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06_帰村

オウナと別れたゲルトンは、再び寝転がる誘惑を打ち消して村に帰ることにした。真昼の太陽がさんさんと降り注ぎ、春の香りに包まれた広場は、外界の時間から切り離されたようにのどかだった。


ゲルトンは地面に置いた荷物を背負いなおすと、転ばないようゆっくりと山道を下り始めた。涼しいそよ風に吹かれ、シャラシャラと音を立てる葉の影を眺めながらの下山は、あくびをして大きく伸びをしたくなるような心地よい道のりだった。


荷物を持って村役場に着くと、受付の女性は朝と同じ姿勢で机に向かっていた。朝と違っているのは、処理済みの伝票が彼女の右側に積み重なっていることと、ゲルトンが近づいても気づかず筆を動かしていることだ。


ゲルトンは受付のカウンターに雑のうを乗せてみるが、女性は煩わしそうに脇によけてすぐに再び筆を走らせ始めた。


その後もしばらくは、目の前のゲルトンに気づかないように、机に向かっていた。待ちかねたゲルトンが咳ばらいをすると、彼女の筆がピタリと止まる。


「依頼の品を持ってきたぞ」


「ほぇ……?」


ゲルトンに声をかけられ視線を上げるが、まだぼんやりとした様子で、話しかけた内容は頭に入っていない様子だ。彼女はぽかんとした表情でゲルトンの方を見つめる。


しばらくすると、受付嬢はゲルトンの存在に気付いてハッとした表情を浮かべた。驚いた表情をすぐに沈め、事務的な表情になった。それでも内心は動揺しているようで、視線が忙しく上下左右に動いている。


「おいおい、どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」


「いえ……別に……別にっ……!」


ゲルトンが心配して顔を寄せると、女性は慌てたように怒ったように赤面して顔をプイと背ける。同時に先ほどまで書き込んでいた帳面をそっと腕で隠しながら、自分の右側に重ねた書類の近くに寄せた。


「そうか? それならいいんだが」


ゲルトンは女性が隠したことに気づき、目線をそちらに向けるが、彼女はそれに気づかない様子だ。


女性は仕切りなおすように咳ばらいをすると姿勢を正した。


「おかえりなさい。ケガや病気などはされていませんか?」


折り目正しい彼女に対し、ゲルトンも両腕を丸太のような太ももに添えて背筋を伸ばす。


「お気遣い痛み入ります。ただいま無事に戻りました」


二人は大まじめな顔で最敬礼を交わす。


コボルトたちへの挨拶と同様に、欠かせない毎回の儀式だった。


例え山の入り口までだとか街道へのお使いだったとしても、依頼を受けて村から外に出るときは、この儀式を必ず行っていた。


女性が頭を上げると、彼女の頬から赤みが消えていた。普段通りのツンと冷たいような表情に戻ってゲルトンを見つめる。


「それで、いただいて来たものはどちらに?」


ゲルトンが机の上に乗せた荷物には気づいていない様子で尋ねる。


「いや、そこにあるが……」


ゲルトンに指さされてようやく気付いたようで、女性は少し恥ずかしそうに彼から目線をそらす。女性はゲルトンの視線をよけるように雑のうの中身を机の上に並べていく。


両手でインゴットを持ち上げると、彼女の表情がぱっと輝く。


「これは……すごい……。やはり彼らの精錬技術にはかないませんね」


女性は金属の塊を回転させ、前後左右から眺めては感嘆のため息を漏らす。コボルトたちの技術で作る金属は、村で作るものに比べて粘りが強く、欠けたり割れたりということが少ないため、道具を作るときに重宝されていた。


「コボルトの皆さんには本当に頭が下がります」


女性は金属の塊を押し頂いて机に戻した。

「そうそう。また、彼らから苦情が出てたぞ。やはり自分のところで加工までしたいって」


ゲルトンの言葉に女性の表情が硬くなる。握りこぶしを作って咳ばらいをすると、子どもに教えるような口調で話し始める。


「ですから、それはわが村の技術力を維持するためにも、自分たちでできることは自分たちでしなければならないのです」


演技の入った話し方に笑いそうになるのをどうにかこらえて話し終えるまで耐え続けた。


彼女や村が言っていることは、村の会合で決まったことであり、運営をしていく中でも必要なことだった。


モノを作る技術がなければ、全てを購入しなければならない。相手に売る気がなくなった時に、モノ不足で苦しむのは明白だ。相手が交易をし続けたいと思うような魅力を作ること、交易相手を多数確保すること、自分たちが作れるものを増やしていくことが、杉ノ枝村のような小さな集落には必要なことだった。


「ともあれ、ありがとうございます。ゲルトンさんが村外の方とのパイプになってくださっていることで助かってます」


女性は感謝の言葉を述べて、依頼の報酬をゲルトンに手渡した。村民同士では未だに物々交換が主たる交換だったが、村外との交易や役場を介しての依頼では、都の貨幣を用いていた。


ゲルトンは数枚の貨幣を、分厚い手のひらで受け取って、懐にしまい込んだ。ほとんど山道の行き来のみにしては、やや多めの報酬は、サキの酒場の運営や新しい食材の仕入れに使われる。


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