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02_役場・依頼

朝食後、サキは酒場の食材を調達に、ゲルトンは村人の依頼がないかを確認するためにそれぞれ家を出た。


杉の枝村は、元々は静かな山あいの集落だった。


都からも街からも離れていることで人の往来も少なく、斜面の緩やかな場所にポツポツと住居が並んでいる程度だったのが、新しい街道が村の近くに通ってから、急に人口が増え始めた。


都と街を結ぶ中継地点として、旅人や兵士の往来でにぎわうようになり、流れ者が居つくようになった。


街道に近い平地は旅のものをそろえる商店や、宿泊施設、飲食店が軒を連ね、住民たちは斜面にへばりつくように家を建てて住んだ。


立ち並ぶ住居の真ん中に、ひときわ大きな村役場の建物がある。


石を組み合わせた壁にとんがり帽子を思わせるとがった屋根の役場の建物は、丸太を組み合わせた家や板張りの壁の商店が多い中で、遠目にも目立って見える。


建物の前には、大人の背丈ほどの掲示板が設置され、村人たちの大小さまざまな困りごとが革の切れ端に記されて、掲示板に貼り付けられている。


「今日も今日とて大漁だな」


入植者が増え、村がにぎわっていっても、山の生活に人手が足りるということはなかった。


働き盛りの男たちは街道を通って出稼ぎに行くことが多かったため、男の労働力はどの季節にも重宝されていた。


特にゲルトンのように行動の自由度が高い男手は、いつでも引く手あまたの需要があった。


この日も、掲示板を眺めているゲルトンの周りに村の女性たちがすずなりに集まっていた。


「ねえ、熊がすごもりから覚めてきたみたいなの。村に下りてくる前にどうにかしてもらえないかしら」


「うちもお願い。また鹿だかイノシシだかがうろついてるのよ。囲いを直してやらないと、畑が荒らされちゃうわ」


「こっちはサル……。食べもしないで遊んで行ってるみたい……」


口々に生活の不安を述べながらゲルトンを包囲する輪を縮めていく。はたから見ると祭りのときにもみくちゃにされるご神体のようだ。


「わかった。わかったから! ちゃんと順番にやっていくから!」


ゲルトンはどうにか掲示板から依頼の布をはぎ取ると、役場の受付へと向かった。


建物の中では、分厚い天板のカウンターの中で、女性職員が分厚い本や帳簿を広げている。


色白の細面で、目じりが少し吊り上がった目つきに、泣きぼくろが一点目立っている。


女性は外の騒ぎに無頓着な様子で帳簿に黒や赤のインクで数字や記号を書き込んでいた。ゲルトンが近づいたのに気づいても、顔を上げようとすらしない。


「おはようございます。今日もモテモテですね」


小さく低い声でゲルトンに話しかけながらも、帳面から目を上げるそぶりはない。


「モテモテなのはうれしいけど、もう少し男手が増えないもんかね」


ゲルトンがため息をついて依頼票を差し出すと、職員は目だけを動かして中身を確認して朱色の印をつけてカウンターの中へ収納した。


「受注了解いたしました。暗くならないうちに帰ってこれるようにしてくださいね」


「あんたは俺のおふくろかい……」


「私がご母堂でしたら、都で新しい職を探すように言いますよ。地位もお金も捨てて、外の村に行こうなんて息子、お母さんは許しませんよっ」


「へいへい。親不孝な息子で申し訳ありませんことよ」


「一応言っておきますが、冗談ですよ?」


「知ってるよ。冗談なら冗談らしい顔で言ってくれればいいのに」


「おや? 今日はしっかり笑っていると思いますが? ほら、よく見てください」


職員はゲルトンが見やすいように顔を上に向ける。唇がほぼ真一文字に引き結ばれ、切れ長の目はまっすぐ前を見据えている。


「それで笑っていると言い張れるのなら、世界は常に笑顔であふれていることになるぞ」


「そんな……。いつもより口角がこんなに上がっているというのに」


職員は口の端を指さして見せる。ゲルトンが入ってきた時と比較して、ほんのわずかに上がっている。


「んん~……ん?」


「あまり顔を近づけないでください。オスの臭いで妊娠して子供が生まれてしまいそうです。名前は何にしますか? 兄弟は何人くらいがいいですか? 呼び方は何がいいですか? お父様? 父ちゃん? 父上?」


「勝手な理屈で人を父親に仕立て上げないでくれ。今産まれたとしたらそれはたぶん別の種だぞ」


ゲルトンはあきれ顔で職員から顔を遠ざける。結局笑っているかどうかはわからなかった。


「一応言っておきますが、これも冗談ですよ?」


「知ってるよ。本気で言ってたら薬草師かまじない屋を呼んでいたところだ」


「冗談が通じる方で良かったです。それでは、お気をつけて行ってらっしゃい」


職員はゲルトンをしっかりと見つめ、天板に額がつきそうなほど深々と頭を下げる。


「ちなみにこれは冗談ではありませんよ」


「そりゃどうも。報酬もらわにゃ竃の火が絶えちまうし、失敗する気はないよ」


ゲルトンは片手を軽く上げて職員に応えると、依頼に取り掛かるため役場を出て森の入り口へ向かって斜面を登り始めた。


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