知らないうちに元気にさせてあげてる時もある
数週間続いていると、見慣れるのか、食堂で堂々と喋っていても、あまり見られることがなくなった二人は、大胆にそこで話し合いをすることにした。
イゾルテは、ここでしない方がいいのでは、と思っているが、グウィンの合理主義的な提案と、自分のめんどくさがりが甘いささやきをしたため、そうしている。
「あー、それで、最近の行動だけど、なんでも、ここのところ、授業を途中退出したり、遅れてきてるそうよ。まあ、不自然じゃない程度の頻度らしいわ。大方抜け出すのは2、3週間に一辺くらいの割合みたいね。お礼に、そのおかずちょうだい」
「ああ、もちろんだ。ありがとう」
「どういたしまして。それから、庭師の話を聞くと、よく火曜日に花の葉が取られてるらしいわよ」
「なるほど。もう一つ、感謝の意で」
「まあ!嬉しい!どうせなら、そっちのおやつも頂戴!」
「これは、私も好きだからダメだ」
「あら、ざーんねん。後の作戦会議は、生徒会室にいらっしゃってちょうだい」
「わかった」
それじゃ、もう食べ終わったから、とイゾルテは食堂から出て言った。グウィンは、とっておいた、おやつのティラミスをゆっくりと食べることにした。
生徒会室に向かうグウィンは、後ろからの勢いのいい衝撃に、前へ数歩よろけた。
ぶつかってきた生徒は、グウィンだと分かった瞬間、驚いて、その後、しまったとでも言うように苦い顔をした。
「廊下は走ってはいけない。たとえ、急ぎの用だとしても、前もって行動すべきだ」
「う、はい。で、でも、授業が長引いて…」
「きちんとした理由があるのだから、焦る必要があるのか?確かに、約束をしているから、早めに行った方ががいいだろう。礼儀にも叶っている。しかし、こうして人とぶつかり、怪我をさせるかもしれないのだから、走るべきではない」
「そうですね、すみません」
「…次は気をつけたまえ」
「はい、ありがとうございます」
グウィンは、それを聞いたら、さっさと踵を返して、生徒会室に向かった。
そうだった、自分は学院の生徒たちの鼻摘まみ者だった、とグウィンは自嘲し、すぐにそれを考えないことにした。それに、自分の言っていることも、きちんと注意することも正しい事だと思うからだ。
それが、彼の立派な支えで軸になっているのだ。
生徒会室のドアを開ければ、イゾルテが、机に足を乗っけながら、紅茶を飲んでいた。
「行儀が悪いぞ」
「あら、ごめんあそばせ。タバコ吸ってないだけでも褒めて頂戴。紅茶、飲む?」
「ありがたくいただこう。とりあえず、足を下ろしたらどうだ?行儀も悪いが、机も痛むぞ。それに、泥や土が机の上に着く」
「下に落とすからいいわよ。それに、これごときでいたんでも、十年くらいはもつでしょうし。ねえ、スコーンとかないの?」
「あるわけないだろう」
それに、チェ!と舌打ちした彼女は、机から足を下ろして、グウィンの座っている丸テーブルの席に着いて、紅茶を淹れた。
「今日はね、東の方でできたダージリンよ。ちょっと苦味があって面白い味よ」と、差し出し、飲んだグウィンも「確かに面白い味だ」と頷いた。
でしょう?と、イゾルテは屈託なく笑った。
「…ところで、作戦なのだが」
「ええ、どうするの?火曜日が多いだけで、実際は、違う曜日もあると思うわ。たぶん、相手もおバカさんではないでしょうから、庭師の行動を把握してるはず」
「じゃあ、庭師の行動を聞き出すか?」
そう聞かれたイゾルテは、少し考え込んだ後、あ!と声を上げた後、んふふふふ…、と笑い出した。
それから「私が友人でよかったわね!感謝なさい」と声高に言った。
「あ、ああ、ありがとう」
「どういたしまして」
「それで、なにか思いついたのか?」
「んふふ、生徒会長権限で、生徒全員で庭師のお手伝いをするのよ。全学年やらせるけど、日にちを全部ずらすの。区分けして、わざと彼のクラスにあの花のある区画を担当させるの。どうせ、人数も多くないし、きっと、とり始めるわよ。そこを捕まえるの」
「なるほど。でも、そんな私利私欲でしていいものなのか?」
「真面目ねえ。これくらいのこと、毎年してるわよ。学校の清掃とか色々ね。だったら、こういうことをしても不自然じゃないわ。それに、前々から、ボランティア的なことをするべきではって出てたもの。ちょうどいいわ」
「そうか、では、頼もう」
「任されたわ。あと、あなたのクラスと私のクラスは一番広い表の白薔薇園にするわね。合流しやすいし、クラスの人も納得すると思うわ。なにせ、華のある場所だもの。どう、これにかけてみない?」
「いいだろう。賭け事は嫌いだが、乗る」
「そうこなくっちゃ。それじゃ、私は役員に提案する草案を書きますから」
「手伝おう」
「じゃあ、雑用係ね。嬉しいわあ、雑用係が増えて。ほおら、グウィンさん。私のために食堂まで行ってケーキでも買ってきてくださらないこと?」
わざとからかうような口調で言ったのだが、グウィンは生真面目にも「それで手伝いになるのなら」と言って、そのまま出て言ってしまった。
イゾルテは「なんて生真面目なのかしら。ばっかじゃない…」とジト目でドアに向かって言い放ち、机の上に紙を出して、すぐに草案をまとめ出した。
それから、数分経って戻ってきたグウィンは、ティラミスを3つ持ってきて「好きなんだろう?」と言って、机の上においてあげたのであった。
それにイゾルテは「ええ、好きよ」と、グウィンの目を見て言って、グウィンは不思議そうに頭を傾けた。
その反応が面白くなかったらしいイゾルテは「ふん」と鼻を鳴らして、草案をまとめにかかった。
「少し見せてくれ」
「できてるの、そこにあるから。草案だから、とっちらかってるけど、明日には、ちゃんとしたのにするわ。明後日に生徒会で集まる。その時提出するわ。決まったら、すぐに教えてあげるから、図書室で待ってて」
「分かった。感謝する」
「別にいいわよ、これくらい。だって、あなたって、お金はあるし、なんでもちゃんとやればくれるし、恩をうっとけば、その分返ってきそうだし」
「…そうか」
「だから、図書室で待ってる時は、マカロンがほしいなあ」
「了解した。だが、図書室で食べることは禁止されているぞ。蔵書を汚すのは、この学院の財産を損なうことだ」
「食べないわよ。それくらいの常識はあります。それで、どう?大丈夫そう?」
「ああ、よくできている。それにしても、よくここまでこじつけられるな、うまいこと」
「才能よ。いいでしょう?」
「たしかに、少しだけ羨ましいな」
「あら、お悩みなの?そんなタマに見えないけど。とにかくティラミス食べたら?帰っても帰らなくてもいいわよ」
「私が買ってきたものだが、どうもありがとう」
「はいはい、どういたしまして」
イゾルテは、そう言った後は、静かに草案を書いてはまとめている。それを静かに見つめながら、グウィンはティラミスを食べるのであった。