恋愛小説もファンタジー
図書室で、グウィンが待っていると、イゾルテが機嫌よくやってきた。上手くいったようだ、とグウィンは、少し緊張を解いた。
グウィンの前の席にどっかり座ったイゾルテは、グウィンを見て、口のはしを上げた。
「どうだった?」
「あぁら、優秀な私を疑うの?ひどいわ。それより、マカロンは?」
「もってきている」
「やったあ!愛してる!」
「それよりも、どうだったんだ?」
「ちょっとくらい、照れたりしなさいよ。ふん、まあいいわ。もちろん、ばっちりよ。火曜日にやるわ」
「了解した」
「あと、生徒会役員は、見回りに行くことになったの。もちろん、クラス委員長に任せちゃってもいいんだけど、動ける口実になるでしょう?適当なところで、あなたを手伝いとして呼ぶわ。あ、でも、そうしたら、変な噂が流れそうね…」
「どういうことだ?それは、君が不利になったり、嫌な思いをするようなことか?ならば、適当なところで君について行くが」
「そっちの方がはるかに面倒よ。こういうのは堂々とするべき」
「そうなのか…。それで、噂というのは」
「そんなの決まってるじゃない。私とあなたが付き合ってるんじゃないかって」
それを聞いたグウィンは、ちょっと驚いた顔をして「だが、君と私は友人だ」ときっぱりと言い放ち、なぜ、そういう思考になるのかわからない、と少し困惑した表情を浮かべた。
「そりゃ、学生が噂すると言えば、いつの時代も男女の仲に決まってるわ。それに、最近になって食堂でも一緒に食べるようになってるし、こうやって会ってるのよ?噂にもなるわよ」
「そういうものなのか?私には、少しわからない」
「あら、かわいそ。ちょうどいいから、恋愛小説でも借りていったら?」
「そうだな、おすすめはあるだろうか」
「そうね…、後で教えてあげる。とにかく、噂なんて無視すればいいんだし、あなたを呼ぶわ。ああ、ちょうどいい、近くのところにいて頂戴。もちろん、自然な感じでね。どうせ、道具とかもあるし、重いものを持ってもらうっていう理由でいいわね」
「ああ、もちろん、持たせてもらおう」
「ふふふ、閣下に持っていただくなんて、なんだか、優越感を感じるわあ」
「そうか…。それで、おすすめを」
「まったく!少しは寄り道も楽しんだらどう?いいわ、探してくるから待ってなさいよ」
そういって立ち上がり、イゾルテは本を探し始めた。一冊ではなく二冊、頭の中でリストアップした。
ひとつは、文学的に評価も高く、自分でも面白いと思った本。それから、最近流行りの純文学というより大衆文学的な本だ。同い年の少女たちに人気の本でもある。
それをリストアップして探し回る。
カテゴリ別のところで見つけ出し、純文学の方を手に取り、もう一冊も、すぐに見つけ出して、グウィンの元に戻った。
「ほら、これ。こっちは、文学的に評価されてる方よ。読んだことある?」
「ああ、これはある。美しい物語でもあり、その分、醜悪さが浮き出てくるものだった。だが、その醜悪さが一周回って、美しさを発しているように見えた。私も、これは好きだ」
「あら、話があうわね。それじゃあ、こっちは大衆文学的な方。今時の少女の人気の本よ。続編も出てるけど、これだけで、十分だと思う。読んだこと、ある?」
「これはない。楽しんで読ませてもらう」
「あっそ。それじゃ、私は自分の部屋に戻るわ。あなたは?」
「ここで、これを読んでいく」
「そう、それじゃあ」
グウィンは、ああ、と短く返事をし、本を読み始めた。
一文目で、むう、と唸った。
彼が今まで読んできた本のほとんどが、純文学や、評論に、論文、歴史書、なんていう堅苦しいものだったので、軽く楽しそうな文章に、どう接したらいいのか、どう思えばいいのか分からないのだ。
うむ、と気難しそうな顔をしながら、それでも、グウィンは読み進めた。
そうか、最近はこういうものなのか。だが、こんなこと、男は言わないし、いったやつは信頼に値しないと思うぞ、だの、こんな風にして男女が恋人同士になるなんて、あんまりにも突拍子がないのでは?とか、もっと複雑な感情が渦巻いているのでは?などと、グウィンは考えながら全てを読み進めた。
パタリと本を閉じたグウィンは一言「なにもわからなかった」とつぶやいて、図書室の返却ボックスに戻して、その場を後にしたのだった。
そして、次の日会ったイゾルテに、本の感想と、疑問とちょっとした評論を言い、結論としては、よくわからない本だった、としめくくった。
それに、イゾルテは「そういった大衆文学的な恋愛小説なんて、全部ファンタジーに決まってるじゃない。魔法とおんなじよ。なんでもありのご都合主義なの」と言い放ち、グウィンは「ご都合主義的ファンタジーだと思えば、全て納得がいったありがとう」と礼を言った。
それに周りは、なんてときめきもロマンスもない会話なんだろう、と思い、ついでに、恋人だという噂は嘘っぽいなと思ったのであった。
こうして二人は人知れず、自分たちの噂を払拭していたのであった。