03_山のお使い
ゲルトンは、一度家に戻ると、山に入るための準備を始めた。
一度服を脱いで下着姿になると、皮をなめした帯を股の間に通し、上からひもで縛る。縛ったひもの上下から腹肉がはみ出して、だらしなく垂れる。
「ふう、まるで肉をいぶすときみたいだな。ゲルトン肉の燻製か……あまり食いたくはないかな」
ゲルトンは自虐的に笑うが、笑い声はすぐに乾いた音に代わり、最後は悲しいため息になって部屋の壁に消えていった。
足を上げ下げしながらまたぐらの様子が安定するように皮の帯を調整すると、次に革製のベストのような袖なしの胴衣に腕を通す。
胴衣は後ろの身ごろが長くなっており、肩から尻の上まで、背面を広く覆う。
ゲルトンは股座と上半身のゴワゴワとした感触に一瞬顔をしかめるが、すぐに気を取り直して、一度脱いだ服をもう一度身に着けた。
最低限の防御にしかならないが、獣の爪や牙が急所の肉を深く切り裂くか、浅いところまでにとどめるかは大きな違いになることがある。
ゲルトンは兵士をしていた時に習ったことを長年の習慣として守り続けてきた。
そのおかげか単に運がよかっただけなのか、大きなケガや事故もなく依頼をこなして、日々の糧を得ることができていた。
服を着終えた彼は、幅広で肉厚な刃の、片刃の剣にも鉈にも見える刃物を腰に佩いた。
刀身が緩いカーブを描いた刃物は、一般的な剣に比べて幅が広く丈がかなり短い。
下草やヤブを払うのにも、野生の動物や森に住まう者たちの脅威に対抗するためにも、丈夫すぎるということはなかった。また、木々の密度が高い場所では刀身の長さが不便になることもあった。
さらに彼は片手で振るったときに威力が出ることからある程度以上重量があり、さやから引き抜きやすい曲がりが付いた刃物を好んでいた。
ゲルトンは皮を重ねた靴を履き、上から縄でぎゅっと縛る。滑り止めのため、結び目を作った縄を足の甲から靴底に強く縛り付けた。
「ふぅ……ふぅ……はぁ……」
ゲルトンの額にはうっすら汗が浮かび、顔に赤みがさす。普段から行っている着替えでも、息が弾むようになってしまっていた。
服装と武器をそろえたゲルトンは、キッチンから固くなったパンと干し肉を失敬し、布でくるんで雑のうに放り込む。
山の中に入る準備を整えると、家を出る前に暖炉の前にひざまずき、手を組んで短い祈りをささげた。子供のころからの習慣だが、頭の中から余計なものが抜けていく、心がすっきりする感覚は嫌いではなかった。
祈りを終えたゲルトンは最後に持ち物を確認する。
「準備と確認こそが遂行への道である」
口の中で呟くと、雑のうを背負って戸をくぐる。仕上げとして空の水筒にたっぷりの水を汲んで、仕事へ出発した。
斜面を少し登ると、すぐに森が始まる。
肩を寄せ合って並ぶ木々は、人が切り拓けたのは山のほんの一部であることを教えるように、明るい日差しをさえぎりゲルトンの影を消してしまう。
入り口近くは、栗やナラやトチなどの限られた種類の木々が立ち並ぶ。先人が食料を得るために血と汗を流した日々が、ギザギザの葉となって時を超えて残っている。
ゲルトンは木漏れ日を背中に受けながら、下草の茂みをかき分けて坂道を登っていく。視線を上げると、人と獣の往来によってできた道の上には葉の重なりに切れ目があり、陽光が直接地面を照らしている。
坂道を登り始めると、すぐにゲルトンの額に汗の粒が浮かび、ハァハァと荒い息が聞こえ始める。顔を真っ赤にし、服の袖で汗をふきふき不安定な山道を登っていった。
しばらく登っていくと、木々の直径が大きくなり、種類も雑多になっていく。ゲルトンは足を引っかけて転ばないよう下生えを払い、地面に飛び出た木の根をよけながら進まなければならなかった。
さらに登り続けると、小さな空き地が見えてきた。木々の間が空いているだけでなく、背の高い雑草が丁寧に切り払われ、空き地の中心には石を丸く並べた焚火の土台が作られていた。
ゲルトンは、他の狩人や山菜取りの人々がそうするのと同様に、地面に腰を下ろし水筒の水で喉を潤した。