お菓子と会議と議論と
地下賭けボクシング場を出た二人は、そのまま、学院に帰らず、治安の良い場所のカフェテリアでお茶をすることにした。
もちろん、おごりはグウィンである。頼まれた以上のことをやったのだからおごれ、と言われ、生真面目な彼は「それもそうだ」とおごることにしたのである。
さて、奥まった席が良い、と店員に言い、きちんと奥まった席に案内された二人は、スコーンとケーキを紅茶でいただきながら話し合いを始めた。
彼女は、ポケットの中にしまい込んだ葉っぱを、グウィンに渡し「袋の中身よ。ちょっとちょろまかしたの」と言った。
グウィンは、手のひらに置かれたカサカサした葉っぱをじっと見ながら、よくもまあ、とれたもんだな、と思った。
ちらりとイゾルテを見れば、とった後ていうのに不思議なくらい優雅に紅茶を飲んでいた。
彼女は盗みを働いたというのに、ちっともその高貴さを損なっておらず、むしろ、より野生の狼のように気高く見えた。
彼は、不思議そうにイゾルテを見ていたが、すぐに頭を切り替えた。
「ふむ、葉っぱだけでは、わからないが、ありがたく頂戴しよう。城の学者に調べてもらう」
「城の学者さんを使うの?まあ、大袈裟ね。学者さんもお忙しいんじゃない?」
「うぅむ、確かに…。だが、確実性を考えれば、彼らに任せるのが一番だ。暇そうな人を探して押し付けよう」
「ほほほ、案外、ワルね」
「私はワルではない。合理的に考えた結果だ」
「ふん、唐変木の朴念仁め。そういう合理的っていうの、たまには捨てた方がいいわよ?」
そう言われ「そうだろうか。必要性をあまり感じない。だが、アドバイスはありがたく頂戴する。気をつけてみよう…」と難しそうな顔をして考え考え、そう答えた。
イゾルテは彼の様子を見て、クスリと笑った。
「でも、どうやればいいかわかってない顔してるから教えてあげるわ。その必要かどうか、そうじゃないかっていうのを考えるのをやめて、好きか嫌いか、ほしいか欲しくないか、そう考えてみるの。わかるかしら?」
「ようは感情を優先してみるということだろう?それなら、こういう嗜好品の時にやっている。だが、それ以外の場合も、ということだろう。難しいな…」
「そうでしょうね。まあ、どっちにしろ実践してもしなくてもいいんだけど。おかわりしていい?」
「どうぞ。予想以上に素晴らしい助力をしてもらったから。お土産も持って帰ればどうだろうか?」
「お土産までいいの!?やだ、嬉しい!あなたって、気前がよくて男前ね!素敵よ!」
「そりゃあ、どうもありがとう」
と、少し呆れ顔でグウィンはお礼を言った。
それに「あら!本当に素敵だって思ってるのよ!」とイゾルテは彼のほっぺにキスを送った。グウィンは、もう一つしようとするイゾルテを押しとどめて「充分わかったから、もう結構だ」と動揺を一切見せずにそう言った。
それにムッとしたような顔をさせて「なによ、少しは動揺したりしなさいよね。慣れてるの?」と不機嫌そうに言った。
それに「身分のおかげで」となんでもないように答えた。
「…あ、そう。なあんだ、面白くないわね。飽きた、私、帰るわ」
「そうか、わかった。では、土産を…」
「いらないわ。私、一人で帰るから、そこにあるお菓子たちを食べちゃいなさいな。もったいないわ。それじゃ」
「…今日は付き合ってもらって感謝する。また、食堂で」
それに、にっこりと「楽しみにしてるわ」と答えて、またほっぺにキスし「チャオ、アミーゴ!」と彼に別れの挨拶をした。
グウィンは「なぜ、またしたんだ…」とやはり動揺せずに呆れ声でそう呟き、残ったお菓子たちを処理した。
その後、店を出る際に、土産をたんまり買われてた上に『やっぱり欲しくなっちゃた!ごめんあそばせ』とメモまで付いて来た。
そうして、グウィンは「金のかかる友人だな」とため息を吐いて、全額支払ったのであった。
さて、数日経ったある日、報酬のショコラと共に生徒会室にグウィンが現れた。
「あらあ、グウィンさんじゃないの。なんのご用?」
「ショコラだ」
そうショコラの入った袋を差し出すと「まあー!ショコラ!!待ってたわあ!」と大喜びでグウィンの元まで走ってきて、さっと袋を奪い取り「アーン!会いたかったわあ!んまっ!」とショコラの入った箱にキスをして、上機嫌に椅子を勧めた。
こんなので大喜びとはいささかチョロいぞ、と少し心配したグウィンであったが、とにかく要件を言わねばならないとタイミングを見計らうことにした。
一応生徒会役員のいる前であるし、変なこと——例えば、この間の賭けボクシングとかのこと——を言わないようにしなければならないからだ。本当は早いこと用件を言い終わりたいのだが、そうは問屋が卸さない。
上機嫌で紅茶まで用意して、他の役員にも振る舞い出したのだから、どうにもこうにも言い出せない。
「そういえば、あなた、役員の名前知ってる?」
「いや、わからない」
「私は知ってたのに、他の役員を知らないなんて失礼ね」
「すまない。生徒会長さえ知っていればいいと思った」
「なんて人なのかしら。まあ、いいわ。ご紹介いたします」
と、彼女は立ち上がって、横に座っている眉毛のしっかりした少女を立たせて「彼女は副会長のアンよ」と紹介し、彼女はペコッと頭を下げた。それにグウィンは「グウィンという。彼女の友人だ」と握手を求めた。
同じように、役員達を紹介していき、そのいちいちに「グウィンだ」と言い、握手をした。
「さあて、彼が最後よ?お立ちなさいな」と最後に一番背の低い青年というより、少年のような生徒を立たせた。
彼はぴょんと立ち上がって、大きな目で好奇心旺盛そうにグウィンを観察した。
「彼は雑用、丁稚、小間使いのダグ」
「小間使い?!」
「あら、だって、生徒会のお仲間になりたいって、どうしてもって言うんだもの。役職もなかったから、そうなったのよ」
「そうなんです!僕、生徒会長みたいにかっこいい人間になりたくて!小間使いでもいいからいれてくださいってお願いしたら、いれてくださったんです!役職名は庶務ですよ!」
「そうなのか…。グウィンだ、よろしく」
「はい!よろしくです!」
元気はつらつな子犬のようなキラキラした目で、がっしりと握手をされたグウィンは、少しだけ苦笑いで答えた。
「そういえば、会長!会長のお友達とおっしゃってるけど、本当にそうなんですか?」
「ほほほほ!まあ、ダグ。いいこと?そういうことはね、直接言っちゃダメなのよ」
「わかりました!」
そう敬礼をするダグに「それじゃ、教えてあげるわね、ダグ」と耳元に顔を近づけて、囁くように言った。
それに「はわー!」と顔を赤くさせてもじもじ頬に手を当てた。
イゾルテはそれがとても面白いらしい。
「ほっぺたにキスしてもいいくらいの仲よ」
「はわわわわー!!!それは、どういうことなのでしょうか!」
「んふ、ヒントをあげましょう。私、この学院の人全員のほっぺにキスできるわ。だから…。んふふ、あとはわかるわね?」
「はわー!それは、もしや、友人ですね!」
イゾルテはニコッと笑って、ダグの頭を撫で回し、副会長に「今日は、このお菓子をいただいたら終わりましょ。私、この人とお話しがあるのよ。いいかしら?」と聞き、副会長は「もちろん大丈夫ですよ、会長」と答えた。
それを聞いた後、すっとグウィンに流し目をして「これでいいでしょ?」とでもいうように、さらに目を一瞬細めた。