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04_山のお使い

ゲルトンは水筒に口をつけると、中身をのどへ流し込む。水が特別に冷たいということはなかったが、ほてった体には心地よくしみわたっていった。


鳥の声、虫の音に囲まれ、みずみずしい緑の空気を吸い込んでいると、その場にとどまっていたい気持ちがわいてくる。穏やかな日差しが差し込む広場は、このままゴロリと寝転んで、日が暮れるまで土と木々の香りに包まれてしまいたいと思わせた。


ゲルトンは太ももを二、三度たたいて気合を入れて立ち上がると、大きく伸びをした。頭から血が下がり、一瞬目の前が暗くなるのはいつものことだった。


太陽は真上に向けて、白い光を振りまきながら登り続け、ゲルトンの影を短く、濃くしていく。


ゲルトンが広場からさらに少し登ると、木製の柵と門が見えてきた。コケやツルが好き勝手にまとわりついているが、はっきり自然にできたものではないとわかる。


ゲルトンは、門の前に立つと、足元に茂っている草の中から幅広の葉を一枚ちぎり取った。顔に近づけると、青々としたにおいが鼻の中に広がる。指でピンと伸ばし口をつけ、やさしく息を吹き付けた。


メロディにならない草笛の音が、木々の間で頼りなく減衰し、鳥の声と風の香りに溶ける。


草の葉から口を離してしばらく待っていると、柵の向こうの茂みがガサガサと音を立てて揺れる。やがて、金属のハンマーを肩に背負った数人の男女が列を作ってゲルトンの前に現れた。


山の中でも比較的浅いところに住むコボルトたちだ。


男女はゲルトンたち里に住む人々の半分ほどの背丈で、浅黒い肌に黒い髪の毛をしている。男女ともに肩や腕にはガッシリと筋肉がついていた。


男は髪を短く刈り込み、顎から耳にかけてひげを生やしている。女は髪を長く伸ばし、小さな髪留めをつけていた。


コボルトたちはゲルトンの前で横一列に並ぶ。ゲルトンは荷物を足元に置き、彼らに向けて腰を折って頭を下げた。


コボルトの男は握りこぶしを胸に当てて小さく頭を下げ、女は体の前で手のひらを重ねて膝を小さく折ってゲルトンに応えた。


儀式、というと堅苦しすぎる毎回の習慣を済ませると、ゲルトンとコボルトたちは笑顔を浮かべる。


彼我の境界で一線を引く行動は、山の内外が友好的に付き合うために必要なことだった。親しいからと言って近づきすぎることは、関係を不自由にしてしまうものだ。


コボルトのうち年かさの一人が柵から踏み出て、笑顔でゲルトンのそばに寄ってくる。


「ようゲル、今日も暑そうだな」


大きな口を開けて笑いながら、ゲルトンの肩をバンバンとたたく。


「ちょっと痩せないと仕事にならなくなるんじゃないか? 昔はこんなに腹も出てなかったろ?」


「これでも一応節制はしているし、体も動かしているんですがねぇ」


ゲルトンが苦笑して答えると、コボルトたちの間にどっと笑い声が起こる。


「節制? これで? もう一回兵舎暮らしをして鍛えなきゃダメなんじゃないか?」


男性はひげ面にいたずらっぽい笑顔を浮かべ、今度はゲルトンの腹をつつく。しばらく談笑したのち、コボルトたちが商売人の顔になる。


「それで、今日は何が欲しくて来たんだ? まさか運動のためってわけでもないだろう?」


「ええ。また、村のご婦人に頼まれましてね。痛み止めの薬と、農具の修理のためのインゴットを分けていただきたい」


コボルトはうなずくが、少し不満そうにあごひげを数回なでる。


「それはもちろん構わないが、うちで修理したほうが早さも品質も上がるんだがなぁ」


村ができたころは、金属加工の一切をコボルトに任せていたが、人口が増え鍛冶屋が大きくなるにつれ、村内でまかなうようになっていった。


ゲルトンも苦い顔をして頭の後ろをかく。


「それは……そうなんですけどね。一応村のほうでも食い扶持をかせがにゃならんのですよ……」

森の人々と交易をしている立場上、どちらか一方に肩入れしないよう気を付けていた。


「ま、ゲルの立場っちゅうもんもあるだろうしな」


年かさの男性は不満そうな態度をすぐに消して、人の好さそうな笑顔を浮かべる。


「ついでに、薬草茶でもつけようか? 肉食ったときに飲めば体の脂を追い出してくれるんだぜ。酒に漬けてもなかなかうまいよ」


男性の言葉に、再び笑い声が起こる。


若い男性が注文の品を取りにその場を離れ、女性の一人が別の方向へと歩いて行った。


コボルトたちはパイプを取り出して煙をくゆらせる。一人の男性がふと気づいたようにパイプを口から外した。


「そういや最近森が騒がしいんだよな。村のほうで何か変わったことはないかい?」


ゲルトンは空中に視線を泳がせて首を横に振った。


「いえ、特にこれといって思い浮かびませんね。病気してるやつもあまり見ませんし、暑すぎも寒すぎもしないし……」


「それならいいんだがよ」


男性はパイプをくわえてプカリと煙の輪を吐き出した。


「俺たちも一応魔物ではあるんだが、人間に近すぎるから、何が起ころうとしているか迄はわからんのよ。ただ、どうにも獣やほかの魔物がソワソワしているような気がしてんだ」


年かさの男性も腕を組んでうなずく。


「春ってのは大概気が浮かれるものだから、そこまで気にしちゃいないがな。なんとなく気にはなっちまうもんだ」


「そうですか……。俺も少し気にしてみます」


ゲルトンは表情を引き締めて、頭を下げた。


品物を取りに行っていた男女が戻ると、不穏な空気が和らいだ。

ゲルトンとコボルトは品物のやり取りを終えると、再び一礼を交わしてそれぞれの領域へと戻っていった。


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