともそれなりに可愛い顔をしているのに、一様に表情が険しい。可愛い顔が台無し!醜くゆがんでいるように見えるよ。
桜井と呼ばれた少女はゆっくりと彼女たちの方に振り返り困った顔を見せる。彼女の名前は桜井か・・・
「何度言ったらわかるの!?」
「来るなって言ったでしょ!」
「あんたはここに手を合わせる資格は無いのよ!」
すごい剣幕でまくし立てる。俺も彼女たちの迫力に気圧される。
何をしたらこれほどまで罵られるのだろうか・・・
「人殺しのくせに!!」
!!何だって!?意味を理解するよりも、言葉の衝撃が突き抜ける。
「あんたのせいで三枝君は死んだのよ!」
「あんたが死んだほうが良かったのに!」
厳しい言葉に桜井さんの顔が涙で歪んでいく。
「やめなさいよ!」
更に追い打ちをかけようとしている少女の背後から一人の女子高生が間に割り込んでくる。
「千聖のせいじゃないでしょう!」
「あんた関係ないでしょう!」
取っ組み合いに発展しそうなやり合いに桜井さんはオロオロしている。口を挟もうとすると「うるさい」と叫ばれ、空間を開けようと手を伸ばすと「触るな」と伸ばしたてを叩かれる。
女子高校生のやり合いって強烈。ちょっとひくよな。
でも、このやり取りを聞いていて冷静に状況を分析できてきた。
俺はこの場所で目の前の桜井千聖と呼ばれる少女を助けて死んだんだろう。
その時の気持ちがどういうものだったのか今の俺は覚えていないけど、こんなに可愛い子助けて死ねるなんて後悔はなかったと思う。
俺が死んでから二ヶ月も経つのに、こんなやり取りをやっているってのか・・・なんか申し訳ない気持ちが湧いてくる。
いつまでも止まりそうにない叫び合いを止めるのは俺の仕事かもしれない。
「やめろよ!」
思っていたよりも大きな声が出た。キャンキャン言ってた女子高生の動きが止まる。みんなが俺を見ているのを感じる。
「こいつはきっと後悔してない。人を助けられたことを良かったと思っているはずだ。それよりも、自分のせいで喧嘩が始まることのほうが辛いと思う」
彼女たちの喧嘩を遠巻きに見ていた人たちも俺の方に注目の視線を向けている。
「こいつはみんなに穏やかに過ごしてほしいと思ってるはずだ」
天界に洗脳(?)された二ヶ月間。俺は天使見習いとして人の世界を潤すためのスキルを学んできた。
精神論的発言はその賜物。ちょっとクサイセリフだったかもしれないが、みんなに見られていたと気づいた三人は「今度ここに近づいたら許さないんだから!」と定番とも思われる捨て台詞を残して足早に立ち去った。
「千聖大丈夫?」
「梨花ちゃんありがとう」
涙を浮かべる桜井さんを梨花が手を取って慰めている。千聖ちゃんというのか・・・覚えとかなきゃ!
「ありがとう、千聖をかばってくれて」
後ろに立つ俺の方に向き直って梨花と呼ばれた女子高生が声をかけてきた。
長い茶髪を後ろに束ねた梨花は千聖とはタイプの違った美人。やや細めの目はきつい印象を与えそうだが、通った鼻筋は知的な感じを醸し出す。正義感にあふれていそうなタイプ。
二人が並ぶと壮観。ただ、千聖と違って梨花にはオーラはない。千聖には今も身体を纏うオーラが見える。
これって視覚補正がかかってる?二人並んでいてもついつい千聖の方ばかり目で追ってしまう。
「あなた、三枝くんの友達?」
「あ・・・友達みたいなものかな」
友達と聞かれても・・・本人と言うわけにもいかず、曖昧にごまかしておこう。
「ありがとう」
再度謝られた。さっきまでの剣幕とは打って変わって、千聖に向ける瞳は優しい。
「いや、本当のことだから」
誰のせいでも無いだろう。誰が悪いかといえば、そりゃ居眠りの運転した運転手だろう。
青で横断歩道を渡っていた彼女が悪いと誰が思うものか。
「君みたいな可愛い子が無事でよかったと思ってるはずだよ」
彼女の心を軽くしたい一心で出た言葉。千聖と梨花が二人顔を見合わせてくすりと笑った。
「彬くんがそう思っているといいな」
「当たり前じゃない!あいつ、千聖にぞっこんだったんだから」
ぞっこんって、いつの言葉だよというツッコミはおいといて、なんて言った?
俺が、彼女にぞっこんって、俺は彼女のことが好きだったのか?
そういえば、さっきから彼女がキラキラ見える。視覚補正がかかっている理由はもしかして、このこと?
ふと、彼女と目が合った。
ニコッと微笑みを向けられると顔が熱くなる。
「彬くんの友達さん。私と彬くんの話をもっとしませんか?」
彬くんのことって言われても俺は何も覚えていない。覚えていなから調査に来たんだし・・・
答えに困っていると、握手を求められるように手を差し出された。
白く細い指。その手を取りたいとの衝動に駆られてついつい手を取る。
握手をしただけなのに、手が熱く感じる。
思わず力を込めてギュッと手を握ってしまい、彼女を驚かせてしまった。
一瞬目を見開いた後、彼女は優しく微笑んだ。
「名前を教えてもらってもいいですか?」
「あ・・・」
あきらといいそうになって途中で言葉を切る。やばい、やばい。彬なんて言ったらややこしくなる。
適当に思いついた名前を言っておかないと。
「アラタっていうんだ」
苦し紛れに言った名前を小さく繰り返した千聖はもう一度微笑みを向けて「友だちになってくれてありがとう」と手を強く握った。
「君にお願いがあるんだ。彬のことを教えてほしい」
いきなりの申し出に彼女は目を丸くしたが、次の瞬間には表情を和らげて頷いてくれた。