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1_ゲルトンとサキ

夜明けの太陽が寝ぼけ眼をこすりこすり起き上がる。

 

生まれたての光が氷と雪に覆われた山肌を金色に塗り、深い瑠璃色の空に沈んでいた雲を桃色に染め出すと、虫の音だけが聞こえていた針葉樹の森はにわかに騒がしくなった。


夜露にしっとりと濡れた下草をかき分けて大小さまざまな動物の足音が行きかい、木の上からは短い鳥の鳴き声が響く。


森の住民たちによる朝の合奏は、朝もやのカーテンを上げて今日を始めようとするように、しばらくの間騒がしく続いた。


動物たちの喧騒は木々の間を抜け、山のふもとに広がる「杉ノ枝村」まで届いた。


村のはずれの家で大きないびきをかいて寝ていたドルネムは、朝もやの向こうから聞こえてくる自然のざわめきで目を覚ました。


「ふわあぁ……」


寝ころんだまま大きなあくびをすると、ポッコリと大きなおなかがゆっくりと上下する。


「うーん……そろそろちょっと痩せないとまずいかもなぁ……」


そろそろ四十という大台に手が届きそうなドルネムの体は、全体にまんべんなく贅肉が付き、彼が体を動かすたびにプルプルと柔らかく波打つ。


かつては腹筋も胸筋もはっきりと見える引き締まった戦士の体型だったが、時の流れとは無慈悲なもので、一般的な中年男性へと変化させていた。


ゲルトンは腹の肉を軽くつまんで、もう一つため息をつく。


年齢を重ねるにつれ余分なものが増え、欲しかったものは目の前から消えていった。


「それもこれも、俺が自分で選んできたわけだが……」


手で腹の肉を揺らしながらひとりごちると、急に尿意と寒気がせりあがってきた。

夜が明けたとはいえ、村中に温かさが届くまではもう少し時間がかかりそうだった。


「お姫様はまだ夢の中かな?」


ゲルトンの隣では、毛布を肩までかけた女性が安らかな寝息を立てている。色の薄い肌に黒い髪の毛が映えている。 


顔にかかった髪をそっとよけると、むずがるように眉間にしわがより口がもごもごと動いた。


「おっと……起こしてしまったかな?」


ゲルトンはそっと手をよけ、振動を起こさないように気を付けてゆっくりと寝台を降りる。


小用を済ませて戻ってくると女性は目を覚ましていた。


「おはよう。おサキさん」


「……ゲルトン、あなたももう起きてたの?」

サキは瞼をこすり、乾いた声で尋ねるとゆっくりと体を起こす。毛布が音もなく滑り落ちて、上半身があらわになった。


ゲルトンより少し年下の彼女の体は、ピッチリと張りのある娘の体からふっくらと柔らかい、子供を宿すための大人の女性の体へと熟れていた。


左右の乳房は自分の重さを支えられず少し垂れさがり、先端は春盛りの花の色から次の鼻に向けたつぼみの色に変わりつつある。


サキは、ゲルトンが自分を見ていることに気づくと、毛布を巻き付けて体を隠した。


「こんな体を見ても面白くもなんともないだろうに。それとも、盛っちゃったかい? 昨晩もあれだけやったっていうのに」


サキは毛布の上から腹部をなでて、ゲルトンの脚の間を見つめる。寝台の足元にはくしゃくしゃに丸まったシーツが転がっている。


「いやいや、まさか。こんな朝からそんなことしないって」


ゲルトンは苦笑しながら首を横に振って否定する。自分と目の前の女性の体に、今までの年輪を見たような気がしていた。


彼らは二人とも杉ノ枝村の出身ではない。


ゲルトンは都からサキは東の村から、それぞれ杉ノ枝村へと渡ってきた。男は山での力仕事を請け負い、女はこじんまりとした酒場で働き始めた。


流れ者同士の二人は自然と、あるいは同病相憐れむように、身を寄せ合うようになった。


やがてゲルトンの家にサキの荷物が少しずつ増え、同じ布団で肌を重ねる夜が増えていった


同じ屋根の下で暮らしても、二人が結婚という手続を行うことはなかった。ただ、最も近い他人という関係を続け、燃え盛るような真夏の時間を通り過ぎた二人にとって、契約や署名は重要なものではなかった。


「さ、二人とも起きちゃったことだし、ご飯の準備しちゃいますか!」


サキがカラリと涼しい笑顔を浮かべ立ち上がった。しっとりと熱く濡れた夜とは違う態度を、ゲルトンは長年好ましく思っていた。


毛布が床に落ちて、先ほどまで隠れていた黒い茂みや、丸くやわらかな尻もあらわになるが、彼女は気にする様子もない。ゲルトンもあえて注視することも目を背けることもしなかった。


裸の二人はそれぞれぶつかることなく朝の支度を終えて、今朝も同じ食卓を囲んだ。



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